第十二話「新人歓迎会」


 ぱんぱん、と手を叩く。

 『現代文化研究会』の部室には梶原君を除いた、私含む部員4名が集まっていた。


「というわけで。梶原君のお母様にもめでたく入部を認められましたので、正式に新人歓迎会を行いたいと思います。今日はその準備をどうしようかって話のために集まってもらったわけだけど」


 梶原君のお母様の言うことはもっともであった。

 笑顔で梶原君がピースして、新刊の見本誌を持っている写真を撮り直し、本部活の広告担当である藤堂がSNSに写真を載せた。

 広告の効果は上々だ。 

 この高橋千尋のスマホにも、知り合いのサークル連中から「良い男の子が入ったんだって? どうしたらそうなるの? 前世で何か良いことしたの? それとも悪魔に魂でも売った? それとも金か? なんぼ払った? なんぼや!?」との電話が入ってきている。

 彼女たちは錯乱していた。

 もちろん懇切丁寧に説明して、彼が生粋のオタクであり同人即売会で出会っても優しくして欲しい旨は伝えている。

 皆いい人ばかりなので、変なことにはならないと思う。

 それはさておき。


「まあ梶原君はゲストなので、今日は遠慮してねということで。部には来ておりません」


 部室を見渡して、さて、正式な部活ではない同好会にすぎぬものの。

 昨今の少子化の影響を受けて空き教室となっているがゆえに与えてもらった、この部室をどうすべきか。


「飾り付けとかする?」

「いや、そこまで華美なのは遠慮したいと、すでに梶原君に言われてるので。自分以外にも部員が入るなら別ですがって」


 梶原君は本当にいい子だ。

 他の部員がいるならばそれもよいが、自分一人ならばと遠慮している。

 ちょっと無理をしてもよかったんだけどな。


「あれだよ、前回の即売会の儲けからちょいと出して、お菓子やジュースで腹を満たしちゃおうと思う」

「ケータリングの寿司とかとらない?」

「人の話を聞いてた?」


 あんまり、お金がかかるものは梶原君が気にするから駄目って言っているんだよ。

 何故かスシ好きの金髪青い目たるエマの発言を潰す。

 彼女はイクラの軍艦巻きが好きで好きで仕方ないのだ。

 イクラは罪の味がするらしい。

 それにしてもだ。


「部員、梶原君以外に一人も入りませんでしたね」


 エマが心配そうに口にした。

 梶原君以外の部員が入らなかった。

 それを心配しているのだ。


「入部チラシを配ったんだけどね? 今年は梶原君以外にオタクがいなかったみたいでね?」


 一人くらいはいると思ったのだが。

 あれだ。

 中学生時代の休憩時間は、机に突っ伏して寝たフリしているオタクが一人くらいはいると思ったのだが。

 おっかなびっくり、私が入部歓迎チラシを昨年のように各教室に配っている間に話しかけてくる生徒がいると思ったのだが。

 今年はいなかった。

 入部希望者は梶原君だけであったのだ。


「良いことなのかな、それとも悪いことなのかな」


 首をひねる。

 まあ、私たちみたいな世間様から迫害されるナードが新入生にいないことは良いことなのだろう。

 同時に、部の存続ということを考えると良くないことだが。

 部を始めて一年なのだし、これから先に潰れても悲しいということもないので、存続については悩まなくても良いか。


「そんなんどうでもよいよ。部の活動には一切支障がないんだし。これから入部しようとする女郎には気を付けろよ。絶対オタクでもなんでもないのに入部ゴリ押ししてくる奴がいるぞ」


 エマとは違う心配。

 それを藤堂が口にした。

 彼女はリアリストであり、まあ彼女が言いたいことも理解できている。


「梶原君目当ての入部希望者が来る?」

「絶対に来る。気を付けろ」


 藤堂は断言した。

 彼女は尻フェチのリアリストである。


「ただでさえ、梶原君なんかクラスメイトが粉をかけてるだろ。彼のクラスは男子一人の黒一点なんだから。ほら、スポーツに自信のある女子とかがさ。自分ならイケると思ってさ」

「それ自体は悪いことじゃないと思うけど。別に梶原君が恋愛したって文句言える立場に私たちはないし」

「梶原君がクラスでやる分には文句が言えないけど。ウチの部活でやられたくないね」


 あれだ、自分ならイケる、と思った陽キャのイケギャルどもがアリのように集ってくるに違いないのだと。

 藤堂はそう懸念しているのだ。


「そういう子は、部活外で彼に声をかけない? わざわざナードな部活に入ってこないよ」

「梶原君がそういった女を相手にすると思う? そして、まあスポーツに真剣に取り組んでる連中は別として、それ以外の中途半端な連中が部活に入ってこようとしないと思う?」


 思わない。

 藤堂の言葉をそのまま受け止めて、まあそうだろうとは思う。

 彼は基本的に、外見こそガチムチの筋肉モリモリマッチョマンであるが、精神性といえばカードゲームが大好きで、同人活動にも興味があるナードにすぎない。

 何を話しかけられても、あ、うん、そうですか、はいそうですね、うん、以外にクラスでは返事をしないだろう。

 それはいいのだが。

 邪な考えの連中が部活に入ってこようとするかもしれない。

 それは困る。


「じゃあ結局、部活申請はパスだね。入部申請を部長判断で断れなくなってしまう。ウチは趣味の愛好家が集まる同好会にすぎないんですって言い訳ができなくなるから」


 正式な部となってしまっては、そういった連中の入部申請は断りにくくなるだろう。

 そう判断する。


「このまま、同好会でいこうか」


 藤堂の言いたいことはよくわかった。

 言い分を受け入れて、賛同する。

 まあ、それで解決だ。

 同好会ならば入部しようと思っても、それは私の判断で断れる。

 そう口にする。


「大丈夫? ちゃんと断れる?」

「私を甘く見すぎだよ。断れるよ」


 この私、高橋千尋はそういうところのクソ度胸だけはあるのだ。

 イケギャルに囲まれたってビビらないぞ。


「まあ、嫌がらせをされるとか、面倒くさいことになったら初音を呼ぶよ?」

「まかせときなさい、千尋」


 そういうことになった。

 それはそれでよい。

 大事なのは新人歓迎会だが。


「華美なことはしなくてもいいけど、掃除ぐらいはしておこうね」

「はーい」


 用意しておいた掃除道具を取り出し、机を拭いたり、床を掃いたりする。

 掃除しながらも話を続ける。


「梶原君、何かお菓子が食べられないとかアレルギーあったっけ?」

「知らないけど……ちょっと待って、スマホで聞いてみる」


 スマホのコミュニケーションアプリを起動する。

 連絡先は聞いているのだ。

 ああ、そうだ、聞くのを忘れていた。


「『現代文化研究会』のグループチャットに招待をすべき? しないべき?」

「……それは」


 実際、悩んでいた。

 別に梶原君を一人疎外するためにグループチャットに招待しないわけではない。

 ただ、聞かれたくないこともあるというか。

 あれだ、私たち、アプリにエロ画像を平気で貼り付け、女だけで通じる会話をしているぞ。

 過去の履歴を見られたくない。


「新規にグループチャットを立ち上げて、招待するってのは?」


 瀬川ちゃんがさっさと結論を出した。


「それだ。じゃあ新しいルームを立てとくね。皆、変な事書かないでね」

「言われなくても」


 ガヤガヤとかしましく会話をしながら、それぞれ掃除を続ける。

 あれだ、何か楽しいな。

 別に今までの部活動の内容が楽しくなかったってわけじゃあない。

 あれはあれで、鉛色の鈍色を放った青春(アオハル)であった。

 だが、なんとなく、男の子に絡んだ行動をしていると思うと、本当に青い春。

 男女の恋愛に絡んだ青春を送っていると錯覚してしまう。

 まあ、梶原君が私たちに振り向いてくれるなんて可能性は低いのだが。

 彼はそんなことを私たちに求めているわけではないから。

 それでもだ。


「喜んでくれるといいね、梶原君」


 瀬川ちゃんが私の思いを口にした。

 彼が喜んでくれますように!

 私たちは、そんな純粋な気持ちで歓迎会の準備を粛々と進めた。



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