第二十八話「待ち合わせ」
一張羅のワンピース姿である。
これしか私服でマトモな外出着がない。
自宅ではジャージ姿だったりするのである。
なんなら、今日は制服を着てこようか迷ったぐらいだが「学校休みですよ」と真顔で突っ込まれるのは目に見えているので止めておいた。
私は久々に取り出した、自分の一張羅に変なところがないかを心配しながらも。
やはり意識しすぎだと思えた。
「1時間前に来てしまった」
独り言。
集合一時間前に、待ち合わせ場所に来てしまった。
ここは駅前のセンタープラザにある、ベンチが並んだ場所である。
カードゲームショップがプラザ内にあり、梶原君と初めて出会った場所。
私は喧騒の中で電子書籍にて漫画を読みながらも、彼を待つ。
「――」
自分のワンピース姿を見て思う。
なんだ、変に女を見せて意識していると思われないだろうか。
そんな勘違いをされて、引かれたりはしないだろうか。
そういった心配をする。
まあ、これから一時間待つ間に心構えをしてだね。
そう思った瞬間に、だ。
「……お待たせしてしまいましたか?」
一時間前である。
だというのに梶原君は現れた。
清潔感のあるシャツにカーディガン、スラックス姿である。
長身のがっしりした姿が良く似合っており、さっぱりとした快男子の印象を周囲に与えている。
「え、まだ一時間前だよね」
「一時間前ですよね」
お互いに顔を見合わせる。
何二人して一時間も早く待ち合わせ場所に来てるんだ。
もちろん私は万が一にも遅れないためであるが。
梶原君が少し気恥ずかしそうに答える。
「……今日のカードゲーム大会が楽しみで、早めに来ちゃいました」
「なるほど」
こくこくと頷く。
まあ、同じく早めに来ている私がどうこういえた義理はない。
ここで返すべき言葉はこうだ。
「私もだよ。梶原君と一緒に遊ぶのが楽しみで早めに来ちゃった」
少しだけ攻めの姿勢を取る。
初音に言われたからではないが、これぐらいの言葉は許されると思われた。
にこりと微笑む。
「……何処か喫茶店で時間をつぶしますか。奢りますよ?」
少し照れた様子で、梶原君も微笑んだ。
感触は良いようだ。
「いや、私もお金を出すよ」
そう言ってのける。
お小遣いはちゃんと下ろしてきたのだ。
だが。
「高校生にもなって恥ずかしい話かもしれませんが。母から特別に小遣いを支給されてますので大丈夫ですよ。今日は高橋さんにお金を出させるなと言われています。いや、本当に母に管理されているようで嫌な話なんですが」
そう口にして梶原君は手帳型スマホを取り出し、その中のクレジットカードを見せた。
家族カードを支給されているのか、梶原君。
親から信用あるな。
そう思っていると、ベンチの隣に梶原君が腰かけた。
「……ひょっとしてですが、僕に隠れて。ウチの母親が高橋部長のところに押しかけたりしてませんか?」
「え、うーん」
どうしよう。
嘘はつきたくないし、つくべきではないだろうな。
「電話で一度会えないかって言われて、会ったよ。優しいお母様だったね」
「あの母親は……誠に申し訳ありません」
梶原君が額に手を当てて、空を仰ぐ。
いや、マジでいいお母様だったよ。
「わざわざ部長を呼びつけるなんて、とんでもない失礼を」
「心配するようなことは何もなかったよ? ただ梶原君をよろしくって頼まれただけだから。とんだ迷惑をおかけしたけど、これからも仲良くしてねって」
そう、仲良く。
主に異性的な意味で頼まれたのだ。
もっとも、これは梶原君には意図が伝わらないだろうが。
私にとっては凄く有り難い支援である。
世間において、男側の母親の理解がなくて別れさせられた恋人同士など珍しくもない。
その点を私はクリアしているのだ。
安心して意気込もうというものである。
「それならいいんですが。とりあえず喫茶店に入りますか?」
「そうだね」
梶原君と一緒にベンチから立ち上がる。
さて、手でも繋ぎたいところだが。
まだそんな関係ではないのだ。
「ショートケーキセットがある店がいいな。このプラザ内にあるでしょ」
「……ひょっとして、ウチの母親が呼び出した店ですか? そこにあるお気に入りの?」
心を読まれている。
実はそうだ。
あそこの喫茶店には今のところ良い記憶しかない。
「そうそう。私とお母様、嗜好が合うかもしれないね」
正直、お母様と一緒の時は緊張でケーキの味もコーヒーの味もしなかったんだけれど。
あれだけお勧めするのだから美味しいお店に違いないのだ。
「ではそこで。しかし、母さんも心配性な」
なんとなく腑に落ちないと言う顔をしている。
いや、マジでいいお母様だと思うよ。
「……梶原君。お母様がどれだけ自分を自由にしてくれているかって考えたことある?」
「いえ、自由にさせてくれてることは理解しているのですが」
「多分、梶原君の考えてる以上にお母様は梶原君の権利を認めているよ」
世にいる母親なんて自分の将来のために息子を「出荷」することしか考えていない物だ。
子供の幸せを望んではいるのかもしれないが、それは束縛の愛だ。
私はお母様を弁護してあげたい。
「梶原君のお母様、五大商社のエリートビジネスマンでしょう? 職場や営業先からでさえ縁談はよりどりみどりのはずだよ。おそらく、それを全部丁重に断って梶原君に自由にさせてあげてるはずだよ」
私でもこれぐらいの事は想像がつくのだ。
そこのところを理解しているのだろうか?
梶原君は、ちょっと鈍いところがある。
「それは――言われてみればそうですね」
だが、言われれば気づく子でもあるのだ。
だから、この機会にはっきり言っておこう。
梶原君は自由だ。
「僕がかなり強引な縁談を持ちかけられた際も、きっちり断ってくれたみたいですし」
「あれ、やっぱりそういう話あったんだ」
おおう。
衝撃を受けながら、梶原君の顔を見る。
梶原君は顎をさすりながら、嫌そうな顔をしている。
「いや、中学時代に終わった話ですよ。ただ向こうさんの一目惚れか何かなのか、少しは社交の場に出る経験を積みなさいと母に連れられて行った会社のパーティーで、そういう話が。母は難儀して、あれ以来僕と連れ立って出るようなことはしません」
「あー、出るよね。そういう話」
そりゃ梶原君は見た目良いもの。
出荷前の約束なしで、いまだ手つかずの男の子がいればそういう話も出るわな。
「でも、お母様は断ってくれたんでしょう?」
「そうですね。とてもウチの息子には釣り合わないと卑下を繰り返す事を連打で。まあ何とかなったみたいですが」
いや、マジで良いお母様だ。
そこで話が決まっていたら、下手すりゃ私の隣に梶原君が立っていることもなかっただろう。
中学時代に、その一目惚れの相手とやらの同じ高校に通わせられたかもしれない。
私との出会いの機会は奪われた。
心中でお母様に感謝する。
有り難うございます。
「……」
梶原君は黙り込んでいる。
自分の環境を鑑みれば、お母様には感謝すべきであり、文句など一つも言えないと気づいたようだ。
ちゃんと視線を合わせれば、話の通じる子だ。
「そうですね、僕は母さんに感謝すべきなんでしょうね」
「そうそう」
私はお母様の弁護を終え、ニコリと微笑む。
そうして、喫茶店に入りながらコーヒーとショートケーキのセットを注文して。
私は一息ついた後に、はっと息を呑む。
二人して喫茶店か。
まるで、デートしているみたいだなと。
私は少しばかり照れ臭くなって、顔が朱色に染まるのを気づかれないかと頬を抑え。
ショートケーキが到着するのを、静かに待った。
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