第十五話「コスプレ」(旧ルート)


 「やっと終わったよ」


 各サークルへの挨拶回りが終わり、瀬川ちゃんと連れたって自サークルである「現代文化研究会」へ戻るためにてくてくと歩く。

 

 「挨拶は大変でしたね」

 「ほんとに」


 男だ、あの男の子は連れてきてないのか。

 なんぼで買ったんだ、紹介しろだのの圧力が凄かった。

 皆良い人、良いオタク達であるから実力行使とかはなかったのだが、そりゃもう是非とも「自分にも紹介して欲しい」との圧は凄かった。

 さすがに梶原君が嫌がることなどわかりきっているので断ったが、独り占めはずるいぞ! の声は後を絶たない。

 いや、彼はウチの学生でウチのサークルに入ったのであって、この高橋千尋の物でもなんでもないから独り占めも何もないのだが。

 あれだ、本当に数は少ないけれど即売会には男性もいるので、そちらを狙って欲しいものだ。

 男性コスプレイヤーだって少数はいるしな。

 ……彼らに話しかける難易度はそりゃ高いが。

 チョモランマよりもエベレストよりも高いが、それは私の知ったことではない。


「さっさと戻ろう。梶原君が心配だし」


 この分だと、自サークルがどうなっているかもわからない。

 梶原君が心配である。

 午前中は各サークルとの親交を深めるために雑談でもしてこようかと思ったが、さっさと帰ろう。

 時計はすでに十時半を回っている。

 梶原君は果たして無事に売り子を務めてくれているだろうか?

 多少の不安とともにサークルに戻ったが。

 目撃したのは壁サークル並みの長蛇の列であった。


「何事!?」


 我がサークルに行列ができている。

 こんなの初めての事態である。

 確かに我がサークルはそこそこ本は売れるが、行列ができるほどではない。


「あ、千尋!」


 初音がぶんぶんと手を振って、こちらに応援を求めている。

 何が起こってるか知らんが、急がなくては。


「どうしたのって……梶原君!?」


 梶原君がコスプレしていた。

 時代物の人気少年漫画の和服装束である。

 ショタ主人公の相方の、筋肉ムキムキマッチョマンのコスプレであった。

 良く鍛えられた腕と足をむき出しにして、その肌艶の張りが私たち女にむしゃぶりつきたい欲求を起こさせた。

 ものすごくよく似合っていると言うか、正直たまらない。

 異性との交際経験のない私にとっては、余りにも刺激が強過ぎた。


「コスプレじゃないよね、アレ。肉襦袢じゃないよね」

「本物だよ、本物。本物の筋肉だよ」


 行列客がざわついている。

 そりゃあもう、一流アスリートの肉体を持った梶原君が露出度高めのコスプレをしているのだ。

 見ている方にはもう辛抱たまらんだろう。

 私もたまらん。


「……ぶ、部長。高橋部長。助かりました、帰ってきてくださって」


 エマが涙声で応援を求めている。

 彼女は人混みに耐えたり、大量の客を捌ける人間ではないのだ。


「えーと」


 何故、梶原君がコスプレをしているのか?

 その理由を聞きたいところだが。

 今はそんな場合ではない。


「新刊ください!」

「有難うございます! 一冊500円です」


 梶原君が凄い勢いで本を売り捌いている。

 なんというか、いつもは午前中にほぼ完売、というペースなのだが。

 十時半にして、すでに完売ペースであり、これは――どういう助けをするべきなのだろうか。

 エマは確かに助けを求めているが、横やりを入れられる状況じゃないぞ。


「すいません、一緒に写真よろしいですか!」

「すいません、今は売り子なので。午後にコスプレブースに来ていただければ……」


 あれ、梶原君、コスプレブースに行くの?

 いったいどうしてそんな話になってるの!?

 私は混乱している。

 混乱しているが、列を途中で切らねばならぬ。

 だって、もう5冊しか残っていないのだ。


「はい、ここまで。ここまでです。本は完売しました!」


 瀬川ちゃんが勢いよく飛び出して行って、あと5人というところまでで列を崩した。

 「えー!」という声があがるが、本がないんだから仕方ないだろう実際。

 大体、お前らの中に私たちの本が好きで並んでる女郎が何人いるんだ。

 といいたいところだが。


「このサークルのえっぐいフェチ描写が好きで毎月買ってるのに!」

「もっと刷れよオラァ!」


 どうやら残存客に、固定ファンがいてくれたらしい。

 それは申し訳ない。


「今月の新刊分は、来月に増刷して持ってきますので、よろしくお願いします!!」


 瀬川ちゃんがすかさず声を張り上げている。

 ウチの広告担当は商売熱心であるのだ。


「じゃあ、まあしゃあないか……」

「男の子の手、握りたかった……」


 そんなことを口走りながら、客は去っていった。

 物分かりの良いオタク達である。

 ここの即売会、客層は良いのだ、客層は。


「や、やっと終わった……」


 客が去っていったことに安堵したのか、エマがため息を吐く。

 私は梶原君を見た。


「完売ですね、お買い上げありがとうございました!」


 最後の客に、やたらめったら良いスマイルを投げかけて最後の新刊を渡している。

 よく見れば、再刷した旧刊も売り切れていた。

 どれだけ売り捌いたんだ、梶原君。


「あ、高橋部長、お帰りなさい!」

「……ただいま」


 なんというか、何を言ってよいのかわからんが。

 まあ喜ぶべきなんだろうなと思うが、状況がわからん!

 どうして梶原君が色男のコスプレをしているのかも、何故午後にコスプレブースに行くことが決定しているのかも。

 独占欲、ではないと思うのだけれど。

 とにかくも私は事情説明を求めた。

 客が離れて行ったところで、初音が説明をする。


「男性コスプレイヤーの、あのカズキが原因だよ。知ってるか?」

「あのカズキかな?」


 男性コスプレイヤーのカズキ。

 知ってはいる。

 数少ない男性コスプレイヤーの一人で、それもショタ系では一等映える人材である。

 なんでも即売会では写真集が1000冊以上売れてるとか。

 私は梶原君のようなマッシブが好みなので眼中にないがな!


「彼が一緒に『併せ』をしようぜって言ってきて、無理にコスプレ衣装を貸してきたんだ」

「無理に、とはちょっと違いますね。多少強引にではありましたが」


 梶原君のフォローが入る。

 彼にとってはさほど悪印象ではないらしい。


「まあ、やってみたら楽しいものですよ。正直チヤホヤされるの楽しい!」


 梶原君素直だな!

 凄い正直な感想を梶原君は述べた。


「高橋部長はどうですか、こんな僕の姿は」

「ええ……?」


 それ私に聞く?

 恋はいつでもハリケーン状態の私に聞く!

 むしろ梶原君が好きだよ! と叫べたらどれだけ良いか!

 だが、抑える。

 そんな言葉を梶原君が求めているわけではないからだ。


「う、うん。すごくいいと思うな」


 出てきたのは陳腐な言葉であった。

 凄く陳腐だ。

 顔を赤らめ、なんで自分はこんなにも奥手なのかと恥ずかしがる。


「有難うございます。高橋部長に褒めて頂けることが最大目的でしたから! 本が売れて欲しいことも本心でしたけれども!」


 あ、そうなんだ。

 私に褒めてもらえることを期待して、コスプレしてくれたんだ。

 ふーん。

 どうしよう、凄く嬉しい。


「ヘイ、千尋」


 どすっと、初音の手刀が私の脇腹に刺さる。

 何故げんこつではなく手刀なのだ。

 嫉妬の暴力か、これは。


「午後どうする? 午後はさっさと帰っちゃおうかと思ってたけど」

「あ、うん。全巻売れたなら荷物もないんでしょう?」

「ないね。んでもって、どうするかは決まってるよね」


 あっけらかんと初音が口にする。

 まあ、梶原君を一人置いていくわけにもいくまい。

 午後は、そうだな。


「……コスプレブースに行こうか、梶原君が心配だし」

「見に来てくれるんですか! 有難うございます!!」


 むしろ観させて頂きにいくんだけどね、うん。

 その男性コスプレイヤーのカズキが、何故梶原君にこんなコスプレをさせているのかも聞きたいし。

 本当に悪意はないのか?

 単に一緒にコスプレしたいだけなのか?

 必要とあれば、私が問いたださなければならない。

 ……別に、梶原君の保護者というわけではないのだが。

 そんな権利は、ないのだけれど。

 私は部長としての責任があるのだと誤魔化して、自分の想いをひた隠しにした。



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