第十六話「カズキさん」


 「来たね」


 サークルで早めの昼食を終え、コスプレブースに入る。

 事前に待ち合わせ場所は決めていたので、「カズキ」が――えーと。


 「名前はどうお呼びすれば? カズキさん? カズキくん?」

 「俺は高校二年の16だけど、君は?」

 「まだ15歳です。高校一年」

 「マジかよ、その割にデカいな。若いとは思ってたけど、年齢が下だとは思わなかったよ」


 そう言い募りながら、コスプレネーム「カズキ」はため息を吐く。

 扇子を片手に、自分の肩をぱしっと叩いた。


「カズキさんでいいよ。イチロー『くん』」


 さらっと先輩風を吹かせている。

 というか、実際先輩だし、それは別に構わないが。

 

「さて、交換条件だ。そのコスプレ衣装を貸したわけだし、『併せ』をしてもらうよ」

「僕、売り子やってるときに何人かと写真を撮る約束しちゃったんですけど」

「別に構わないよ、俺も一緒に撮ろうか?」


 カズキさんがにこやかに、切れ長の目を細めた。

 まるで狐のような細い目が、彼の魅力を引き立てている。


「そうしていただけると喜ばれると……」

「ファンからの好感度は重要だからねえ」

「ファン、ですか?」

「そうさ、ファンだよ」


 とんとん、と右腕の扇子が肩を叩いている。

 そんなカズキさんの扇子がぱっと開いて、彼の口元を覆った。


「僕はね、これでも芸能人のはしくれなのさ。役者でね。子役時代から何度も舞台に立ってる」

「コスプレイヤーじゃあなかったんですか?」

「コスプレもやってる。ああ、誤解しないで欲しいんだけど、コスプレが嫌いなのにやってるとか、そんなんじゃないよ。コスプレはコスプレで『好きで』やっている。そこの誤解はして欲しくはないね。なにか、こう、どういえばいいのかなあ。女相手には慣れてるけど、同じ男に説明するのって初めてなんだよ」

 

 左手で、かりかりとカズキさんが頭を掻いた。

 そうして、これは本心から言っているんだと言う風情で口を開く。


「コスプレして楽しかったかい? 楽しくないって言ったらウソだと思うぜ」

「楽しかったですね」

「チヤホヤされるのは楽しいだろう?」


 そうはっきりくっきり他人から言われると、さすがに気恥ずかしいものがあるが。

 ちらりと、少し遠巻きに僕ら二人を見ている高橋部長を見た。

 まず二人だけで話したかったので、現代文化研究会の皆には少し席を外してもらっているのだ。

 

「好きですね」


 はっきりと口にする。

 僕は高橋部長にコスプレを褒めてもらって、本当に嬉しかったのだ。 

 嫌なわけないだろう。

 それに――


「お客さんに写真を求められたり、握手を求められたりするのも、その――」

「悪くないだろう?」


 悪くない。

 前世・今世を通して初めての快感でもある。


「まあ、コスプレの目的は自分の好きな作品の仮装をして、その世界観を楽しむってことが大前提としてあるけれど……コスプレイヤーはすでに職業でもある。収入を得られる立派な職業でもあるんだ」

「はあ、まったく詳しくないのでなんとも言えませんが」

「あるんだよ、まあ納得してくれたまえ」


 えへん、と何故かお兄さんぶって鼻を鳴らす。

 そんなカズキさんは自分より20cmは小さいので可愛らしいだけだが、それを言えば怒るだろう。

 黙って納得する。

 ともあれ、何を言いたいのかを聞いてみよう。


「子役の役者人生って短いものでね。大人になると逆に使い難いってことで役を回されることも少なくなったりする。アレだよ。俺なんかはまだ16だから役を回してもらえるが、それでも厳しいところもある」

「はあ」


 芸能界の事はわからないが、そういうこともあるのかもしれない。


「そんなとき、僕はコスプレと出会った。厳密に言えば、ある週刊少年漫画――少女の方が読者層は多いのに、こんな言い方も変に思えるけどね。そのグラビアで漫画のコスプレを頼まれたんだよ」

「仕事だったんですね」

「そう、仕事だった。稀少な男性のコスプレということもあってね、凄い受けたよ。沢山のファンレターをもらった。僕は久々の成果に大喜びで――そしてコスプレにハマった」


 ぱちり、と扇子が閉じて、またカズキさんの肩をとんとんと叩いている。

 その仕草はまるで本物のキャラクターのようで、良く似合っていた。


「男のくせに、なんて思われるかもしれないけどね。僕は人からチヤホヤされたくてたまらないんだ。役者は続ける、だけど僕はコスプレというものも生業にしようと考えた」

「生業、ですか」

「さっきも言ったけど、役者とコスプレイヤーを両立しようと考えた。自分のファン層をつくることで、両方の職業を成り立たせようと思ったのさ。割と上手いこといってるんだよ、今のところ。新しい役だって最近もらえた」


 コスプレが職業か。

 前世でもそういう方はいたが、なかなか難しいものだ。

 それを成り立たせようとしているカズキさんには一定の尊敬を抱く。

 

「俺がコスプレをやっている理由はそんなところなんだけどね。そして、それは今のところ上手いところ言っていた。そんな中で、ちょっとしたイベントが生じた」

「イベント?」

「君が現れた。ライバルの登場だね」


 ライバル?

 僕はハテナマークを頭に浮かべながら、首を捻る。

 

「この即売会の人気を一手に引き受ける、僕のライバルさ。君だよ」

「僕がどうかしたんですか?」

「知らないのかい? ネット界隈じゃちょっとした騒ぎになってるんだぜ。そりゃあ男性でも少数のコスプレイヤーや売り子はいるが、君みたいに筋肉ムキムキの目立つ存在は滅多にいないぜ」


 そうなのか。

 まあ、それはわかる。

 学校に行っても自分みたいな体つきの人間はそうはいない。

 スポーツの全国大会クラスまで行くと、まあ普通にいるんだけどな。


「僕は君をライバルと看做した。そして、同時に勿体ないと思った」

「勿体ない?」

「君は自分の魅力という物を、自分自身でまだ理解していないように思えるのさ」


 僕の魅力?

 そんなものはないと思うんだが。


「アレだよ。ネットで君を見た時、僕はこう思ったんだ。こいつ、磨けば光るやつだなと。だからわざわざ君のコスプレ衣装まで用意して、訪ねてきた。一緒に併せをして、ファンを喜ばせて、そして同時に君の事もカメコの皆に紹介してやろうと思った」

「ライバルと見込んだのに?」

「ライバルと見込んだからこそだよ。一人勝ちの世界なんて、どんな界隈でも廃れるだけだぜ。俺はライバルを必要としていた。コスプレ界隈もライバルを必要としていた」

 

 そうカズキさんが語る。


「つまり君だ。一緒にコスプレイヤーにならないか? 一緒に切磋琢磨してコスプレ業界を盛り上げていこうぜ!!」

「僕とカズキさんでは価値基準が違うと思いますが?」

「最初は誰もがそういうのさ! 優しくコスプレ沼にはめてやるよ!! チヤホヤされるのって男女問わずに気持ちがよいもんさ! エクスタシー!!」


 ぶおん、ぶおん、と片手で扇子を振っている。

 聞いちゃいないなカズキさん。

 ……まあ、コスプレがちょっと楽しいと思っている自分がいるのも嘘ではないが。

 僕はナードだ。

 高橋部長と二人、部室でカードゲームをやるのが似合っているし、そうでありたい。

 そう簡単に釣られんよ。


「梶原君。その……大丈夫なの、その人」


 ついに心配になったのか、その高橋部長が近寄ってきた。

 

「聞く限り、僕をコスプレ沼に嵌めたいだけの人みたいです」


 嘘ではない。

 というより、単純な事実だ。

 話をよくよく聞けば、悪意など欠片もありはしなかった。


「そ、そうなの。まあ悪い噂とかはあんまり聞かない人だけれど、ちょっと心配でね。ごめんなさいね」


 高橋部長はちょっとした敵意をカズキさんに抱いていたらしく、少し申し訳なさそうに謝る。

 いや、彼もかなり強引なところがあるし、僕はといえば部長に心配してもらえて嬉しいだけだが。


「というわけだ、イチローくん。そろそろコスプレブースで写真撮影だ。カメコどもが集まってくるぞ! 最初だから対応は俺に任せてくれたまえ! 今回は自分の写真映えだけを意識するんだ!!」


 今回はって、次回もやるつもりなのだろうか、カズキさん。

 ……次回も、か。

 僕としての本音はどうなのだろうか。

 自分でもよくわからん。

 が、とりあえず今回ばかりは、カズキさんに衣装を貸してもらった借りがある。


「頑張ります」

「おう!」


 元気よく、快活な声で返事をするカズキさん。

 高橋部長は相変わらず、じーっと心配そうな顔で僕たちを見つめていた。

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