第十四話「即売会」


 とある地方の国際展示場で、毎月小さな即売会が行われている。

 「現代文化研究会」はそこへ毎月出向き、本を頒布しているというわけだ。

 当然、今回の僕は売り子である。

 あんまり気負わないでね、と高橋部長には言われているが無理だ。

 あんな素晴らしい人に期待されたら、誰もが応えずにはいられまい。

 だから、だからだ。

 僕はある決断をした。


「梶原君?」

「えっと……似合っているでしょうか。それだけがどうも心配でして」


 期待に応えねばならないではないか。

 僕は嬉しかった。

 素晴らしい先輩である高橋部長に誘われて、同好会に入って歓待を受けた。

 御恩と奉公ではないが、何か受け取ったならばそれ以上の物を返したいのだ。


「に、似合っているけど、どうして?」


 エマさんが、少しどもりながら不思議そうに尋ねて来る。

 僕はコスプレをしていた。

 あれだ、この貞操逆転世界にも、一応僕のような筋肉モリモリマッチョマンの需要という物が存在する。

 それは週刊少年漫画誌(数少ない少年向けの娯楽雑誌と銘打っているが、実際は女性ばかりが読んでいる)でも同じで、最近一番人気がある漫画のショタっ気全開主人公の相方にも、筋骨隆々のバディが存在した。

 つまるところ、僕はそのコスプレをしている。

 紳士然とした白のワイシャツとネクタイにサスペンダー。

 サイズがちょっと小さい。

 そのせいか筋肉でワイシャツははち切れんばかりになっているが、筋骨隆々としたキャラなので、むしろこの方がより「らしい」だろう。


「駅前のセンタープラザにあるコスプレ専門店で買ってきました。時間がないので受注品とはいかず、既成品しかありませんでしたが……」


 即売会の数日前に考えたのだ。

 当日は売り子を任されることになっている。

 僕が今貢献できるのは売り子だけだから、張り切らなければならないが。

 だが、1年間のサークル経験蓄積がある高橋部長達に「こうすれば改善の余地があるのではないか?」なんて意見の具申は愚かでしかないし。

 今から慌てて出来ることなんて少ないし、僕は僕の出来る範囲で貢献するしかない。

 具体的にはだ。

 同人サークルの売り子としての魅力をアップさせる必要があるのだと。

 そう判断し、その段階で僕が出来ることと言えばだ。

 せいぜいコスプレをするぐらいではあった。


「コスプレは嫌じゃなかったの?」

「嫌じゃないです。何ですか。僕もオタクだからコスプレ自体は嫌じゃないんですよ。もっと別な理由があっただけで」


 別にコスプレは嫌ではないのだ。

 問題は、自分が2.5次元舞台の俳優さんほどの容姿であると思い込んでいる、そんな勘違い野郎だとは現代文化研究会の皆さんに思われたくなかっただけで。

 それだけを心配していたが、ほへー、と言いながらぺたぺたと僕のコスプレ衣装を触ってくる藤堂さんの掌を感じて、ちょっと安心する。

 尻はさすがに触らないが、なんかギュッと抱きしめられた。

 多少は魅力的に思ってくれているようだ。


「ちょっと、藤堂ちゃん。ぺたぺた触ると梶原君に失礼でしょう! ましてや抱きしめるなんて!!」

「大丈夫ですよ」


 こんなのセクハラの内にも入らない。

 僕は笑顔で藤堂さんに応じながら、尋ねる。


「どうです、似合っていますか?」

「いいね! いいね! 凄い似合っているよ!!」


 彼女からの評判は上々だ。

 僕は笑顔になりながら、エマさんに話しかける。


「これで本の売り上げに貢献できるでしょうか?」

「……あんまり気負わないでね。高橋部長もそこまで望んでないと思うから」


 エマさんがサラサラの金髪を揺らしながら、俯きながらに呟く。 


「そのコスプレは似合っているし、売り上げにも好影響だと思うけれど……あんまり理想を一息に求めても、良いことないと思うんだ」

「高橋部長の次に漫画が上手いエマさんがそれを言いますか?」


 僕は首を傾げて尋ねる。

 彼女は十二分に期待に応える成果を上げているではないか。

 何を卑下する必要があるのか。

 そう思うが。


「そ、そうだよ。でも一足飛びに出来たことじゃないから。今にたどり着くまでに一杯皆に迷惑もかけたし、その轍を踏まないで欲しい」


 皆に迷惑をかけた、か。

 その皆は別にエマさんに迷惑をかけられたとは間違いなく思っていないだろうが。

 特に高橋部長はそうだろう。

 だが、そのことを告げても彼女は納得しないだろう。


「わかりました。そうします」

「な、何事もほどほどにね」


 どもりどもりに会話する彼女に返事をしながら、僕はゆっくりと即売会の開始を待つ。

 ポスターを奥ゆかしく貼り、本を並べ、頒布準備は万端だ。

 後は開始時間を待つだけである。


「高橋部長と瀬川さんは午前中挨拶周りですか?」

「そうだね、午後には帰ってくると思うから、そんなに心配しなくても――いや、しかし、ビックリするかな」

「ビックリですか」


 怪訝な顔で首を傾げる。

 まあ、何の事前相談もせずにいきなりコスプレしたからな。


「その格好で本なんか売ったら、すぐに300冊なんて捌けちゃうね」

「そういうもんですか」

「そういうもんだよ。同性の女の子なんかより、誰だってコスプレしてる男性から買いたいもんだよ」


 藤堂さんがあっけらかんと、それが現実なんだよといいたげに呟いた。

 僕も前世だったら、そりゃ女性の露出度高めのコスプレイヤーから本を買いたい。

 それが今世でも通じると思って、コスプレしてきたのだが。


「僕、かなり自己評価低めなんですよね」


 正直に話す。


「知ってるー。そんな感じだよね」


 藤堂さんがけらけらと笑いながら答えた。

 なんというか、モテる。

 稀少な男性と言うだけで、この世界ではモテるのだ。

 筋肉ムキムキの僕にも、その容姿に対しての性的な需要があることも理解している。

 だが、しかしだ。

 どうにも前世の価値観が残っていて、慣れない。


「チヤホヤされるといいんですが」

「なんなら私がしちゃうね」


 ぺたぺたと、また藤堂さんが僕の背中を触る。

 悪い気分ではない。


「藤堂ちゃん、マジで止めなよ。コスプレイヤーさんにはおさわり禁止ってのが常識だよ」

「梶原君は身内だから良いのだ」

「り、理由になんないよ」


 エマさんが、藤堂さんの腰を掴んでぐいーっと引っ張っている。

 大変仲がよろしい。

 僕の顔はほころんだ。


「現代文化研究会の皆さん、仲がいいんですよね」

「そりゃ一年間も一緒にやってきたからね」


 ぐい、と藤堂さんがエマさんの腰を掴んで、引き寄せた。

 お互いの腰を掴んだ、百合めいた姿の二人。

 エマさんも悪い気分ではないのか、抵抗はせずにされるがままでいる。


「できれば将来も仲良くやっていきたいねえ。高校生活を終えた後もずっと」

「素晴らしいお考えかと」

「そこに梶原君もいてくれたらいいんだけどねえ」


 そりゃ、と藤堂さんが突然エマさんを僕の方に突き飛ばした。

 僕は慌ててエマさんを自分の身体でキャッチする。

 なんとか僕の胸板で受け止めた。


「な、何するの! 藤堂ちゃん!!」

「いや、エマが梶原君を触る私を羨ましそーに見てたから。おすそ分け」


 へへっと笑う彼女。

 僕、彼女のこの飄々とした性格かなり好きなんだよなあ。

 高橋部長の次くらいに好きかもしれぬ。

 いや、そもそも現代文化研究会の皆で嫌いになれそうな人間なんて一人もいないのだが。


「僕も、その将来設計の中に混ぜてくれたら嬉しいんですけどね」

「ほへ?」


 僕の胸元に手を添えながら、エマさんが奇妙な声を上げた。

 コーカソイドの彼女の顔が赤く染まり、透明度が高い皮膚の下は血管さえもが見えそうだ。


「え、そ、そういう意味? そういう意味なの?」

「はい?」


 そういう意味?

 どういう意味なのだろうか。

 僕も皆さんと一緒にずっと仲良くしていきたいというだけなのだが。

 そう口にする前に。


「はーい、ここまで。そろそろ即売会開催だよ。皆揃って拍手するのがマナーさ」


 藤堂さんがエマさんの首根っこをひっつかんで、僕から引き離した。

 僕、何か変な事言ったか?

 首を傾げるが、エマさんは右に左にオロオロとしながらも、拍手する準備を整えている。

 横の藤堂さんも同じく、拍手する準備を整えて。

 即売会開始のアナウンスとともに、会場にいる全員から拍手が鳴り響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る