第十三話「歓迎するということ」


 新人歓迎会当日である。

 部屋にはささやかばかりのお菓子やジュース、高橋部長が作ってきた唐揚げが置かれている。

 豪勢にするとかえって僕が遠慮するであろうと言う気配りが為されている。

 僕は嬉しかった。


「このように素敵な歓迎会を催していただいて、有難うございます、先輩方」

「喜んでくれたなら嬉しいな」


 高橋部長が、本当にニコニコとした目を眼鏡越しに覗かせる。

 なんて良い人なんだろうか。


「まあ、売り子やってもらう労働への先渡しって感じだね」

「同人即売会も楽しみですよねえ。僕行ったことないから」

「楽しいよ。販売終わったら、皆で一緒に色々と見て回ろうね」

 

 だいたい、半日ぐらいでいつもは売り切れるからさ。

 そう高橋部長は言い切った。

 半日で300冊売り切れるの? 凄いな、と感心する。

 大手とまでは呼べないが、『現代文化研究会』はかなり人気のあるサークルらしい。

 和気あいあいと、五人でお菓子をつまみながら盛り上がる。

 これを機会に先輩方の事が知れれば良いな、さて、何を話すかと思っていると。


「そういえば、ロクに自己紹介もしてないね?」


 高橋部長が、小首を傾げて先に言い出した。

 そういえばそうだった。

 僕は自分を紹介しようとして――


「ああ、梶原君についてはどういった子か念入りに皆には話しておいたから大丈夫だよ。皆興味津々で聞いてくれたからね、私が知る範囲のことは知っている。ただ、梶原君は私たちの事よく知らないでしょう?」

「それはそうですね」

「だから自分で紹介させるね。私のことは知ってるから良いとして、はい、右から順に」


 びしっと高橋部長が指を指す。

 僕には及ばないが女性にしては長身で、黒髪長髪でパッツン姫カットをしている。


「藤堂初音です。尻フェチ担当です」


 びしぃっ、と自分の胸元を親指で指しながらに口にした。

 同人誌読んだから知ってるけど、自分で言うんだ、それ。

 そういった視線を不躾に投げかけてしまうが。


「すでに同人誌を読まれてるからね! 千尋みたいに指摘されるぐらいならば自分で告白するね! 千尋みたく、指摘ついでに尻を揉ませてくれるなんてありえないだろうしね!!」


 視線を読まれて、先回りして言い返された。

 元気の良い方だ。

 僕は嫌いじゃあない。

 尻は揉ませないが。


「中学時代から高橋のツレだよ。よろしくね!」

「中学時代の高橋部長の話を伺っても?」

「もちろんいいよ、今度話すね!」


 手が差し出される。

 僕はやわらかく握手をして、それに答えた。


「はい次! 瀬川ちゃん!!」


 ぱんぱん、と高橋部長が手を叩いて次を促す。


「……瀬川涼音です。鎖骨フェチ担当です」


 性癖の紹介か何かだろうか、この新人歓迎会。

 4人の中で一番胸が大きくて、黒髪三つ編み姿がいかにも清楚なオタクであることを表現している。


「『現代文化研究会』の広告宣伝担当をしていることはご存じだと思います。よろしく」

「よろしく」


 同じく握手をして、瀬川さんの手を握る。

 なんというか、どこかこそばゆいな、この自己紹介。

 なんとなくな照れくささをお互いに感じるのだ。


「はい、次、エマ!」

「は、はい……せ、制服フェチ担当のた、高倉エマです。よろしく」


 金髪ブロンドの、今時珍しくないハーフのエマさん。

 知っている。

 過去の同人誌では色々な制服を着た職業の男たちが登場していた。

 エマちゃんはどもりどもり喋るから丁寧によろしくね、と高橋部長から言われている。

 僕はできるだけ恐怖感を与えないよう、体を縮こまらせて話しかけた。


「警官がお好きなんですか?」

「は、はい。何か悪いことをしているところを、男性警官に力任せにとっちめられたいというか……マフィアの黒スーツ男性とかも好きです。殴られたりしたいです」


 それも同人誌で知っている。

 業が深いな、エマさん。

 深すぎるにもほどがある。

 まああくまで空想上の話なんだろうが。

 同じくゆっくりと握手をして、これで自己紹介を終える。


「それじゃあ、皆で話でもしながらゆっくりと食べて……」


 高橋部長がそう締めて、さてゆっくりと唐揚げでも食べようかと。

 そんなことを考えていた最中に――あれ、そういえばと思い悩む。

 疑問は声に出た。


「あくまで再確認なんですが、結局、僕以外に新人はいないんですね? そういえば、高橋部長が朝校門で新入生にチラシを配っているのは見たんですが。新入生への部活動紹介の際にはいなかったですよね」

「ああ、梶原君にまでチラシ届いたんだ。アレ。学校がやる部活動への紹介は同好会は参加できないんで、その代わりさ。一応、全ての新入生に行き届くまでは配ったんだけどねえ。なしのつぶてだったよ」


 高橋部長が頬を指で掻きながら呟く。

 誰もがチラシを配ってる彼女を怪訝に見るだけで、話しかけてくる人はいなかったらしい。


「だーれも入ってこなかったねえ。今年は梶原君一人だけだよ。多分、今後は募集しないと思う」

「……あの、勘違いでなければですが、それは僕のためでしょうか?」


 なんかとてつもない勘違い野郎のセリフみたいで言うのは嫌だったが、気になる。

 高橋部長や部の迷惑になるのは避けたいのだ。


「ん、気にすると思うから正直に言うけど、そうだよ。だって、自分目当てに部に入ってくる女の子と仲良くなんかできないでしょう。梶原君」

「それはそうですが」

「だけどさ、それは私たちも同じなんだよ。部のオタク活動に興味ない女郎なんかに入ってもらっても困るしねえ。所詮、ウチはナードの同好会だよ。なにか健全な目的がある部活動じゃないしねえ。のんびりやりたいんだよ」


 では、僕は本当にお邪魔ではないのだろうか?

 高橋部長の迷惑にはなりたくないのだ。

 そう考えるが。


「邪魔じゃないよ」


 心を読まれたように断言される。


「本当に誤解しないで欲しいんだけどね、梶原君が私たちと仲良くしたいと思ってくれているなら、私たちだって梶原君と仲良くしたいと思っているんだよ。部を大きくしたいとかさ、部員を沢山増やしたいとかさ、この高橋千尋にはそんな欲望なんて欠片もないのさ。どうだい、暗いだろう」


 ふっふっふっ、と笑い声でもあげそうに高橋部長が陽気に笑う。


「アレだね。なんというか――自分はオタクだからさ、自分と同じ卑屈で暗いところにジメジメと生息しているしかないナマモノだから、同好の士と仲良くやっていきたいって思いだけで『現代文化研究会』を作ったんだ。だから、とりあえずチラシ配って探してみて、それで見つからなかったんだから、捜索打ち切りだよ」


 今年は1人しか見つからない不作だったねえ。

 マツタケよりオタクが貴重だったよ。

 でも梶原君が見つかったからいいや、と力強く断言する。


「来年は?」

「来年の事は来年考えよう! なあに、梶原君が嫌なら新規募集しなくたっていいさ。私が作ったから歴史なんてないんだし、存続なんて必死に考えなくていいから。駄目そうなら同好会なんて潰しちゃおう!!」


 高橋部長が明るく叫ぶ。

 なんて前向きな人なんだろうか。


「だから、本気で気にしなくていいんだよ。これから五人で同好会活動、仲良くやっていこうね! 梶原君もさ、高校生活始めたばかりで色々悩んだり、困ったりすることはあると思うけれど。私は男の子の事なんて何もわかんないんだけどさ、心配事があるなら、どんと頼ってくれて構わないよ! 一人じゃどうにもできないことだって、力を合わせればなんとかなるさ!!」


 そうやって自身のトランジスタグラマーな胸を叩く高橋部長を見て、僕の心はときめいた。

 前世30年を考慮しても、こんなリーダーシップを持つ人間に出会えたことはなかった。


「よろしくおねがいします」


 僕は深々とお辞儀をして、高橋部長に感謝の意を述べる。

 うん、やっていける。

 僕は高橋部長と一緒なら、楽しく部活動をやっていけるぞ。

 きっと、他の部員の先輩たちも同じ思いでこの同好会活動を過ごしてきたんだろうな。

 そう確信して、満面の笑みを浮かべた。

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