第二十九話「ゲームの時間」
梶原君は目立つ。
いや、もうどうあがいても目立つのだ。
身長180cm超えの筋肉モリモリマッチョマンで、清潔な衣服に身を包んだ快男子である。
隠しようなんてなかった。
カードゲームショップでも注目の視線を浴びた。
え、なんで男の子がこんなところに来ているの?
そんな視線だ。
梶原君は飄々とした顔で、スマホに大会アプリをダウンロードしている。
さてはて、梶原君と一緒に大会参加の申請をスマホでしてだ。
初めてのプレイとなる梶原君にやり方を隣で教えながらも、距離感を保つ。
ここで恋人と見られたら嬉しいが――そうなると、周りから嫉妬の視線が怖い。
無事にプレイ申請を終え、梶原君の横でゲームプレイについて話しながら参加者が集まるのをショップで待つ。
ちょうど定員の20名が無事に集まり、無事開催となったようだ。
ルールは簡単、スイスドロー(同成績のプレイヤーとの戦い)3回戦を行う。
試合形式はBO1(1本先取)で初心者向けなのだ。
これならば、リアルでの実戦回数が少ない梶原君にも楽しんでもらえるだろう。
そう思って、ニコニコとしながら梶原君を見る。
「楽しみですね」
「そうだね」
私と言えば中学生の頃からゲームを嗜んでいるが。
まあ、カード資産が足りない。
どうしても大会優勝者クラスのデッキパワーがある物は組めない。
3回戦となれば、勝てるのは良くて2回、悪くて1回だろうなと考える。
梶原君は全敗かもしれない。
それでもいいのだ。
その立場を許容できるのが梶原君だ。
勝てなければ悔しいが、今回は勝つのを目的としているわけではない。
いわば、ゲームショップへの顔見せ。
フレンドリーマッチといっても過言ではない。
「それでは、ゲームを楽しんでね」
「もちろん」
梶原君が手を差し伸べる。
私は少し悩んだが、自分の手を差し出してしっかりとその手を握った。
握手。
梶原君のゴツイ掌を感じ取った後、その余韻に別れを告げる。
勘違いするな、私。
梶原君の握手には特別な意味などないのだ。
ほら、番号が呼ばれたので席に移動する。
その席では、梶原君が「よろしくお願いします!」と丁寧な挨拶を相手に交わしていた。
相手の女性はやや挙動不審になりながらも、同じく挨拶をしていた。
うん、このショップのカードゲーマーの治安は良い方だ。
酷いところだとスラム街だからな。
「よろしくお願いします!」
「よろしく。ねえ、あの子友達?」
自分の相手である、社会人プレイヤーと思われる女性に梶原君のことを聞かれた。
まあそりゃあ聞かれるよな。
「友達です! 同じオタク部活なんですよ!!」
「ほうほう、彼氏ではないと」
「残念ながら違いますね!」
はっきりと明確に否定しておく。
肯定したいが、やはり嫉妬が怖い。
それを聞いてか周囲のプレイヤーの空気も和んだかのようだ。
まあ、男連れでゲームショップは嫉妬されるわな。
そう思う。
早速ゲームを始め、勝敗を争うが。
梶原君のことがどうしても気になる。
どうも和やかに話をしながらゲームをしているようだ。
「ネットではよくやりますが、リアルでの大会は初めてなんですよね。お手柔らかにお願いします」
「もちろん。よろしく頼むね」
そんな会話を進めている。
まあ、梶原君の心配はそこまでしていない。
初心者の男の子相手だ、誰もが優しく相手をしてくれるだろう。
問題はだ。
「アンタップ、アップキープ、ドロー」
相手のカード編成がどう考えても大規模大会優勝者編成のデッキパワーと言うことだが。
社会人の資本力から構成される豪快なデッキである。
こりゃ余程カード回りがよくないと勝てないな。
そう考えながらもゲームを進めて、やはり敗北した。
同様に、ちょっと近くの席の梶原君からも「サレンダーします」との宣言が聞こえた。
時同じくして負けたらしい。
梶原君もそんなに多額の金銭をカードに注いでいるわけではないしな。
すぐに立ち上がり、梶原君と合流して話をしたいところだが。
相手の女性プレイヤーが引き留めて、何やら長話を進めている。
梶原君も頬を綻ばせて楽しく会話しているのが見えた。
邪魔するわけにもいかない。
代わりに、耳を立てて話の内容を聞こう。
「一緒に来た人は彼女じゃないの?」
「違いますね。部活の尊敬する先輩です。僕なんかが彼氏を名乗ったら先輩に失礼ですし」
全然失礼じゃないよ。
むしろ彼氏彼女の関係になりたいよ。
そんなことを思いながら、大会の邪魔にならないように席で佇む。
「そう――彼女はそう思ってないかもしれないけどね」
おおう。
何やら梶原君の対戦相手の方が良くないことを吹き込もうとしている。
いや、良いことか?
「といいますと」
「あんなにワンピースでバッチリ決めて、君の事を意識してないわけないじゃないって」
私の衣装が拙いか。
実際意識をしているよ。
カードゲームプレイヤーは紳士だが、ワンピース姿でカードゲームしに来ているだなんて私だけだ。
実際、そうだが。
「……先輩に気を使わせてしまったでしょうか? 僕は別に普通の格好でもかまわなかったのですが」
「そうなんだ。彼女が気を使ったわけだね」
う、私が意識をしすぎてたか。
だが、なんだ。
横で歩く人間として、梶原君に恥をかかせるわけにも女としていかなかったのだ。
「いいねいいね。お姉さん、君たちみたいに初々しいカップルを見ると応援したくなるよ」
梶原君の相手のプレイヤーさんはやや挙動不審だったが、私たちに好意的なようだ。
むしろ応援したいといった視線で私をにこやかにチラ見した。
気恥ずかしい。
「君、名前何だっけ」
「梶原一郎と申します」
「梶原君、まだ恋人じゃないのかもしれない。だけど、男の子はこんなにも軽々しく女性に応じたりしないだろうし。女の子も男の子を意識せざるを得ないんだよ」
本当に応援してくれているのか?
さっきから、梶原君に私を意識させるような口ぶりである。
まるで梶原君に現状を説明しているかのようだ。
「そういうもんでしょうか」
「そういうもんだよ」
梶原君が説得されつつある。
ここで訂正の声を張り上げたいところだが、さすがにできなかった。
私は静かに二回戦が始まるのを待つ。
顔を赤らめた。
どうにも恥ずかしい。
「ねえ、本当に彼女彼氏の関係じゃないの?」
私の対戦相手が再び尋ねてくるが。
「違うんですよね」
残念ながら、という言葉は添えずに返答する。
「ふーん。彼は『その気に』なりつつあるみたいだけど」
確かにそうだ。
梶原君は素直なのだ。
端的に事実を示し、それを元に説得を続ければ素直に従う。
従うと言うか、事実を噛み砕いて内容を理解してしまうのである。
少し前の喫茶店で、如何に梶原君のお母様が彼の自由に心を砕いているかを私が教えたように。
どうするんだ。
どうするんだよ、これで私の恋心が梶原君にバレでもしたら。
そうして、振られでもしてしまったら。
もう私はたまらなく死にたくなる。
だから、余計な援護はして欲しくないのだが。
「そうなんですね。部長も僕の事を意識してくれてるんですね」
部長『も』?
梶原君がふと漏らした言葉を聞いて、私は声をあげそうになりながらも。
ただ我慢して声を漏らそうとするのをなんとか止めて、沈黙した。
ああ、どんな顔をして梶原君に今日は話せばよいのかわからなくなりつつある。
私は、私は。
今の関係を続けていたい。
ただそれだけのはずなのだ。
それでいいのだ。
そう自分に言い聞かせて――二回戦開始の呼び声がショップの店員さんから掛けられ、私たちは立ち上がった。
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