第十九話「心配と独占欲」

「これは待ち受けにしよう」


 コスプレ姿の梶原君とのツーショット写真を、瀬川ちゃんにスマホで送信してもらう。

 それにしても梶原君は筋肉ムキムキだな。

 白いワイシャツがぱっつんぱっつんだな。

 写真の中で彼と手を握っている身長140cmのチビっ子の自分と比較して、改めてそう思う。


「まあ皆同じことしますよ」


 瀬川ちゃんがそう答えた。

 私も瀬川ちゃんに写真を送付しながら、4人してスマホの待ち受け画面を変更する。

 エマだけは梶原君にボディブローをされている異常性癖者の写真だったが。

 人の性癖を笑うのはオタクとして良くないと、それを見逃す情けが我々現代文化研究会のメンバーにはあった。 


「嫉妬で死ね、妹よ! 写真送付!」


 初音は梶原君にしがみついているツーショット写真を、妹さんに送っていた。

 私も妹さんとは面識があるが、相変わらず仲が良いことだ。

 とにかくも、皆良い写真が撮れた。

 パソコンの中にも保管して壁紙にして、バックアップもとる永久保存版である。


「さて、どうしようか。初音、撮影会ってどれくらいやるの?」


 周囲を見回して、皆に尋ねる。

 まあ、カメラ小町達の嫉妬の対象にはなりたくない。

 こうして遠くで優しく見守るだけで、まあ退屈はしないのだが。


「まあ2、3時間はかかるよ。ちょっと気になる同人誌探しに離れていても大丈夫だし、他のコスプレイヤーさんの写真を撮りに行っても良いけど。どうする?」

「初音がそういうからには、月島さんがそれだけ信用できるから任せてよいってことだろうけれど……」


 一応、午前中のあいさつ回りで欲しい同人誌は確保している。

 買ったと言うより、自サークルの新刊との交換で手に入れたものだが。

 それらはすでに宅配便で部室に発送するように手続きを終えていた。

 午後にも新規サークル開拓のため、ぶらつくのもよいが。


「まあ、私は残るよ。部長だし、梶原君が心配だし」


 部長として当然である。

 それに、こうして梶原君の撮影会を眺めているだけで私は幸せになれるのだ。


「私も梶原君を遠くで視姦する仕事があるから……。他の男性コスプレイヤーも梶原君よりエロくないだろうし……」


 初音はオープンスケベである。

 性欲に忠実であった。

 人として駄目である。


「わ、私も梶原君に殴られる妄想でいっぱいなので。下腹部が熱くなっています」


 エマはなんかもう手遅れなんじゃないかと思う。

 強い性欲とえげつない被虐心に溢れていた。

 人として駄目である。


「……私も藤堂とエマが何するか不安でわからないので残ります。もう辛抱たまらんばい! とか叫んで撮影会に突撃されでもしたら困りますし」


 瀬川ちゃんは義務感の人間である。

 風紀委員じみた、最後のストッパーとしての機能を求められていた。

 現代文化研究会の最後の良心である。


「それにしても、梶原君楽しそうだね。チヤホヤされるの好きって言ってたけど」


 昼食の時にした会話を思い出す。

 自分の容姿を褒められて、チヤホヤされるのは嬉しいと。

 梶原君は素直だった。

 まあ苦労して作り上げた身体を、ナイスバルクだ! と褒められるのがたまらなく嬉しいのだろう。

 これは推測だが彼の場合、どちらかといえばボディビルダーさんとしての感覚が強いのではないだろうか。

 私たち女性は性的な意味で「たまらない」と、どうしても見てしまうが。


「陽キャの持ち上げやチヤホヤは交際目当てだから重くてイヤとも言ってたけどね。無自覚に周りを牽制してるよね」


 初音が口にする。

 確かに。

 梶原君に彼女がいる気配はないし、恋愛には興味がないのだろうか。

 私は首を傾げる。

 視線の先では、梶原君がポーズを取って体の線を浮かせていた。

 やはり筋肉で服がぱっつんぱつんである。

 エロい。


「実際どうよ、千尋。梶原君のことはどう思っているのさ」

「恋バナ?」

「恋バナ。私、千尋とむっちゃ恋バナしたい」


 うりうり、と初音が私の脇腹をげんこつで突いてきた。

 彼女の提案に、素直に応じてやる。  


「いやあ、そりゃ好きだよ。好きでないわけがない。あんなんオタクなら誰だって好きになるよ」


 私は梶原君のことが好きだった。

 それは心の底から好きだった。

 恋はいつでもハリケーン。

 この気持ちは嘘ではないと思うのだが。


「それは純粋に、梶原君の性格が好き? それとも肉体が好き?」

「……多分、両方」


 純粋な人格への好感と性欲が綯い交ぜになっていると思うのだ。

 コスプレブースに視線をやる。

 カメラ小町どもが列を作っており、梶原君がポーズをとって、その写真を撮っている。

 月島さんが「いいよいいよ! 決まってるね!! イチローくん、もっと胸元はだけて! ワイシャツのボタン幾つか外して! 他の男性コスプレイヤーだって、皆脱いでるよ!!」と声を張り上げていた。

 エロ撮影会かなにかかよ、ぶん殴るぞと思ってしまうが。

 確かに良かった。

 どこかセクシャルなのだ。

 袖をまくり上げ、セクシーな筋肉を見せびらかしている梶原君は我々女性の性欲を掻き立てる体つきをしていた。

 正直興奮する。

 アレだ、梶原君のお母様は常に堂々としてればどんな写真を撮られても良いとお考えと聞き及んでいるが、やりすぎではなかろうか。

 保護者というわけではないが、部長としての監督責任というものが問われても仕方ない。

 もし怒られるなら、部長としてお母様に謝りに行くつもりであった。


「まさか、月島とかいうあのカメラ小町め。今回の写真を写真集として即売会で頒布するつもりでは? 絶対買います」


 瀬川ちゃんが心配そうに声を上げた。

 最後に本音が混ざっているが。

 しかし、それは拙いな。

 拙いが、梶原君が了承するかどうかだな。

 もし了承すれば、私はそれを買うだろう。

 だが、他の人には買って欲しくなかった。

 許せて身内、現代文化研究会のメンバーまでであった。


「……独占欲、か」


 ポツリと呟く。

 あれだ、純粋な心配が先立ってはいる。

 この世界で男性が目立つと言うことは、変な女が寄ってくるという心配がまずある。

 まあ梶原君が拉致される可能性は万に一つも有り得ないだろうが、それこそストーキングをされたり、暴力事件に巻き込まれたりなんてことは珍しくない。

 だが、それ以上に。


「な、なんだか梶原君が遠くに行っちゃったみたいな感じがあります」


 ちょうどエマがどもりどもりに呟いた。

 その感情は隠しきれなかった。

 アレだ、梶原君は現代文化研究会の仲間だと考えていたのだ。

 我々ナードの仲間。

 だが、こうして傍から見ると、この高橋千尋なんて存在とは釣り合わないことがまざまざと見せつけられるようであった。

 カメラ小町に混ざって、我々の新刊を買ってくれた一般参加勢が訪れている。

 ちょうど途中休憩を挟んだ際に、月島さんが気を利かして彼女たちと写真を撮る時間を作っていた。

 細かい気配りができるな、あの人。

 しかし、こうしてみればよく分かる。

 私たちはあの新刊で、今取られている写真の本体はコスプレしている梶原君だ。

 添え物にすぎない。

 私たちなど、太陽のように輝く梶原君の存在と比べたら何かの添え物にすぎないのだ。

 そう感じさせられる。

 あれだ、まさに梶原君はオタサーの王子だ。

 現代文化研究会に舞い降りた、光り輝く星であった。


「うーん。このまま人気コスプレイヤーになっちゃうのかね? グラビア芸能人コースも有り得る」


 初音が顎に手をやりながら、のほほんと危険性を示した。

 そうだ、有り得る。

 元々、梶原君の容姿は優れているのだし、本人が望めばそれも可能だろう。

 そうなったら、私たちなどお役御免であった。

 忙しくて、現代文化研究会も辞めてしまうかもしれない。


「……」


 私は沈黙する。

 正直、今すぐにでもコスプレ撮影会なんてやめて、私たちのところに戻ってきてほしかった。

 だが、その思いは身勝手だ。

 それも判っている。

 梶原君が本心で望んだならば、それを止める術など私にはない。

 こんな眼鏡チビ胸デカおかっぱ頭に、そんな魅力なんてありはしないのだ。


「……千尋、梶原君に目立って欲しくないならそう言うべきだよ」

「何を言ってるの、初音」


 そんなこと言えるわけないだろうが。

 私にそんな権利など欠片もない。

 あるはずがない。

 私は梶原君の意志を大事にしたい。


「多分、梶原君は千尋の言うことなら大体の事は聞いてくれるよ。今すぐにでもコスプレ撮影会を止めろなんてのはまあ無しにしても、今回限りにしようと言えば言うことは聞いてくれる」

「そんなわけないでしょう」


 そんなわけがない。

 見ろ、今の梶原君の笑顔を。

 あんなにも輝いている。

 ちょっとチヤホヤされて恥ずかしいけれど、正直嬉しいとはにかんだ表情を見ろ。

 俗っぽいと思われるかもしれないが、それ以上に純粋なのだ、彼は。


「初音はどうしてそう思うの? 私の言うことを聞いてくれるだなんてあるはずないじゃない」

「え、だってさあ。梶原君、多分千尋のこと普通に好きだよ」


 とんでもないことを初音が口にした。

 何を言ってんだ、この貧乳長身黒髪ぱっつん姫カットは。


「梶原君は私に恋愛感情なんて抱いていないよ。まだ出会って日も浅いんだし」

「そりゃ恋愛感情はまだ抱いていないだろうさ。でも、部長の言うことならそうしましょうか? ぐらいの事を彼なら言うぐらいの好感度は稼いでいると、傍から様子をみると思うんだけどね。それに、私たちからみて千尋は十二分に魅力的な存在だよ」


 そんなの初音の勘違いだ。

 私はそんなにも彼に優しくした覚えはない。

 それに。


「……私は、もし梶原君が本気でコスプレイヤーやるっていうなら邪魔したくないよ」

「まあ、千尋はそういう性格をしてるからね。わかってるよ。人が一生懸命本気でやるっていうなら、それを邪魔するどころか応援したいって性癖の人間だからね」


 初音が、勝手に納得したように口にする。

 うんうんと頷いて、梶原君と私を交互に見た。


「でもね、たまには千尋もワガママになっていいと思うんだよ。恋愛ってそういうものだと思うよ?」


 初音は優しい。

 だけれど、私はその優しさに応えられない。

 彼女が呟いた通り、どこか私は寂し気に、梶原君の笑顔を遠くから眺めていた。

 同時に。

 本当に恥ずかしい話だが、梶原君ほんとエロい身体してるよなあという淑女としての心が動いてしまい、顔を少しだけ背けた。

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