第一話「いるわけがない、そんな男」
私たちはさえない。
一言でいうと、それだけですんでしまうことは理解できている。
なんというか、私たち少女たちは学校生活でなんとか楽しみを見つけようと努力している。
友人をつくり、共通の趣味を見つけ、なんというか――できれば彼氏も欲しい。
無理だとはわかっている。
男女比1:20のこの狂った肉食系女子ばかりの世界で、『さえない』私たちに彼氏ができるわけない。
ネットの話や漫画・アニメの趣味はまあいい。
このへんの話をしてもなんとかなる。
人並みの趣味として認められるのだ。
昭和の時代には迫害されたサブカルチャーも、今では立派なメインカルチャーになったのだ。
だが、これがカードゲーム・TRPG・ソーシャルではないネットゲーム、そして今ではすっかり業界が萎んだライトノベル。
ここまで入るとやはりサブカルチャーである。
そして、単に美味しい美味しいと消費するだけではなく、創作側にまで足を突っ込んでしまうと完全なオタクである。
このサブカルチャーという人とは違った同好の士を探すとなれば大変である。
うまくいっても同胞を見つけられたとしても、我らはオタクだ。
マニアックである。
人並みの趣味としては認められぬ。
この厳しい学校社会というカースト制度の中ではトップをとれるわけがなく、いわゆるナード。
一つのジャンルに非常な興味を持っており、それに関する知識が豊富であるが、流行に疎く、外見的に特に魅力のない人。
そういう低カーストの扱いになってしまう。
繰り返す、私たちはさえない。
彼氏など作れぬ。
モテぬ。
男性とはマトモに視線を合わせられず、うひひ、と卑屈に笑うことしかできぬナードどもである。
問題はだ。
本当に特異な事であるが、そのサブカルチャーが好きだという男がいて。
サブカルチャーという人とは違った同好の士を探し、そのために学校生活で我らが『現代文化研究会』に入ってこようとしたらどのように扱うべきか?
そのような問いを、二年の高橋部長が突然、新学期となって口にした。
私はいるわけないと口にした。
お前さん、とうとう男欲しさに頭がおかしくなったのかあ。
そんな機会あるわけないだろう。
創作と現実の区別がつかなくなったのかな?
お前さんの頭はバーチャルリアリティーに汚染されたの?
まだ疑似彼氏ができるようになるまで、世界には時間がかかるよ。
そう部員たちが、やいのやいのと答えたことは記憶に新しい。
返事を受けた高橋部長は酷く困った様子で「じゃあ入部が駄目ってわけじゃないんだよね」と返してきた。
コイツは駄目だ。
完全に高橋部長は狂ってしまったのだ。
男欲しさあまりに、頭がおかしくなってしまったのである。
「好きにしなよ」
と一言で切って捨てて、同人誌即売会用の原稿を書くため、液晶タブレットに誰もが立ち向かったのだ。
その翌日のことだ。
高橋部長がバーチャルリアリティーの世界から疑似彼氏を連れてきたのは。
いや、私たちも正気に戻ろう。
彼は現実にいる存在である。
新入生であった。
「一年A組の梶原一郎です。新入生です。入部を希望しているのですが、やはり女所帯に男が入り込んでいくのは問題でしょうか? 駄目、ということでしたら遠慮なく仰ってください。理解はできますので」
駄目じゃないよ。
全然駄目じゃないよ。
それは全然駄目じゃないのだけれど。
そういう話ならちゃんと説明しろ高橋部長。
眼鏡チビ胸デカおかっぱ頭。
私たちは男性に目を合わせられない。
代わりに、高橋部長を睨みつけた。
何だこの女郎ども、殺すぞ、とばかりに高橋部長もにらみ返してきた。
チビの癖に気が強いのだ、この人は。
まるでチワワのようだ。
「はーい、決をとります。お前らの返事なんか聞いてないけどな! 人工授精ども!!」
どうせ男性とろくに喋ったこともないのだから、お前ら返事もろくにできないだろうが。
父親もいないお前らだと、あまり喋ることも難しいだろう?
少し強引にやるとばかりに告げられる。
そういった優しささえ感じられる、高橋部長の言葉であった。
ちらと、顔を見る。
高橋部長ではなく、梶原君とやらの顔をだ。
「いえ、返事は聞いていただきたいのですが……」
そうやって眉を顰める梶原君の顔を覗き見た。
メンズ・ショートの髪型で、王子様というよりはたくましい好漢の顔つきをしていた。
まるで歴史シミュレーションゲームに出てくる戦国武将のようである。
もちろん男女の性別が女から男に逆転した奴だ。
体格を見たが、背も高ければ足も長く、何より手が長い。
身長180 cmはあるか?
我が校にいるなよなよとした男性像をいっぺんに覆されるような、グラビアモデルのような体格である。
筋肉が強い。
筋肉が強いというか、明らかにがっしりとした体格で、脂肪と筋肉という鎧を纏ったプロレスラーのようなのだ。
プロレスなど女性のもので、男性プロレスなどこの世にはないが。
とにかく、鍛え上げられている。
顔の下、首筋をみてそう思った。
首が太いのだ。
クラスメイトに一人、二人だけいる男性などと比べて、彼のなんたる鍛え方か。
ぶっとい首をしていて、凄い上背で、学生服のブレザー越しに見てもミッシリとした筋肉で覆われている。
「ああ、彼の筋肉が気になる? 男性スポーツでもやった方が良いのでは? と私も聞いたんだけど……」
身長180 cmの彼の横で、40 cm低い高橋部長が頬を掻く。
一応聞いたのか。
どう考えてもそちら向きの人材であるのだが。
「スポーツに興味がないので。ああ、体を鍛えているのは自衛のためです。腹を刺されても大丈夫なように」
「腹を刺されたの!?」
「ああ……例えです。たとえ。女性に腹を包丁で刺されたとか、そういう話では無いですよ」
高橋部長の驚きを、軽く梶原君がいなした。
まあ、自衛だろう。
たまにそういう人もいる。
女性からの自衛のために、鍛えると言う男性もたまにいるのだ。
男性は稀少な存在で――それゆえにか、鍛えると女性よりはるかに筋肉量が多くて強い。
その知識は確かに私たちにもある。
だが、まあ、その知識はあまり現実的ではない。
男の誰もがなよなよとしていて、家に引きこもっているのが多いこの世の中ではだ。
「なるほど。まあ、梶原君ならお腹を刺されてもへっちゃらそうだね! さて、それで、決を採るよ。部活動に、我が『現代文化研究会』に入っても良いと考える女郎は、手を挙げろ!!」
高橋部長が音頭をとる。
もちろんイエスだ。
色々と理由はある。
まずは、同好の士であり、同胞であろうことは間違いなかろう。
高橋部長の審査を通っているのだ。
オタクであろうことは間違いない。
へらへらと、私漫画とか好きなんですよね、と口にするだけのディープでもなんでもない女郎は我が『現代文化研究会』には入れない。
知識語りではない。
愛だ。
どこまで自分がオタクジャンルに愛を注いでいるかを試されて、それに返事を出来れば入部を認められる。
「まあ、わかっているだろうけど、彼も私の審査は受けたよ」
「……彼が好きなものは?」
高橋部長が話す。
それに尋ねた。
部長ではなく、彼自身が答えた。
「カードゲームです。ああ、漫画アニメライトノベルも好きですが。創作経験はないのですが、これを機会にやってみようかとも考えています」
オタクであった。
紛れもないオタクであった。
なれば、我々に断る理由はない。
よろよろと、手を挙げる。
部員の三人全員がであった。
私たちは同好の士を拒めない。
それより、何より。
「有り難うございます。それではよろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げる彼を見て。
あれ、これひょっとしたら私にワンチャン来たんじゃね?
そう勘違いしてしまう、私たちを笑うな。
笑うな。
女の性というものであった。
ちょっとした仕草や優しさで、これは私に気があるのではないか?
と勘違いしてしまう私たちを笑うな。
私たちは世の拗ね者であった。
同時に青少女であった。
青春(アオハル)なんて届かないものに手を伸ばしがちな、父親のいない人工授精の子供たちであったのだ。
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