一章14~23話 旧ルート(パイロット版)

第十四話「即売会」(旧ルート)


 とある地方の国際展示場で、毎月小さな即売会が行われている。

 「現代文化研究会」はそこへ毎月出向き、本を頒布しているというわけだ。

 当然、今回の僕は売り子である。

 あんまり気負わないでね、と高橋部長には言われているが無理だ。

 あんな素晴らしい人に期待されたら、誰もが応えずにはいられまい。


「コスプレとかは本当にしないでもよかったんでしょうか」

「し、したかったの? 梶原君」

「いや、恥ずかしいのでやりたくはなかったんですが……」


 エマさんと話す。

 期待に応えねばならないではないか。

 僕は嬉しかった。

 素晴らしい先輩である高橋部長に誘われて、同好会に入って歓待を受けた。

 御恩と奉公ではないが、何か受け取ったならばそれ以上の物を返したいのだ。


「必要とあればやりますよ。そういう気分になっています」

「……あんまり気負わないでね。高橋部長もそこまで望んでないと思うから」


 エマさんがサラサラの金髪を揺らしながら、俯きながらに呟く。

 

「……あんまり理想を一息に求めても、良いことないと思うんだ」

「高橋部長の次に漫画が上手いエマさんがそれを言いますか?」


 僕は首を傾げて尋ねる。

 彼女は十二分に期待に応える成果を挙げているではないか。

 何を卑下する必要があるのか。

 そう思うが。


「そ、そうだよ。でも一足飛びに出来たことじゃないから。今にたどり着くまでに一杯皆に迷惑もかけたし、その轍を踏まないで欲しい」


 皆に迷惑をかけた、か。

 その皆は別にエマさんに迷惑をかけられたとは間違いなく思っていないだろうが。

 特に高橋部長はそうだろう。

 だが、そのことを告げても彼女は納得しないだろう。


「わかりました。そうします」

「な、何事もほどほどにね」


 どもりどもりに会話する彼女に返事をしながら、僕はゆっくりと即売会の開始を待つ。

 ポスターを奥ゆかしく張り、本を並べ、頒布準備は万端だ。

 後は開始時間を待つだけである。


「高橋部長と瀬川さんは午前中挨拶周りですか?」

「そうだね、午後には帰ってくると思うから、そんなに心配しなくても――おや」


 おや、と尻フェチの藤堂先輩が口にした。

 遠くから、コツコツと歩いてくる人がいる。


「ここって現代文化研究会のサークルで合ってるよね? いや、一応の確認なんだけどね」


 首を傾げながらに、『彼』がそう口にする。

 そうだ、男性であるのだ。

 和服のコスプレ衣装に身を包んだ男性が、何故かウチのサークルに訪れている。

 今話題である時代物の週刊少年漫画の装束であった。

 扇子を持ち、それで自分の口元を公家のように隠していた。


「合っています。あいにく、サークル長は挨拶周りに出ていますが」

「ああ、サークル長が誰かとかどうかはどうでもいいよ。君に用件があって来たんだ!」


 ぴしゃり、と扇子を閉じ、それでビシッと僕を指さす彼。

 なんだ一体。


「コスプレしろ!」

「はい?」


 僕は戸惑った。

 言いたいことがさっぱりわからないからだ。

 何が言いたいのだ。


「コスプレしろとは?」

「俺のこの姿を見てわからないのか?」


 よくよく姿を見る。

 印象は最初と変わらず、今話題の時代物の週刊少年漫画の装束であった。

 だからなんだと言いたいが。

 一応思考し、言いたいことを推察する。


「相方の筋肉男がいないと」

「判ってるじゃないか! その通り、複数人で同じ作品のキャラの『併せ』をする相方がいない!!」


 あれだ、この貞操逆転世界にも、一応僕のような筋肉モリモリマッチョマンの需要という物が存在する。

 それは週刊少年漫画誌でも同じで、彼がコスプレしているショタっ気溢れる姿の少年にも、筋骨隆々のバディが存在した。

 あのキャラのコスプレイヤーは少ないだろうなと自然に理解できたが。


「えーと、ようするにコスプレイの勧誘に来たと」

「一緒にコスプレしようぜ! SNSで君を見た時からずっと気になってたんだ!!」


 無茶苦茶笑顔の少年だった。

 ビッと右手で親指を立てている。

 ストレートに言うと嫌いではない。

 あれだ、僕はナードだが、こういう陰キャの中の陽キャである彼が嫌いではなかった。

 なかったが。


「僕は売り子に来てるんですけど」

「知ってる。それもSNSで見たから。あ、新刊一冊ください」

「500円です」


 僕は500円玉を受け取り、彼に新刊を渡す。

 君んとこのサークルの本知ってるけど、フェチ描写エグいよね、とあいさつ代わりに言われた。

 僕もそれはそう思う。


「アレだ! 今日ここに来るまで、ずっとワクワクしてたんだ。あ、コイツ相方にしたいなって! どう? どうよ? コスプレしない? もう服も用意してあるんだ」

「ちょっと待ってください」


 展開が早い。

 早すぎるにも程がある。

 コスプレ衣装まで用意してあるのかよ。

 僕はエマさんを見た。


「……」


 左右を振りかぶり、おどおどと周囲に助けを求めている。

 ごめん、これは僕が悪かった。

 常にオドオドとしているエマさんに助けを求めるのは無理があった。


「藤堂さん」


 僕は尻フェチだが比較的しっかりしている彼女に助けを求める。


「えーと、ウチの梶原君をコスプレに誘っているだけという解釈でよろしい? 別に変な絡みをしにきたわけじゃなくて」

「そうだよ? 他に何の意図もない。男性で即売会に参加する人間は貴重だしね」


 何の悪意もないんだよ。

 そう言いたげに彼は答え、肩をすくめる。


「というわけだそうだけど。梶原君はどう? さっきコスプレした方が良かったかもと口にしてたけど」

「いや、売り上げに貢献できるならしたいんですけどね」

「売り上げには貢献するね」


 するのか。

 まあ、僕だって同じ同人誌を買うならコスプレイヤーから本を買いたい。

 貞操逆転世界なので、僕がコスプレして喜ばれる感覚はいまいちよくわからんが。

 

「そりゃコスプレしてくれた方が売り上げは多分上がるよ。サークルの注目度的には今後もより良い結果をまねくね。どうする?」

「今しがた、エマさんから無理はするなと言われたばかりなのですが……」

「まあ嫌なら無理しなくていいけど」


 嫌ではない。

 いいだろう。

 やってやろうじゃないか。


「やります。コスプレ衣装を貸していただけますか」

「オーケーオーケー。君の身体のサイズは知らんが、既製品だから十分着られると思うよ。じゃあ、ちょっとお借りしますね。あ、午前中は売り子やってていいから」

「午前中はというと?」


 僕は尋ねる。

 まあ、予想はしているが。


「午後は一緒にコスプレエリアで写真撮りたいから、よろしくね。コスプレ衣装を貸すんだぞ、それぐらい協力してくれても良いだろ」

「まあそうなりますよね」


 一度席を外すことについて藤堂さんから了承を得て、エマさんの不安そうな表情を見やりながら。

 無理はしてないですよ、と彼女に告げて歩き出す。


「ところで、お名前は? 僕は梶原一郎と申します」


 まだ名前も聞いちゃいない。

 とりあえず自分から名乗り、相手の回答を待つ。


「えーと、コスプレネームはカズキ。本名は今回いいだろ。まあよろしく」


 彼が扇子を左手に持ち、空いた右手で手を差し出す。

 僕はそれを握り返し、固く握手をした。

 あれ、ひょっとして、初めて友人と呼べそうな男性とこの世界で出会えたのか?

 そんな感想を抱きつつ、僕は衣装室へと向かった。

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