第二十七話「大会前夜」

 身内でのカードゲーム交流が終わり。

 相変わらず梶原君は門限があるので、先に失礼しますという丁寧な謝辞とともに部を退室して。

 さて、私もカードを集めて帰ろうかと言ったところで問題が勃発した。

 初音がニヤニヤとした笑いで私に話しかける。


「千尋、梶原君と一緒にカードゲーム大会に出るって話だったよね?」

「うん、大会と言っても、土日にカードゲームショップで行われる小さな大会だけどね」


 それがどうかしたの、とばかりに答えた。

 前から皆も知っていることだからだ。

 私は素直に頷くが――初音は笑顔を崩さぬまま、こう言ってのけた。


「つまり、チャンスというわけだ」

「何のチャンスよ」


 いや、本当に何のチャンスだ。

 普通に二人連れだってカードゲームショップの大会に出るだけだぞ。


「恋愛進展のチャンスだよ!」

「カードゲームをやるだけで恋愛進展なんて聞いたこともないわ!」


 ハッキリと言ってのける。

 そりゃあカードゲーム業界には創造主が作ったプロポーズのカードなんてのも存在するが、世の中には出回っていない。

 恋愛が進展するわけないのである。

 そもそも――


「初音。言ったでしょう。私はオタ友として梶原君を優しく迎えたいと。変な色気を出したくはないんだと」

「でも好きでしょう?」

「そりゃ好きだよ。好きだけど……」


 正直言えば好きだ。

 梶原君は良い男だ。

 私の心の中は、彼への愛で溢れかえっている。

 だが、何だ。

 少なくとも「まだ早い」と言わざるを得ない。


「あれだよ、初音。私は高校卒業の際に梶原君に告白して、それで優しく振られるぐらいが性に合っているよ」


 本音ではない。

 梶原君のお母様に認められた今、ワンチャンあるんじゃねえかと無茶苦茶思っている。

 だが、それを知らない部員の前でひけらかす理由はないのでそう口にする。


「バカぬかすな」


 初音はちっちっちっ、と口で舌打ちをして、不機嫌そうに溜め息を漏らす。


「千尋は高校時代に恋人を作るという青春(アオハル)を過ごしたくないのかい? 私ならもう告白してるね。いや、というか誘いはかけるね。残念ながら上手くかわされてしまったけれど」

「ああ、あれ一応本気で口説いてたんだ」


 私は呆れて口をへの字に曲げる。

 まあ本気だったんだろうと言うことはわかっていたが。


「いやー、そんなんいいよ。梶原君と一緒に皆で高校時代は楽しんでさあ。最後の最後に告白して、玉砕して振られるってのが私たちの鉛色の青春には合っているよ」


 これも嘘。

 無茶苦茶成功させるつもりでいる。

 だが、お母様に認められましたなんて初音に言ったらすぐ「今日にでも告白しろ」と言いだすに違いないから言えない。

 情報を共有できないのだ。


「千尋。私たちは二年生だからわかってないんだよ」

「何を?」


 確かに梶原君は一年生で、私たちは全員二年生である。

 だからなんだ。

 何が判っていないと言うのか。


「一年生の梶原君へのアプローチって凄いよ。休憩時間はひっぱりだこで声かけられてるって。先でも越されたらどうするのさ」

「マジか。でも、なんで初音がそんなことしってるのよ」


 私たちはオタクである。

 後輩と言えば梶原君しかいない。

 そんな事情を知っているわけないのだが。


「いや、梶原君に直接聞いたんだよ。声かけられて困ってるって言ってた」

「梶原君の事だから、全部断ってるんでしょう?」

「そりゃあもう。梶原君の好む女性って、自分の趣味を受け入れてくれるオタク女だしね」


 ぴん、と親指を立て、初音が煽り文句のような言葉を口にする。


「つまり、我々だよ。特に千尋だよ」

「うーん」


 悩む。

 悩んでいる。

 まあ、初音の言い分には少しだけ理解を示す。

 梶原君の好みは確かにそうであろうが。


「それで、私をそこまで煽って初音は何を得するのさ?」

「ぶっちゃけ、千尋に幸せになってもらうことが私の幸せだね」


 目を据えて言われる。

 こういうことを平気で言うのだ、初音は。


「いやあ、そりゃあ千尋と交際するついででいいから、私も貰ってくれたら嬉しいけどね。まず千尋さね。付き合いたいなら付き合いたいってハッキリ言うべきだよ」

「いや、にしてもだよ。まだ早い」


 繰り返すようだが、まだ早いのだ。

 そこまで交流を深めてはいない。

 こういうのはじっくりと行くべきだ。

 じっくり弱火で熱してから、友情から恋愛という物に発展させたいのだ。


「初音。断られたらどうするのさ。二度と部活に来てくれないかもしれないよ」

「うぐっ。私みたく、冗談交じりに告白できない?」

「できない」


 そこまで器用ではないのだ。

 初音は告白が断られても「じょーだん、じょーだんだよ」の二言で済ませるように動けるだろうが、この私には無理だ。

 どうしても真剣な告白になってしまう。


「とにかく、告白はまだ無理! そこまで好感度が上がってない!!」

「私、千尋への好感度って梶原君からみてマックスに近いと思うんだけど? 皆はどう思う?」


 初音が、他に視線を飛ばす。

 瀬川ちゃんとエマが真剣な面持ちで少しばかり悩んだ後に。


「梶原君の好感度はマックスに近いかと想像しますが、確かに部長の仰る通りでまだ早いかと。イベントスチルが足りなすぎます」


 瀬川ちゃんは乙女ゲーみたいなことをいいよる。

 要は反対と。


「高橋部長が嫌われるなんて死んでもありえないので、推して参るべきかと」


 エマは戦国武将みたいなことをいいよる。

 要は賛成と。

 反対1、賛成1。

 この結論を持ってして、正直今は微妙だと私は思うのだ。


「もう繰り返し繰り返しいうけど、まだ早いと言うのが結論なんだよ。初音。私は今の関係を崩す危険性を冒してまで恋愛関係に発展させようとは思えないね」

「もういけると思うんだけど。んじゃあ、ちょっとだけでも印象を良くしていこうよ」

「印象を?」


 どうせいというのだ。

 確かに土日に梶原君と出かける予定はあるが、これはデートではないのだ。

 変に意識しても仕方ないよ。


「私服をバッチリ決めるとか?」

「野暮ったい私服しかないよ」


 私はオタクである。

 そんな金があったらオタクグッズを買う。

 そういう生き物である。


「というか、多分梶原君そんなの気にしないよ。同じオタク仲間には最低限の清潔さしか求めないよ。脂ぎった小太りのお姉さん相手でも、笑顔で握手する性格だと思うよ。梶原君は」


 私の惚れた男はそういう生き物である。

 私が優れた容姿をしていてもおそらく無頓着だ。

 だから、初音が恋愛関係を進展させようといかに努力しようと考えてもだ。

 全て無駄。

 無価値。

 無是非。


「ううむ。アレも駄目、これも駄目か。女からみると、梶原君は結構な難物だね」

「というより、性愛の比重が極端に低いんだよ。梶原君の場合は恋人よりオタ友を求めているからね」


 初音は完全に好意で、私の恋愛を応援したいと思っている。

 それはわかる。

 だが、私も梶原君のことをある程度把握して行動しているのだ。

 これ以上長々と話していても仕方ない。


「私は私で考えて行動しているよ。梶原君の事が好きなのは事実だし、そういう関係になりたいとは思う。でもまだまだ早いと言う結論だね」


 すっぱりと結論を口にした。

 初音が口をへの字に曲げた後、溜め息を吐いた。


「わーかったよ。じゃあ、何はともあれカードゲーム大会頑張ってきてね。梶原君攻略のイベントスチルを回収してきてください」

「そういうゲーム感覚もどうかと思うんだけどね」


 何はともあれ、初音を納得させた。

 これでよし、とばかりに頷いて私はカードを片付けた。

 しかし、土日は梶原君と二人か。

 デートのつもりなど欠片もないが、初音にここまで言われると意識してしまうな。

 梶原君はどうなのだろうか。

 やはり、オタ友の一人としか私を見ていないのだろうか。

 それとも、少しだけなら女の子として見てくれているのだろうか。

 悶々とした思いを抱えつつ、私は部室を閉めるため鍵を取り出した。



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