第二十三話「部活再始動」


 部室に入るのが怖い。

 とにかくも、学校には来なければならない。

 母親に背中を蹴っ飛ばされながら、いつまでもクヨクヨしてるんじゃないと発破をかけられて。

 いつも通りにクラスに出て、陽キャがたまに話しかけてくるのを適当にかわしながら――彼女たちはおそらく僕が起こした即売会でのやらかしなど知らないのだろう。

 SNS界隈で話題になったとはいえ、あくまでオタク界隈の話だろうし。

 ともあれ、クラスではいつも通りだった。

 問題は部活だ。

 皆さんに迷惑をかけてしまったが、高橋部長や部員の皆に嫌われるのだけは避けたいのだ。

 ただ、そのためにどうしていいのかわからないのだ。

 僕はすでにやらかした後だ。

 部室の前に立つが、どうしても、その扉を開けないでいる。

 すう、はあ、と呼吸を整えて。

 扉を開こうとした際にだ。


「大丈夫だと思うけど、梶原君を怖がったりしないようにね。梶原君の事だから、ものすごい気にしてると思うし。どうにかして慰めてあげないと」


 高橋部長の声が、扉の向こう側から聞こえた。

 僕は思わず手を止める。


「わーかってるってば。あれは正当防衛。梶原君の温厚な性格は知ってるし、それで怯える奴なんてウチの部活にいないって。どこにもさ。なあ、瀬川にエマ」


 藤堂さんが応じた。

 けらけらとまるで笑い飛ばすようにして、そう言ってのけたのだ。


「そもそもカズキが悪い。あのド畜生が何もしなければこんなことにはなりませんでした」

「……カズキが悪い。暗転入滅すればいいのに」


 瀬川さんとエマさんの声も聞こえた。

 カズキさんは刺されかけた被害者だと思うが。

 

「そうだよね、ウチに梶原君を怖がるような子はいないか」

「いないって。安心しなよ。梶原君が優しい子だってことぐらい皆理解してるさ」


 高橋部長と藤堂さんが、昔からの関係を感じさせる口調で。

 あっけらかんと口にして、僕は心のどこかがほぐれるようだった。

 どうしよう、泣きそうだ。

 扉を開けよう。


「有難うございます。皆さん」


 ガラっという音とともに引き戸を開け、御礼の言葉を口にする。

 こういう時こそ堂々としなければ。

 堂々として、丁重に御礼を述べなければならないのだ。


「おおう、梶原君。話聞こえてた? 部活に来る前に話付けとこうって千尋が言い出してね」


 藤堂さんが一瞬慌てて――同時に、別に聞かれて困る話でもなかったかと。

 颯爽とした様子で、僕に尋ねた。


「聞こえてました。本当に、本当に有難うございます」


 僕は斜め45度の姿勢を取り、ビジネスマンのように丁寧に御礼を述べる。

 もうどう感謝していいのかさえわからん。


「やめてくださいよ、梶原君。本当に貴方は何も悪くないんだから」

「……あのカズキって奴が全部悪いんだと思います」


 瀬川さんが、優しく声をかけてくれた。

 その横のエマさんも、ビクつきながらもカズキさんの悪口を言っている。

 はなはだ評判が悪いな、カズキさん。


「さてと、梶原君。今も話していた通り、あんなことで梶原君を怖がる人なんてウチの部活にはいないよ! これからも、今まで通りよろしく!」


 びっ、と格好よく親指を立てて、高橋部長が満面の笑みで僕を見てくれる。

 僕もびっ、と親指を立てて応じた。


「はい!」


 なんて良い人たちなんだろうか。

 藤堂さんも、瀬川さんも、エマさんも本当に皆が良い人だ。

 特に高橋部長には、感謝してもしきれない。


「じゃあ、即売会のリザルトをしようか。梶原君のおかげもあって新刊も旧刊も全部売り切れたし、また刷らないとね。注文お願いね、瀬川ちゃん」

「はい。そういえば、梶原君は今後もコスプレするつもりですか?」


 これは重要なのだ、と言わんばかりに三つ編みを揺らしながら、瀬川さんが尋ねてきた。

 僕はそれについては悩んでいる。


「えっと……少なくともカズキさんみたいにはなれないなって」

「それはトラウマもあって?」


 心配そうに瀬川さんが口にするが、まあそれもあるが違う。


「厳密には、僕にはコスプレイヤーとして活躍する自信が全くないと言うことですね。チヤホヤされるのは確かに楽しかったですが、文字通りの意味でカズキさんにはなれないと思い知らされましたよ」


 そうだ。

 カズキさんと一緒に写真を撮られて思っていたが、文字通り違う世界の住人なのだ。

 彼のように芸能人にはとてもなれない。

 職業「コスプレイヤー」は絶対に無理である。

 第一、目立つと言うことは危険性が上がるということだ。

 そこまでしてやるメリットが僕にはない。


「趣味としてならまあよいかなと。そう考えておりますが……」

「つまり、即売会でコスプレして売り子さんするぐらいならと?」

「まあ、そういうことですね」


 趣味としてのコスプレなら良いと思うのだが。

 瀬川さんは僕の言葉を聞いて、じゃあ発注数増やしときますね、と気安い返事をした。

 僕のコスプレぐらいで売り上げは――まあ変わるんだろうな。

 

「コスプレ衣装代くらいは部費で出すからね」

「いいんですか」

「こちらから頼んでやってもらうようなもんだしね」


 高橋部長が、どんなのいいかなあとスマホを取り出してちょいちょい弄っている。


「やっぱり、新刊頒布する際の作品の奴がいいよね。既製品になっちゃうけれど。ちょっと嫌だけど、あのカズキの奴に相談しとくよ。それぐらいしてもらう権利があるはずだしね」


 まあ毎回カズキさんのコスプレ衣装のようにオーダーメイドで作成するわけにはいかないしな。

 それにしてもだ。


「……」


 いいなあ。

 この部活は、現代文化研究会は本当に心地よいなあ。

 そう思ってしまう。

 誰もが僕に優しいのだ。

 いや、皆が皆にそれぞれ優しいのだ。

 僕はまだそこにお邪魔させてもらっているような状況だが、これからその一員になれればと思う。


「さてはて、じゃあ来月号だけど――まあ、急に梶原君に何か作品作れっていっても無理だよね」

「さすがに」


 なりたいし、小説でも書いてみようか、という話であったが。

 その小説にしたって、最初は稚拙なものしか書けないだろう。

 出来ることと言えば――なにか考えて。


「アシスタントでもしましょうか? いえ、できるかどうかはわかりませんが」

「そうしようか。この藤堂初音が一から手取り足取り教えようじゃないか!」


 ぱし、と藤堂さんが手を合わせる。

 そして、何やら棚をガサゴソと漁り始めた。

 何やら大きな箱を取り出したいようだ。


「千尋、旧型の液タブ余ってたよね? 梶原君にあげても良い?」

「もちろんいいよ。まあ、それはおいおいやっていくとして、とりあえずは即売会も終わったことだし」


 高橋部長が、そんな藤堂さんをにこやかに眺めた後。

 僕の瞳をじっと見つめる。


「まずは、皆で交流を深めようか。いろんなことをしようよ。カードゲームでも良い。テーブルトークRPGでもよい。なんなら、どこか外に遊びに行くってのもいいね。私たちはオタクだから、どうしても陽キャみたいに弾けるってことはないだろうけどさ。それだって青春しちゃ駄目って話じゃないよ」


 優しい語り掛けだった。

 僕はそれを黙って受け止める。

 

「ゆっくりやっていこうよ。お互いの事をもっと知ろう。色々な会話をしよう。ふざけあって、笑いあって、楽しいことを一杯やっていこう。そうして仲良くなれれば、もっと楽しくなるよ」


 高橋部長が手を伸ばした。

 僕がすべきことは判っている。

 自分の手を伸ばし、ぎゅっと優しく彼女を手を握る。

 ぶんぶんと、高橋部長が握った手を大きく縦に振った。


「今後ともよろしくね」

「はい」


 僕は泣きそうになった。

 泣きそうになるぐらいに、本当に嬉しかったのだ。

 部室を見渡し、藤堂さんや瀬川さん、エマさんと視線を合わせながら、大きく頷く。

 この部活は最高だ。

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