第十八話「心配と独占欲」


 自分で自分がどうしたいのわからない。

 思わず「邪魔だ!」と口走ってしまったが、さっきのは拙かった。

 おそらくあのカズキとやらは完全に善意だったであろうから、梶原君に変に思われたかもしれない。

 私はカズキとやらの善意を拒んだ。

 しかし、私は梶原君だけとツーショット写真が撮りたかったのだ。

 それは現代文化研究会の皆も同じはずである。

 撮った写真はスマホの待ち受け画面にすることにしよう。

 パソコンの中にも保管して壁紙にして、バックアップもとる永久保存版である。


「さて、どうしようか」


 一人呟く。


「まず冷静になりなよ」


 初音が、優しくなだめるように語り掛けてきた。

 冷静なつもりである。


「少なくとも冷静であろうとはしているけれど」

「カズキとやらにキレた辺り、全然冷静じゃないって。千尋がキレるなんてこと、冗談でも殆どないじゃんか」


 初音の言葉に負ける。

 まあそうか。

 「梶原君とツーショット写真が撮りたいから遠慮して頂きたい」とでも口にすれば良かったのだから。

 そうすれば、もっと穏便な流れになったはずである。

 だが――カズキは敵だ。

 もう明確な敵だった。


「梶原君が心配だよ」


 私は梶原君を心配していた。

 それは心の底から心配していた。

 この気持ちは嘘ではないと思うのだが。


「それは純粋に、何か面倒に巻き込まれないか心配? それとも独占欲?」

「……多分、両方」


 純粋な心配と独占欲が綯い交ぜになっていると思うのだ。

 コスプレブースに視線をやる。

 カメラ小町どもが列を作っており、カズキと梶原君がポーズをとって、その写真を撮っている。

 月島と呼ばれるカズキ専属のカメラ小町が「いいよいいよ! 決まってるね!! カズキさんとイチローくん、もっと胸元はだけて!」と声を張り上げていた。

 エロ撮影会かなにかかよ、ぶん殴るぞと思ってしまうが。

 確かに良かった。

 あのカズキとやらのショタコスプレになんぞ欠片も興味はないが、梶原君は良かった。

 どこかセクシャルなのだ。

 袖や膝元をまくり上げ、セクシーな筋肉を見せびらかしている梶原君は我々女性の性欲を掻き立てる体つきをしていた。

 正直興奮する。

 アレだ、梶原君のお母様は常に堂々としてればどんな写真を撮られても良いとお考えと聞き及んでいるが、やりすぎではなかろうか。

 保護者というわけではないが、部長としての監督責任というものが問われても仕方ない。

 もし怒られるなら、部長としてお母様に謝りに行くつもりであった。


「まさか、カズキの奴め。今回の写真を写真集として即売会で頒布するつもりでは?」


 瀬川ちゃんが心配そうに声を上げた。

 それは拙いな。

 拙いが、おそらく梶原君は了承してしまうであろう。

 彼はカズキに好感を示しており、なんならほのかな友情らしきものも感じているようであった。


「……独占欲、か」


 ポツリと呟く。

 あれだ、純粋な心配が先立ってはいる。

 この世界で男性が目立つと言うことは、変な女が寄ってくるという心配がまずある。

 まあ梶原君が拉致される可能性は万に一つも有り得ないだろうが、それこそストーキングをされたり、暴力事件に巻き込まれたりなんてことは珍しくない。

 だが、それ以上に。


「な、なんだか梶原君が遠くに行っちゃったみたいな感じがあります」


 ちょうどエマがどもりどもりに呟いた。

 その感情は隠しきれなかった。

 アレだ、梶原君は現代文化研究会の仲間だと考えていたのだ。

 我々ナードの仲間。

 だが、こうして傍から見ると、この高橋千尋なんて存在とは釣り合わないことがまざまざと見せつけられるようであった。

 カメラ小町に混ざって、我々の新刊を買ってくれた一般参加勢が訪れている。

 ちょうど途中休憩を挟んだ際に、カズキとやらが気を利かして彼女たちと写真を撮る時間を作っていた。

 そういう気配りができるところも腹立つな、カズキ。

 まあこれは一方的な嫉妬にすぎぬとわかっているのだが。

 こうしてみればよく分かる。

 私たちはあの新刊で、今取られている写真の本体はコスプレしている梶原君だ。

 添え物にすぎない。

 私たちなど、太陽のように輝く梶原君の存在と比べたら何かの添え物にすぎないのだ。

 そう感じさせられる。


「うーん。このまま人気コスプレイヤーになっちゃうのかね? グラビア芸能人コースも有り得る」


 初音が顎に手をやりながら、のほほんと危険性を示した。

 そうだ、有り得る。

 元々、梶原君の容姿は優れているのだし、本人が望めばそれも可能だろう。

 そして、私はそのことでカズキを警戒していた。

 わざわざコスプレ衣装を用意して、サークルにまで押しかけて来た奴なのだ。

 単にコスプレ沼にはめるだけでは飽き足らず、何かユニットでも組もうかと企んでいるのかもしれない。

 そうなったら、私たちなどお役御免であった。

 忙しくて、現代文化研究会も辞めてしまうかもしれない。


「……」


 私は沈黙する。

 正直、今すぐにでもコスプレ撮影会なんてやめて、私たちのところに戻ってきてほしかった。

 だが、その思いは身勝手だ。

 それも判っている。

 梶原君が本心で望んだならば、それを止める術など私にはない。

 こんな眼鏡チビ胸デカおかっぱ頭に、そんな魅力なんてありはしないのだ。


「……千尋、梶原君に目立って欲しくないならそう言うべきだよ」

「何を言ってるの、初音」


 そんなこと言えるわけないだろうが。

 私にそんな権利など欠片もない。

 あるはずがない。

 私は梶原君の意志を大事にしたい。


「多分、梶原君は千尋の言うことなら大体の事は聞いてくれるよ。今すぐにでもコスプレ撮影会を止めろなんてのはまあ無しにしても、今回限りにしようと言えば言うことは聞いてくれる」

「そんなわけないでしょう」


 そんなわけがない。

 見ろ、今の梶原君の笑顔を。

 あんなにも輝いている。

 ちょっとチヤホヤされて恥ずかしいけれど、正直嬉しいとはにかんだ表情を見ろ。

 俗っぽいと思われるかもしれないが、それ以上に純粋なのだ、彼は。


「初音はどうしてそう思うの? 私の言うことを聞いてくれるだなんてあるはずないじゃない」

「え、だってさあ。梶原君、多分千尋のこと普通に好きだよ」


 とんでもないことを初音が口にした。

 何言ってんだ、この貧乳長身黒髪ぱっつん姫カットは。


「梶原君は私に恋愛感情なんて抱いていないよ。まだ出会って日も浅いんだし」

「そりゃ恋愛感情はまだ抱いていないだろうさ。でも、部長の言うことならそうしましょうか? ぐらいの事を彼なら言うぐらいの好感度は稼いでいると、傍から様子をみると思うんだけどね。それに、私たちからみて千尋は十二分に魅力的な存在だよ」


 そんなの初音の勘違いだ。

 私はそんなにも彼に優しくした覚えはない。

 それに。


「……私は、もし梶原君が本気でコスプレイヤーやるっていうなら邪魔したくないよ」

「まあ、千尋はそういう性格してるからね。わかってるよ。人が一生懸命本気でやるっていうなら、それを邪魔するどころか応援したいって性癖の人間だからね」

 

 初音が、勝手に納得したように口にする。

 うんうんと頷いて、梶原君と私を交互に見た。


「わかってるけど、何か寂しいなあ。千尋と梶原君の仲を応援したい私としては、何か気に食わないよ」


 初音は優しい。

 だけど、私はその優しさに応えられない。

 彼女が呟いた通り、どこか私は寂し気に、梶原君の笑顔を遠くから眺めていた。

 同時に。

 本当に恥ずかしい話だが、梶原君ほんとエロい身体してるよなあという淑女としての心が動いてしまい、顔を少しだけ背けた。

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