第三十話「手をつなごう」
「いやあ、負けた負けた」
「負けちゃいましたね」
景気よく対戦結果について話す。
二人とも負け越しである。
高橋部長は三回戦中の一勝を何とかもぎ取ったようだが、僕なんかは全戦全敗である。
やはり社会人の資本力と戦うと、デッキパワーで勝つことが難しい。
もちろん僕がリアルプレイとスタンダード環境に不慣れな事もあるが――シールドやドラフト戦なら勝ち目もあるか?
今度参加してみようか。
もちろん、高橋部長と一緒に。
それにしてもだ。
「大分、社会人プレイヤーさんにからかわれましたね」
そう口にする。
男と女が一緒に連れだって女所帯の場所に参加すると、からかわれるものなのか。
よくわからないな。
そもそも前世・今世を通して女性と連れだって出歩いたことなどない。
誠に虚しい人生を送ってきたものだと思う。
異性と認識した存在と歩くなど、高橋部長が初めてなのだ。
「そうだね。私相手じゃ嫌じゃなかった、梶原君」
少し照れ臭そうな顔で、高橋部長が口にする。
嫌ではない。
そんなことあるはずもない。
むしろ、僕なんかが――いや。
卑下はやめよう。
この世界では、今世では、男は貴重な存在である。
学校で寝たふりをして誤魔化そうとしても、沢山のクラスメイトに声をかけられる。
即売会でコスプレした時も随分チヤホヤとされた。
わかっているのだ。
わかっている。
ただ、どうしても自分が女性と付き合っている姿という物が想像できないでいるのだ。
「――嫌じゃありませんよ」
ただ素直に本心を口にする。
悩んでいる。
僕は――高橋部長の事が好きなのだろうか。
『先輩』として尊敬はしている。
『人間』として好んでいる。
その二つは間違いない。
『異性』として愛しているのか?
その問いを投げかけられると困る。
僕は人を好きになったことなんかない。
ただひたすらに、趣味に生きる人生だけを望んできた。
だが。
「そう? 無理してないならいいけど」
けらけらと高橋部長が笑う。
その笑顔を見ていると、どうも心のどこかが温かくなるのだ。
この感情はなんだろう。
敬愛とは近くて遠い。
崇敬とも違うだろう。
正体のわからない感情がある。
人はこの感情を何と呼ぶのだろう。
――確かめる方法はある。
「高橋部長」
僕は部長の名を呼ぶ。
「どうしたの?」
部長はにこやかな笑顔で返してくれた。
ここからだ。
「一緒に手を繋ぎませんか?」
恥ずかしい。
小学生じゃあるまいし、と思いながらも。
非常に心細く思いながらも、自分の願望を述べる。
僕は部長と手が繋ぎたいのだ。
「……う、うん。もちろんいいよ!」
部長が少しためらいながらも、返事をしてくれた。
何の躊躇いだろうか。
嫌がられていないとよいが。
そう思いながらも、ゆっくりと手を繋ぐ。
高橋部長の手の温もりを感じる。
さて、ここからどうするか。
「センタープラザ内を少しぶらつきましょうか?」
「うん、そうしようか」
自分の心の正体を解き明かそうと試みる。
そのためには、こうして過ごすのが一番容易いように思えた。
ただ、手を繋いで歩くだけの行為。
これを人はなんと呼ぶのだろう。
「何か欲しいものはありますか?」
何かを買いに来たわけではない。
それどころかウインドウショッピングに来たわけですらない。
ただカードゲーム大会に来て、盛大に負けて、後は帰るだけの予定だった。
だが、それだけでは惜しいと思えた。
何か欲しいものがあるなら、プレゼントしてあげてもいい。
それだけの感謝を彼女には抱いている。
「なんにも。プラザ内を練り歩こうか?」
「いいですね」
手を繋ぐ。
通りすがりの人から、注目されているのを感じる。
生暖かい視線の目であった。
やや好意的な感触も混じっている。
二人、付き合いたてのカップルが、デートをしているのだと。
そういった誤解を交えた視線だった。
ああ。
「……」
そうであればよいのにと。
自分で自分を納得してしまった。
僕は高橋部長に異性への好意を抱いている。
だからといって――それを打ち明けてどうするというのだろうか。
ふと、悩む。
僕は高橋部長とどうなりたいのだろうか。
恋愛関係になりたい?
その欲求はある。
だが、それは今すぐでなくてもよいように思えた。
僕にだって性欲はある。
だが、それ以上に僕は高橋部長が愛おしい存在であると感じるのだ。
小さな手。
おてて、とも呼べそうな、小さな掌を握りしめながらそう考える。
この手を誰にも穢されたくないし、自分でも穢したくないように思える。
そこまで考えて、同時に自分の考えを気持ち悪く思えた。
僕は部長のストーカーか何かか?
「どうしたの、梶原君。気分でも悪いの?」
部長の手を握る右手ではなく、左手で自分のこめかみを抑える。
頭痛がしそうだ。
「いえ、ちょっと自己嫌悪を。それより、高橋部長は本当に何も欲しくないんですか? そう高くないものでしたらプレゼントしますよ。母さんからも、ちょっと何か普段の御礼ぐらいしておきなさいと言われていますし」
母を理由にする。
少し情けないが、使える物なら何でも使おう。
口にしているのは本当のことなのだから。
僕は何か、形にして高橋部長に感謝を示したいのだ。
「なんにもいらない」
だが、キッパリと断られてしまった。
少し決まりが悪い。
自分の、少しでも高橋部長に気に入られたいという下心を読まれてしまったのかもしれないと思う。
それが言葉ではなく贈り物だというのだから、自分のセンスの無さに恥じる。
「ねえ、梶原君。なんにもいらないけど――」
「なんですか、部長。なんでも仰ってください」
ぎゅっと、掌が力強く握られた。
弱い握力だ。
やろうと思えば握りつぶしてしまえるほどの小さな掌が、僕の手の中にある。
手フェチだという高橋部長の性癖を、僕は少し理解しつつある。
「梶原君が嫌じゃないなら――こうして、たまに出歩かない?」
やや不安げな声。
ふと、高橋部長が最初に僕に話しかけてきたときのことを思いだした。
『カードゲームに興味がおありですか?』という言葉だ。
ああ、あの時の言葉の震えと一緒だ。
高橋部長は光のオタクだ。
何にだって物怖じしない。
だけれど、あの時の言葉は、勇気を振り絞って話しかけてくれたものだと思っている。
だからこそ、僕も素直に応じたのだ。
僕は今ハッキリと自覚した。
高橋部長の事が好きだ。
「――」
何と答えよう。
迷っている。
告白をしようかと迷っている。
だが、まだ早い。
まだ早いように思えた。
僕はまだ高橋部長と大した親交もしていないのだぞ。
そんな、節操なしに、年がら年中発情期である兎のようにして、告白だなんて。
まだ早いように思えた。
だから、答えはこうだ。
「望むところです。高橋部長と一緒なら、毎週だってかまいませんよ」
「よかった」
バラのつぼみが花開くようにして、笑う高橋部長を見た。
ゆっくり、じっくりとやっていこう。
そうして、いつか高橋部長に振り向いてもらおう。
そんな事を考えながら、僕は手を繋ぎ、小一時間ほどプラザ内を練り歩く。
密かに恋をした人とともに。
第一章 完
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