第二十話「月島さん」


「やっぱり彼女が気になる?」


 今は小休憩中である。

 いくら僕が体力的には問題ないと言えども、撮影のためずっと同じポーズを取り続けるのは精神面で気疲れした。

 クーラーバックの中身からスポーツドリンクの一本をひょいと投げ渡されたので、それに御礼を言って受け取る。

 ボトルキャップを軽く捻り、一口分だけ口に含んだ。


「彼女と言うと?」

「あそこの眼鏡で小柄の、可愛い胸デカおかっぱ頭ちゃん。高橋千尋ちゃんだっけ? 親しくないから、藤堂ちゃんからの評判以外は知らないんだけど」


 指がさされた方向を見る。

 そこには高橋部長が、ちょっと心配そうに僕を見ていた。


「さっきからチラチラと彼女の方を観てたでしょ。ポーズ取ってる最中に。カメコじゃなくて彼女に視線をやっちゃうのはあまりよくないよ」

「すいません」


 素直に謝罪する。

 撮影会はちゃんと真剣にやっていたつもりであるが、どうしても気になってしまうのだ。

 サークルの同人誌が完売した以上、皆が残る理由はないのだし、僕なんかに付き合わせてしまって申し訳ない。

 現代文化研究会の皆さんは遠くから僕の様子を見守ってくれているが。

 それだけだと、つまらなくはないのだろうかと。

 どうしても気になってしまうのだ。


「彼女さんとは恋人なんだよね。そんな雰囲気だったけれど」

「まさか、僕なんかじゃ釣り合いませんよ。ただの先輩後輩の関係です」

「そうかな、お似合いに思えるけれど。藤堂ちゃんからの評価も高くて、あそこまで光のオタクもなかなかいないって評判だし」


 そう月島さんが口にして、少しだけ笑う。

 正直言えば部長とお似合いかもと言われて悪い気はしない。


「君、なんだかんだ引っ込み思案なタイプでしょう。そんなに恵まれた体格をしているのに」

「わかりますか。どうにも根っからの性分で、昔から直りません」

「雰囲気や態度でわかるね。まあ、ちょっと照れくさそうに写真を撮られるところが逆に我々カメラ小町をそそらせるんだけど。羞恥心は大事なエッセンスだからね」


 月島さんが肩をすくめながら、言う。


「別にいいんだよ。恋人がいたって。今時のコスプレイヤーには恋人がいるなんて問題になりゃしないから」

「僕は別に本格的にコスプレイヤーをやるつもりまではないんですが……」


 僕なんかは愛する恋人なんかどうせ出来やしないと、下を向いて生きているタイプだしな。

 いや、学校ではモテないわけではない、告白だって何度もされているが。

 性欲を目的として、誰でもいいから付き合いたいだなんて下世話な事を考えることはなかった。


「本当にそう? 写真を撮られることが快感になってたりしない?」

「……実は少し、いえ、かなり」


 正直言えばかなり快感である。

 前世ではボディビルの世界があまり理解できなかったのだが、今の僕は何となく理解できてしまった。

 自分の鍛え上げた身体を見せつけて、素直に称賛の目で見られるのは凄く気持ちがいい。

 それがたとえ、女性からの性欲混じりでもだ。


「今後も撮影に応じてくれると、月島お姉さんは嬉しいなあ」

「えーと、相談してみます」

「親御さん? それとも彼女に?」


 月島さんが、愉快そうに高橋部長をぐいと指さした。

 両方に相談するつもりであるが。

 それにしても、彼女か。


「僕、本当に高橋部長とお似合いですかね?」

「え、いや。本当に心からそう思ってるけど。結構乗り気なの?」

「いや、僕は相応しいとは思ってないんですが、ワンチャンあるかなあぐらいには」


 僕なんかじゃダメだろう。

 あんな光り輝く陽のオタクである高橋部長に、僕なんかは似合わないだろう。

 そうは思うが、そうは思うがだ。


「ちょっと憧れてるんですよねえ」


 憧れちゃ駄目ってわけでもないだろう。

 僕はそう口にして、顔を少し赤らめた。

 月島さんはにやりと笑う。


「ほうほう。詳しく聞かせてもらいたいし、なんなら相談にだって乗るよ。月島お姉さん、恋人は今いないけれど、かつていなかったわけじゃないから」

「そうなんですか。てっきりカメラ一筋かと」

「ふふふ、良い写真を撮っていると、男性コスプレイヤーと縁ができることもあるのだよ。ほら、こうやって梶原君ともお話ができてるじゃん」


 月島さんが気を良くしたように、にこやかに笑う。

 確かにそれはそうだ。


「なんというか、男性からは束縛系の女がモテないってだけなんだよね。まあどこもかしこも、男をトロフィーダーリン扱いする世界だから。男性コスプレイヤーの多くは家の中で大人しくしてろなんていわれるのが嫌なんだよねえ。男性の自由を許容できる女は、意外とモテるのさ」

「女性はやっぱり、そういった人に男らしさを売り物にする商売は嫌がるものでしょうか?」


 まあ、僕だってこれが前世で。

 高橋部長がコスプレイヤーをやっていて、ちょっと露出度の高いコスプレをすると言ったら嫌というかもしれない。

 まさか前世に産まれ戻れるなんて、有り得ない仮定なので馬鹿馬鹿しい話だが。


「嫌がるね。普通は嫌がる。でも、それを許すのが女の甲斐性だと思うよ。私もそこのところを許容できるから恋人できたし。今は残念ながら、いないけど」


 僕はそこまで割り切れない。

 なんなら、高橋部長の露出度高いコスプレ姿が人に見られたら嫌だと思ってしまう、自分が少し恥ずかしいくらいだ。

 男らしくないなあ、僕。


「さて、そろそろ休憩終わりにしようか。もちろん疲れているならば、もう少し大丈夫だけど」

「いえ、やりましょう。カメラ小町さん達をあまり待たせるのも申し訳ありませんし」


 それに、長引けば高橋部長達も待たせることになるしな。

 それは良くない。

 できれば帰りは部活の皆で、お茶したいのだ。


「そう。ところで相談なんだけど。これはコスプレイヤーを続けるかどうかにも関わってくるんだけど」

「何でしょうか?」


 月島さんが、小首を傾げながらに尋ねて来る。 


「まあ普通の写真はSNSに載せるつもりなんだけど、写真集出してみる気ある?」

「写真集ですか?」

「そうそう。コスプレ写真集。もちろんお金は払うよ。利益を等分でどう?」


 売れるか?

 売れないと思うんだけどなあ。

 月島さんと同じく、小首を傾げて返す。


「僕なんかの写真集が売れますかね?」

「絶対売れるね。この月島お姉さんの写真技術が加われば、確実に売れるね。まあ今すぐ決めてくれとは言わないさ。宣伝も広告も頒布も全部こっちでやるからさあ。黒歴史なんかにはしたりしないので、是非やってみて欲しいな。決して後悔はさせないよ」


 そのように言われても、どうするかといえば、これもまた自分では判断できぬ。

 意志薄弱と言われそうで恥ずかしいが、やはりこれも相談案件だな。

 高橋部長と母さんに話すことにしよう。


「とりあえず、後日に話をさせていただくと言うことで……」

「うん、いいよ。直接連絡をくれてもいいし、断るってことで気まずかったら藤堂ちゃん経由で話してくれればいいから」


 月島さんが、スマホを取り出す。

 僕はそれに応じて連絡先を交換した。

 本当に、この世界の男にモテそうな人だな。

 高橋部長について真剣に相談してみるか?

 いや――自分の感情がまだ、よくわからない。

 これはただの、立派な先輩に対する憧れなのか。

 それとも恋愛感情なのか。

 その辺がわかってからでも遅くはないだろう。

 僕はそんなことを考えながら、月島さんに促されて撮影会を再開した。

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