第十五話「高倉エマの野望」



 梶原君がコスプレをしてきた。

 その姿はとても性的な魅力に溢れており。

 私ことエマは、出会った瞬間に身震いがしたほどだ。


「似合っているでしょうか」 


 そう尋ねられるが、似合っているにもほどがある。

 私は正直言って、筋肉質な男というものが二次元の世界で大好きであったが。

 最近は三次元の方がより大好きになりつつある。

 梶原君のせいだ。

 もう梶原君が何もかも悪いのである。

 彼の分厚い背中が、太い首が、全身をみっしりと覆う筋肉が。

 私の制服姿の男に『無理やりとっちめられたい。――主に性的な意味で。力ずくで自分の全力の抵抗をねじ伏せられて、組み敷かれたい』というマゾヒズムじみた願望を沸き立たせるのだ。

 今回の本もそういう内容だし、それは梶原君も知っているだろうに。

 どうして私の被虐心を彼は露わにするのだろうか。 


「に、似合っているけど、どうして?」


 そう尋ねざるを得ない。

 どうして急に?

 てっきり梶原君は、コスプレするのが嫌だと思っていたのだが。

 わざわざ自分で少年漫画のバディキャラのコスプレを用意してきて、身体の線や鎖骨が浮きまくりの、筋肉ではち切れんばかりの袖まくりをしたワイシャツ姿である。

 どんな心変わりだ?


「僕もオタクだからコスプレ自体は嫌じゃないんですよ。もっと別な理由があっただけで」


 ……なんとなく、わかる。

 コスプレを嫌いなオタクは確かにいないのだろう。

 ただ、性的な目で見られるのが嫌だっただけなのかしら?

 そう悩むが、違う気もする。

 ひょっとして、自分がコスプレの似合う存在だと思うことが自意識過剰だと看做されないか。

 そんな忌避感だったのだろうか。

 全然そんなことはなく、無茶苦茶に似合っているのだが。

 そう考えていると藤堂ちゃんが彼に迫って、興味深げかつ無遠慮にぺたぺたと梶原君を触っている。

 しまいには抱き着いた。

 え、そんな羨ましい事していいの?

 駄目だろ、さすがに。

 そんなのセクハラである。

 だが、梶原君は飄々として、それを受け入れている。

 正直私もやりたい。

 自分の身体を思う存分接触させたい。

 その、ナメクジの交尾のように胸や足を擦りつけたかった。

 そんなの恥ずかしくてできないが。

 というより、それをやったら完全に変質者である。


「これで本の売り上げに貢献できるでしょうか?」


 そう尋ねて来る彼を、私は心配した。

 そりゃ貢献だ。

 大貢献だろう。

 今でさえ、珍しい男のコスプレイヤー売り子がいるということで近くのサークルから視線が集中している。

 抱き着いている藤堂ちゃんがただひたすらに羨ましいのだと、彼女に嫉妬の視線が突き刺さっていた。

 梶原君は、本当に嫌じゃないのだろうか。

 それとなく無理はしないように窘めるが、どうも本当に嫌ではないようである。

 私はどうしよう。

 ぺたぺたと彼に触り、おまけに抱きしめてもらっちゃう?

 そんな勇気あるか!

 あったら、こんなどもりのオドオドとした性格をしていないわ!!

 自分をそう窘めて、奥ゆかしくポスターを見えやすい位置に貼り、頒布本を机の上に並べる。

 梶原君も一緒に手伝ってくれた。

 なんでこんないい子がウチの部活に入ってくれたのだろうか?

 ああ、高橋部長が勧誘してくれたからだった。

 本当に部長は凄い。

 前世でどれだけの徳を積んだら、こういう男の子に好かれるのだろうか。

 まあ、現世でも私を救ってくれたあの人が、男に好かれないわけないとずっと思っていたが。

 これはよく考えれば自然な事であるな。

 うん。

 さっさと付き合えばよいのになと思う。

 梶原君と高橋部長は本当にお似合いのカップルであった。 


「僕、かなり自己評価低めなんですよね」


 色々なことを考えている。

 そんな最中に、藤堂ちゃんとのやり取りの中で彼が口走っていた。

 自己評価低めか。

 彼は本心からそう言っているのだろうが、傍から見れば梶原君凄い魅力的な男の子だよ?

 もう、そのガタイだけで強烈なセックスアピールだよ。

 しかも私たちみたいなオタクだし。

 あれだよ、どうしても勘違いさせられるのだ。

 私みたいなオタクでも、趣味の合一で『行ける』んじゃないかとか。

 そこまで考えて『行ける』の意味を考えて、頭が沸騰しそうになる。

 あれだ、凄いエッチなこととか考えてしまう。

 ぶんぶんと首を振り、その性欲を振り切って、藤堂ちゃんを咎める。


「藤堂ちゃん、マジで止めなよ。コスプレイヤーさんにはおさわり禁止ってのが常識だよ」


 藤堂ちゃんの腰を掴んで、ぐいと引っ張る。

 いつまで梶原君にしがみついているつもりなんだ、彼女は。

 蝉の交尾か?

 犬猫のように発情しているのか?

 そう思っていると、逆に彼女に腰を掴まれて、ぐいと引っ張り寄せられた。

 梶原君から離れてくれたのは良いが、これはこれで何か親友っぽくてもどかしい。

 藤堂ちゃんと抱き合うようにして、お互いの腰を掴む。

 私は彼女が大好きだった。

 部活の皆が大好きで、こういうことをされると頭が沸騰しそうになる。

 なにせ、高校まで友達なんて一人もいなかったのだから。

 あまりにも楽しくて、嬉しくて、こういうことをされると泣きそうになるのだ。


「できれば将来も仲良くやっていきたいねえ。高校生活を終えた後もずっと」


 藤堂ちゃんがそんなことを口走った。

 嗚呼。

 ずっと高橋部長や、藤堂ちゃんや、瀬川ちゃんと一緒にいられたらいいのに。

 それこそ生涯の友人として、ずっと。

 一緒にルームシェアして暮らすのも私としてはアリなのだ。

 そんなことを考えていると。


「そりゃ」


 藤堂ちゃんが突然、私を梶原君の方に突き飛ばした。

 梶原君ががっしりとした胸板で私を受け止め、ペットの犬猫を扱うように抱きしめる。

 ええ!?


「な、何するの! 藤堂ちゃん!!」

「いや、エマが梶原君を触る私を羨ましそーに見てたから。おすそ分け」


 へへっと笑う彼女。

 そりゃ見ていたけどさ!!

 だからといって、強引すぎる。

 これで梶原君に嫌われでもしたらどうしてくれるんだ!!

 そんな声を張り上げそうになって止める。

 梶原君の胸板にがっしりと受け止められて、耳には彼の心臓の音が聞こえるほど近かった。

 私の心臓も、それに応えるようにバクバクと鳴る。


「僕も、その将来設計の中に混ぜてくれたら嬉しいんですけどね」

「ほへ?」


 突然の、梶原君の回答。

 その言葉は、藤堂ちゃんに答えた返事であった。

 私が望む、現代文化研究会の4人で生涯ずっと仲良くやっていく。

 その中に、梶原君も混ざりたいと。

 そんな言葉であった。

 それって――、いや、もしかしてだけど、それって。

 え、私たち4人の男になってもいいって意味じゃないよね。

 この一夫多妻制の時代に、私たち4人を嫁に迎えてもいいって意味じゃないよね。

 違うだろう。

 さすがに違うだろう。

 そう思うが、ひょっとしてそうじゃないかと考えるだけで、私の頭は沸騰しそうになった。

 顔が真っ赤に染まり、呂律が回らずに舌を噛む。

 噛むが、問い返さずにはいられなかった。


「え、そ、そういう意味? そういう意味なの?」

「はい?」


 私は暴走した。

 完全に暴走していた。

 そうであればどれだけよいかなと思う。

 同じベッドで、梶原君を囲んで私たち4人の嫁が同衾するのだ。

 もうすんごいことを毎晩するのだ。

 私だけは、プレイとして力ずくで押し倒してもらおう。

 無理やりに首根っこを押さえられるのだ。

 そこまで妄想が及んで――。


「はーい、ここまで。そろそろ即売会開催だよ。皆揃って拍手するのがマナーさ」


 藤堂ちゃんが私の首根っこをひっつかんで、無理やり引き離した。

 引き離してくれた。

 何を考えているのだ私は、恥ずかしい!!

 とんでもないことを口走ろうとしていたぞ!!

 そんなことを梶原君が考えているわけなかろうが!!

 有り難う藤堂ちゃん。

 とんでもない欲望を口走り、梶原君をドン引きさせるところだった。

 まだ興奮冷めやらぬなか、右に左にオロオロとしながらも、拍手する準備を整える。

 即売会開始のアナウンスとともに、会場にいる全員から拍手が鳴り響く。


「……」


 私は羞恥と自己嫌悪で顔を真っ赤にしながら、とにかくも力一杯拍手をしたのだ。

 両掌が顔と同じく、真っ赤に染まりそうになるぐらいに。

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