第十八話「カメラ小町」
「こんにちは、月島さん!」
「ごめん、藤堂ちゃん。買った同人誌を家に送る、宅配手続きの列が混雑していて遅れちゃった」
カメコ。
前世ではカメラ小僧の略称だったが、今世ではカメラ小町の略称と聞く。
そのカメラ小町の中でも有名な方が、この月島さんらしい。
やや痩身の背の高い女性が、汗を掻きながらこちらに駆けてきた。
先に藤堂さんから説明を受けていたが、彼女がエロ目的で男性コスプレイヤーのカメラ小町をやっていた時に知り合った人である。
「初めまして、梶原一郎と申します」
「うんうん、月島です。話は藤堂ちゃんから聞いてるよ! というか、SNSで君らのサークルチェックした時から気になってたんだけどね、まさか話題の男性売り子がコスプレしてくるとは!」
いいね!
そう言いながら、ビシリとサムズアップをしてくる。
月島さんは大分勢いの良い方だ。
僕らがいるコスプレブースでガチャガチャとカメラの設営を始めている。
「梶原君好みのタイプだし、今日は月島お姉さん張り切っちゃうよ! 撮影よろしくね!!」
お手伝いしたいところだが、明らかに高価なカメラだしなあ。
一応申し出だけしようか。
「なにかお手伝いできますか?」
「ええ! いえ、大丈夫です。お気遣いだけ頂きます」
「梶原君、邪魔しちゃだめだよ。気遣いは判るけどね」
月島さんから断られ、藤堂さんが僕を止めに入ってくる。
「やはり邪魔ですか?」
「カメラ小町にはカメラ小町のやり方があるからね。その大切な趣味の領分を邪魔しちゃだめだよ!! コスプレイヤーの仕事の領分は上手く撮られることだけにあるからね。それに、そのカメラ30万はするよ。君が下手に触って壊したら弁償できないよ」
理論立てて仰る。
まあ、そうなんだろうけれど。
「それとも、壊したら体で払う? 性的な意味で。それなら私がなんとか腎臓売って月島さんに弁償代を建て替えて、私が体で払ってもらうけれど」
「藤堂さんの腎臓を売り払うのは嫌なので、止めときましょう」
藤堂さんのブラックジョークに答えながら、肩をすくめる。
では、大人しくカメラ設営を待つか。
「梶原君、ちょっとこっちを向いてね」
「はい」
高橋部長の声がかかり、僕は超笑顔で彼女をみる。
パシャリ、とスマホで写真を撮られた。
いい感じに撮れたであろうか。
「瀬川ちゃん、悪いけど今のうちに私と一緒に梶原君と写真を撮ってもらってもよい?」
「いいですよ。サークル内で順番に撮りましょうか」
いつの間にか、高橋部長が僕に近づいて、ぴと、と横に立っている。
何か僕もポーズとか取った方がよいだろうか。
とにかく筋肉を見せつけようと思いつつ、それでいてワイシャツを破らないように、控えめなサイドチェストのポーズをとる。
とりあえず皆と順番に写真を撮っていこう。
「あの、私は腹部にパンチする形で写真を撮ってください」
「なんでそんな犯行現場みたいな写真を?」
エマさんの要望に疑問符を浮かべたが、そういえばこの人そんな同人誌ばっか描いてたな。
男の黒スーツマフィアに拉致されて監禁されるとか、黒スーツのサラリーマンに一方的に暴行されるとか。
そういうのが好きなんだろうか?
あくまで二次元の世界であって、さすがに三次元の性癖ではないだろう。
そう思いたいが。
あれだ、前世でも女性に無理やりされるのが好きとかそういうM男のジャンルあったしな。
そして、僕もそういうジャンルへの理解は普通にあった。
人の性癖を軽蔑するのは良くないので、素直に腹部を軽く触る。
エマさんは顔を真っ赤に染めて、何やら興奮していた。
僕は別にいいんだけど、真剣に大丈夫だろうか、この人。
エマさんが変な男にひっかからないか、とても心配である。
「コスプレブースの撮影会って何時から始まるんです?」
とりあえず話をそらして誤魔化した。
僕に女心はよくわからないのだ。
エマさんの性癖にも、あまり応えられる自信はないのだ。
月島さんも空気を読んで、意図的に話を逸らしてくれた。
「正確には午後一時からだから、もう少しあるよ。ああ、写真を撮るなら、その前に一緒にサークル内で写真を撮っておきなよ。身内で写真を撮ってるぐらいなら開始前でも怒られないし。だいいち始まったら、そんなことしてる暇なんかないから」
「ないんですか」
「ないよ。君、男性コスプレイヤーの人気を舐めちゃいけないねえ。まして未成年でしょう。エロに飢えたカメラ小町どもがうようよ寄ってくるよ。それに――」
月島さんが、真顔で呟いた。
「なんつーか、君、エロい。未成年だからか、余計エロい。何、その筋肉でムチムチしてる体つき。どうしたらそうなるの?」
そうだろうか。
この世界での男性の価値はよくわかるが、自分の価値はよくわからない。
筋肉モリモリマッチョマンの需要という物がどれくらいか、ちょっと容易に判断がとれない。
「梶原君、手を繋いでもいーい? まったく男っ気がないってバカにしてくる妹に見せびらかすんだ。こんな良い男が同じ同好会にいるんだって自慢してやる」
藤堂さんが声をかけてきた。
全然かまわない。
「もちろんいいですよ」
二人して手を握り、瀬川さんがスマホでパシャリと写真を撮る。
その後、瀬川さんとも交代で写真を撮り、とりあえずサークル内では写真を撮り終えた。
腕組みしながらその様子を眺めていた月島さんが、よし、と声を上げて、周囲を見回して言い放った。
「多分嫉妬の目で見られるから、同じサークルの皆はちょっと離れていた方がいいよ。これから私が取り仕切るから、安心してね」
「梶原君をよろしくお願いします」
高橋部長が月島さんに丁寧に頭を下げた。
部活の皆が離れてすぐにカメコ――カメラ小町さん達が集まってきた。
どれもこれも高そうなカメラを手にして――おおよそ30名ほどが僕を取り囲んでいる。
四方八方に取り囲まれている状態である。
え、こんなに集まるものなの?
「多くないですか!」
「いや、未成年の男性コスプレイヤーがいたら、これくらいすぐ集まるよ……」
シレっとした顔で、月島さんが口にした。
そうなの?
そういうものなのか?
僕はちょっと現実を甘く見ていたかもしれない。
「コスプレブース撮影会を開始しまーす」
コスプレをした女性ボランティアの人が、時間開始の呼び掛けをしている。
さっそく月島さんが音頭を取って、周りに呼び掛けを始めた。
「はい、コスプレ撮影会を開始します。今回はコスプレイヤーさんである梶原君の許可を得て、私が取り仕切らせて頂きます。私は梶原君の許可を特別に得ているのでずっと撮影を続けますが、他の方は並び撮影でお願いします!! 撮影時間は各自五分だけ、枚数は10枚までです!! SNSへの写真投稿は原則禁止です!! 後でSNSにて私宛にダイレクトメッセージで投稿写真の許可を得てから掲載してください!!」
一斉に月島さんの横に、カメコの行列が出来た。
誰もルールに不満はないらしい。
おそらくこれは月島さんの仕事の領分だと思うので、僕は何も言わない。
唯一、SNSへの写真投稿が許可によってはされるというのが気になるが――まあ母さんも何も言わないだろう。
母が怒る唯一の事例は、僕が堂々としていない時だけだ。
「撮影よろしくお願いします!」
一番前のカメコの人が、丁寧に頭を下げる。
「原作で好きなシーンがあれば言ってね。そのポーズをとってもらうから」
「はい!」
月島さんは優しくカメコの人に声をかけている。
凄い取り仕切ってくれているな、月島さん。
藤堂さんの紹介だけある。
問題は――
「すいません、月島さん。僕、原作は大好きですが、あのシーンを、と言われてすかさずポーズをとれるまで読み込んでないんですけど……」
「判っています。安心してください」
とんとん、と月島さんが自分のこめかみを人差し指で叩いた。
「君が演じる原作キャラのポーズは、全てこの脳みそに詰まっている。梶原君は何の心配もなく私の指示に従ってくれればよいので!」
「……」
スゴイな、月島さん。
流石に藤堂さんの紹介だけある。
僕は感心して、ぐうの音も出なかった。
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