第二十二話「お母様といっしょ」(旧ルート)
やらかした。
この私は、高橋千尋はやらかした。
一言で言えばそれに尽きる。
「どうしたらいいのか。完全に監督不行き届きだ」
顔を両手で覆う。
誰にも合わせる顔がない。
特に、梶原君のお母様には。
「あーもー」
何かの動物の鳴き声のように、「あーもう」という言葉を繰り返す。
私には責任があるのだ。
現代文化研究会の部長としての責任だ。
梶原君を即売会に連れて行った、監督者としての責任だ。
梶原君が起こした騒動の責任は、私に直結する。
いや、すべきなのだ。
「誰も責めてくれない……」
即売会の運営からは、正直出入り禁止さえ覚悟したが。
こちらが謝罪するどころか、むしろ謝罪されたのだ。
運営のチェックが甘くて申し訳ないと。
今後、入場者からの持ち込みチェックは怠らないようにすると。
「おおお……」
誰がどう考えても運営のせいじゃないだろうと。
そう言おうとしたが、謝る隙さえ与えてくれなかった。
どうやらあのカズキとやらが運営に先んじて出向いて、処罰するなら自分だけをと嘆願を。
今回の騒動を起こしたのは自分なのだからと、土下座を敢行したらしいのだ。
人気コスプレイヤーであるカズキの面子はそれなりにデカい。
SNSでの世論も、紳士的な謝罪を敢行した彼の側についていた。
だからこそ運営も世間も、そもそも無関係である現代文化研究会には甘かった。
「まあ、まあいい。実際それはそのとおりだ」
カズキの野郎が何もかも悪いのである。
私たち全てを、梶原君を巻き込んだ。
なんたって刺されて死なずにすんだのだから、即売会の関係各所への謝罪行脚はカズキに任せてもよかった。
だが、身内は。
梶原君の身内はだ。
梶原君のお母様への謝罪だけは別であった。
カズキも謝罪をしようとしたらしいが、お前に用はないとけんもほろろだったらしい。
それなのに、私は梶原君に隠れてこっそり呼ばれている。
「……」
頭を抱えている。
いや、そんな場合ではない。
梶原君のお母様は仰ったのだ。
私と今回の件で、直接話がしたいと。
梶原君は抜きで。
電話番号を教えたとたんに、その連絡があった。
「絶対これ、現代文化研究会を辞めさせて欲しいって話だよ」
私が母親ならどう思うだろう。
息子がトラブルに巻き込まれたのだ。
自分ならば、所属している部長のせいにはしないと思うが――世間のお母様方はそう考えまい。
どうにかしてトラブルの元を断ちたいと願う。
今回の場合はオタク趣味だ。
梶原君のオタク趣味をやめさせるように動く可能性があった。
「あー、もう」
また鳴く。
鳴き声を上げて、呻く。
だが、仕方ない。
ともかく、あれだ、お母様の話を聞いてみよう。
喫茶店のドアを開く。
確か、一番奥の席だと伺っているが。
「あ、ここ。ここよ」
入ったとたんに声がかかった。
ぶんぶんと、手を振っている。
そんな元気のよい女性の姿が見てとれた。
いかにもビジネスマンといった感じの、カッチリしたビジネススーツに身を包んでいる。
学生である私などには判断できないが、かなりお高いものだろう。
確か、梶原君に聞くところによれば五大商社の営業と聞いていた。
ガチガチのエリートである。
「失礼します」
丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「どうぞ椅子に座って。何か頼む? ここのイチゴのショートケーキ、凄く美味しいのよ。もちろん奢るから」
「いただきます」
断ってはかえって失礼だろう。
私は頷いて、薦められたショートケーキとコーヒーを頼む。
「それでね、わざわざ来てもらったのは言うまでもないことなんだけど」
「はい」
どう考えても、私の監督者としての不始末についてである。
頭を下げるしかない。
出来る限り印象が良いように、ハキハキと答えて頭を下げようとして――
「今回は、ウチの一郎がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
先に頭を下げたのは、梶原君のお母様であった。
いやいや。
こちらこそ本当に――
「え?」
私は一瞬思考が停止する。
「ビックリしたでしょう。いきなり暴力沙汰を起こされて、あの子ったら加減のわからない子で、本当に馬鹿なんだから……でも、あの子ったら子供の頃から怖がりで、刃物に対して過剰反応したことは許してちょうだいね」
「いえいえいえ」
そりゃあビックリしたが、したのはその件ではない。
私が想像した展開と違う。
「あの、今回は監督者である私の責任を問うための話し合いでは?」
「え、何言ってるの? 話聞く限り、高橋さんは何も悪くないでしょう?」
「ええ、まあ――その――」
「私は物事の道理を踏まえないほど、老いぼれちゃいないわよ? 見かけはモッサリしたおばさんかもしれないけどね」
そんなことはない。
梶原君とはあまり似ていないが、美人さんである。
私もこのような歳の取り方をしたいものだとさえ考えた。
「あのね、息子に危害を加えられてヒステリーを起こした母親のように怒り狂ってるとかそんなことを考えたのかもしれないけれど、私はあの子の母親。そんなことしたら息子が一番悲しむって誰よりも知ってるのよ」
「はい」
そうだ。
梶原君のお母様を、そんな過保護じみた母親扱いするなんて失礼じゃないか。
私は勝手に、無礼な考えをしていた。
反省しつつ、会話を続ける。
「私がむしろ心配しているのは、これで高橋さん達と一郎の縁が遠くなることよ」
「私たちと梶原君がですか」
「そう」
お母様が、フォークで苺を刺している。
美味しいものは一番最初に食べるタイプらしい。
口に運び、紅茶で喉を潤してから――本当に心配そうに口にした。
「あのね、あの子は過剰な暴力を振るってしまって、高橋さんに嫌われたんじゃないかって心配しているのよ。あまりにも紳士的な行動ではなかったと」
「あれは正当防衛ですよ。警察もそう判断したでしょうに」
「過剰とか正当とかは大事だけど、人を一人殺しかけた存在って怖くない? ヒグマが隣にいるのよ?」
私は梶原君の手を握ったことがある。
ごつごつとしていて、毎日筋肉トレーニングを欠かしていない男の子の手だ。
彼と掌合わせをしたこともある。
私の手はサイズが合っていなくて、おててとしか呼べないような小さな手だった。
「怖くありません」
ぎゅっと手を握る。
梶原君の温もりなどあるはずもないのに、それを感じている。
私は梶原君の手を握ったり、掌合わせをしたりすると、どこかぽかぽかと心が温かくなるのだ。
きっと。
いや、多分、これは恋だろう。
その自覚があるのだ。
だから、つい、心の声を漏らしてしまった。
「私は梶原君のことが好きですよ」
ハッキリと口にしてしまう。
梶原君のお母様の前で。
「あの子の事が好きなのね。それは性的な意味で?」
「え」
そして、ハッキリとお母様に告げられる。
これはおそらく――
「友人としてとか、同じオタクとしてとかはどうでもよいのよ。性的な意味で、女として男である一郎が好きかどうかを聞いているの」
「あの、えーと」
戸惑う。
そんなこと、まさか今日聞かれるとは思わなかったからだ。
それもお母様に。
だけど、今更嘘をつくわけにもいかないではないか。
「あの、その、将来恋人として付き合えたらなあ……と思っています」
こすりこすりと。
梶原君と掌合わせをした、その掌を擦り合わせる。
まるでお母様にゴマをするように。
「だよね。私の自慢の息子だもんね。一人くらいそういった子が現れてもいいわよね」
ふんす、と鼻息荒くしてお母様が頷いた。
ニコニコとしている。
私の告白を拒むのではなく、むしろ喜んでいるようだ。
「あのね、今日こうして呼んだのはね。一郎が高橋さんの事ばかり話すからなのよ」
「梶原君が!?」
「そう。今日は高橋部長とこんな話をした。明日は高橋部長と即売会に行くんだ、ちゃんとお役に立てるかな。高橋部長が――最近は貴女の話題ばかりよ」
だから、こうしてと。
お母様が食事を促した。
慌てて、お母様の真似で苺を口に運び、コーヒーを口にする。
興奮で味などわからない。
自分の顔は真っ赤に染まっていることだろう。
「一郎の不始末を謝りたかったのは本当。でも、それ以上に一度お逢いしたかったのよ。うん、貴女ならしっかりしてそうだし、私も応援できそうだわ」
お母様がそうおっしゃる。
梶原君との関係を認めてくれている!
将来、私が恋人になってもよいと応援してくれている!!
「一郎のこと、本当によろしくね。あの子と趣味が合う人なんて、そうそういないと思うから」
お母様が、丁寧に頭をこちらに下げてくる。
「はい」
私も慌てて頭を下げて――右手でネクタイを掴んだ。
首を絞めるようにひっぱって、自分を押さえつける。
この男女比がイカれた世界で一番の難関といえる、相手の母親に認められると言う行為を全うした喜びで、どうにかなってしまいそうだったから。
明日から、どんな顔をして梶原君と話をしよう。
お母様に認められたからと言って、突然に恋人面できるわけじゃない。
私が梶原君に恋人として認められるためには。
そのためには、どんな艱難辛苦であろうと乗り越えよう。
私はそう決意して、引っ張ったネクタイを戻し、再びお母様に向き合った。
まずは、梶原君の懸念――自分が周囲に怖がられてないかと心配していること。
それを解きほぐしてやる必要があった。
―――――――――――――
おそらく本作は最終的に第十四話「即売会」以降を書き直すのですが
現状はそれよりも更新速度を優先したいと言うことで
このまま進めます。ご了承ください
(厳密に言えば一章は現代文化研究会所属の皆さんの深堀りをすべきであり
カズキ関係は二章でちょっと主人公をコスプレの世界に勧誘する形でやればよかったと深く反省しております)
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