第十七話「カメラ小町」(旧ルート)
「おせえよ、月島!」
「すいません。買った同人誌を家に送る、宅配手続きの列が混雑していて遅れました」
カメコ。
前世ではカメラ小僧の略称だったが、今世ではカメラ小町の略称である。
やや痩身の背の高い女性が、カメラの設営に手間取っている。
先に説明を受けていたが、彼女は月島と言って、カズキさんのコスプレ写真集を撮影している専属のカメラ小町らしい。
お手伝いしたいところだが、明らかに高価なカメラだしなあ。
一応申し出だけしようか。
「なにかお手伝いできますか?」
「ええ! いえ、大丈夫です。すいません。本当にすいません。お気遣いだけ頂きます」
「イチロー! 邪魔してやるな!」
カズキさんがちょっと怒っている。
だが、この怒りはカメコに対してではなく、僕に対してのものだ。
「やはり邪魔ですか?」
「カメラ小町にはカメラ小町のやり方がある、その大切な趣味の領分を邪魔するな!! 僕たちコスプレイヤーの仕事の領分は上手く撮られることだけにある! それに、そのカメラ30万もすんだぞ。君が下手に触って壊したら弁償できんだろう!!」
力強く仰る。
まあそうなんだろうけどさ。
やっぱりカズキさんいい人だよなあ。
カメラ小町にも、僕にもずいぶんと配慮している。
「梶原君、ちょっとこっち向いてね」
「はい」
高橋部長の声がかかり、僕は超笑顔で彼女をみる。
パシャリ、とスマホで写真を撮られた。
いい感じに撮れたであろうか。
「瀬川ちゃん、悪いけど今のうちに私と一緒に梶原君と写真撮ってもらってもよい?」
「いいですよ。サークル内で順番に撮りましょうか」
いつの間にか、高橋部長が僕に近づいて、ぴと、と横に立っている。
何か僕もポーズとか取った方がよいだろうか。
僕がコスプレしている和装装束は一言で言えば、前世での武蔵坊弁慶に値する立ち位置だ。
薙刀でもあれば格好がついたかもしれないが、コスプレブースは長物の持ち込み禁止である。
「俺も写真を一緒に撮ってやろうか」
カズキさんが、おそらくは完全な善意で高橋部長に声をかけてきた。
僕から見ても美少年で、彼は親切だ。
おそらく喜ばれるものと思ってのことだろうが。
「邪魔だ!」
邪魔!の一言で終わった。
ええ……とカズキさんがあんぐりと口を開けている。
さすがに、邪魔だの一言で斬って捨てられるとは思わなかったらしい。
何故か高橋部長、カズキさんに敵意あるよな。
「ちょっと、イチローくん」
「何でしょう、カズキさん」
僕はあっけにとられた顔をしているカズキさんに、何ともいえない顔で返す。
「どういう性格してるの? この人」
「いえ、普段は優しい方なんですが……優しすぎるくらいに優しい人なんですが……」
ひょっとして、僕が勝手にコスプレやってることに怒っているのだろうか。
サークルには良い影響もたらしてるよな、完売したし。
それに、現在進行形で写真を一緒に撮ってくれてもいる。
だから、カズキさんの何が気に食わないのかはよくわからない。
よくわからないが。
「コスプレブースの撮影会って何時から始まるんです?」
とりあえず話をそらして誤魔化した。
僕に女心はよくわからないのだ。
カズキさんも空気を読んで、意図的に話を逸らしてくれた。
「正確には午後一時からだから、もう少しあるな。ああ、写真撮るなら、その前に一緒にサークル内で写真を撮っておけよ。身内で写真撮ってるぐらいなら開始前でも怒られないし。だいいち始まったら、そんなことしてる暇なんかないから」
「ないんですか」
「ないよ。君、俺の人気を舐めちゃいけないねえ。カメコどもがうようよ寄ってくるぜ。それに――」
カズキさんは扇子をぱっと開いて、口元を隠しながらにこうつぶやいた。
「今日は君もいるしな」
そういうものだろうか。
カズキさんの価値はよくわかるが、自分の価値はよくわからない。
筋肉モリモリマッチョマンの需要という物がどれくらいか、今までの僕の人生ではよくわからなかったのだ。
何せ男と女は隔離されたような社会で生きてきたわけであるし。
「梶原君、手を繋いでもいーい? まったく男っ気がないってバカにしてくる妹に見せびらかすんだ。こんな良い男が同じ同好会にいるんだって自慢してやる」
藤堂さんが声をかけてきた。
全然かまわない。
「もちろんいいですよ」
二人して手を握り、瀬川さんがスマホでパシャリと写真を撮る。
その後、瀬川さんや、相変わらずビクビクしているエマさんとも交代で写真を撮り、とりあえずサークル内では写真を撮り終えた。
腕組みしながらその様子を眺めていたカズキさんが、よし、と声を上げて、扇子をばっと広げて言い放った。
「散れ、小娘ども。特にそこの眼鏡チビ胸デカおかっぱ頭はもう帰ってもいいくらいだぞ」
「梶原君に変な事したら怒りますからね」
カズキさんと高橋部長がにらみ合いながら、場から離れる。
仲悪いな、この二人。
そんな漫才をしていると、カメコ――カメラ小町さん達が集まってきた。
どれもこれも高そうなカメラを手にして――およそ30名ほどが僕とカズキさんを取り囲んでいる。
四方八方に取り囲まれている状態である。
「多いよ!」
「SNSで今話題の男の子と併せやるって、情報流しておいたからな」
シレっとした顔で、カズキさんが口にした。
いつの間にそんなことしてたんだ、この人。
SNSの状態がどうなってるのか気になるが、僕SNSやってないしなあ。
「コスプレブース撮影会を開始しまーす」
コスプレをした女性ボランティアの人が、時間開始の呼び掛けをしている。
さっそく月島さんが音頭を取って、周りに呼び掛けを始めた。
「はい、カズキさんのコスプレ撮影会を開始します。今回はゲストとしてイチローくんも来ております。私はカズキさんの許可を特別に得ており、写真集を今回作るのでずっと撮影を続けますが、他の方は並び撮影でお願いします!! 撮影時間は各自五分だけ、枚数は10枚までです!! SNSへの写真投稿は原則禁止です!! 後でSNSにてカズキさんにダイレクトメッセージで投稿写真の許可を得てから掲載してください!!」
一斉に月島さんの横に、カメコの行列が出来た。
誰もルールに不満はないらしい。
おそらくこれは月島さんの仕事の領分だと思うので、僕は何も言わない。
唯一、SNSへの写真投稿がカズキさんの許可によってはされるというのが気になるが――まあ母さんも何も言わないだろう。
母が怒る唯一の事例は、僕が堂々としていない時だけだ。
「撮影よろしくお願いします!」
一番前のカメコの人が、丁寧に頭を下げる。
「原作で好きなシーンがあれば言ってね。そのポーズとるから」
「はい!」
カズキさんは優しくカメコの人に声をかけている。
おそらく自分のファンには優しいのだ、この人は。
問題は――
「すいません、カズキさん。僕、原作そこまで読み込んでないんですけど……」
「判ってる。安心しろ」
とんとん、とカズキさんが自分のこめかみを扇子で叩いた。
「俺と君が演じる原作キャラのポーズは、全てこの脳みそに詰まっている。君は何の心配もなく俺の指示に従ってくれればよいぞ!」
「……」
スゲエなカズキさん。
流石に芸能人のはしくれだけはある。
僕は感心して、ぐうの音も出なかった。
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