第四話「僕の前世青春について」

 胸がドキドキとしている。

 全く今日は良い日であった。

 高橋先輩――お互いに自己紹介をしあった際に聞いたところ、フルネームは高橋千尋さんというらしい。

 彼女と出会えたのはまさに幸運だった。

 なんというか、丁寧な方だったなあ。

 僕に優しく今世におけるリアルカードゲームの手ほどきをしてくれて、それどころか自分のデッキまで貸してプレイしてくれる。

 あそこまで優しい人もなかなかいないぞ。

 あれは男だからとか女だからとか、そういうことではないな。

 僕が仮に女でも、あそこまで優しくしてくれたであろう。

 そうして、僕を部活に誘ってくれたであろう。

 高橋先輩は本当に良い人だ。


「僕は実に幸運だ。こんな幸運な日は滅多にないだろう」


 はっきりと、そう口にすることさえ出来た。

 あんな良い人と出会えて、それだけでなく部活にまで誘って頂いた。

 なんというか、辟易していたのだ。

 クラスには男は僕だけで、友人など見つけられない。

 それどころか、クラスに一人は必ず絶対いる奴。

 休憩時間は机に突っ伏して寝たフリしているという奴が、クラスにいないのだ。

 前世での僕のポジションである。

 みんなリア充だ。

 流行のファッションだの、何百万部も売れた漫画やアニメの話しかしていない。

 クラスの女子全員が仲睦まじく、僕などは話しかけられても事務的にああ、とかうん、とか言葉を返すのがせいいっぱいである。

 特にリア充系の子に話しかけられた時など、いっぺんに喋られすぎて、こちらはマトモに返事できたかもあやふやである。

 リア充は死ねばよいのに。

 いや、これは言いすぎだが。

 なんぼなんでも、今の時代に死ねばよいのにとか軽々しく口にすべきではない。

 まして人生二回目の人間が考えにすべきではなかった。

 謝罪しよう、リア充に。

 それはそれとして。

 メジャーどころもキチンと押さえているが、僕はサブカルチャーが好きなのだ。

 あれだ、前世では休憩時間に机に突っ伏して寝たフリをしているだけの中学時代を送ったが。

 高校時代には自分と似たような、「さえない」連中のカードゲーマーの友人たちがいた。

 新聞部とは名ばかりのオタク部で、ずっとカードゲームしかやっていなかった奴らが。

 楽しかった。

 本当に楽しかった。

 アンタップ・アップキープ・ドローを呪文のように唱える。

 インナーとオーバーの二重スリーブに包まれたカードをシャッフルし、交換し合い、さあバトル。

 別にアニメのように、子供の玩具(カードゲーム)で世界征服する敵がいるわけでもないし。

 プロのように金が稼げるわけでもなければ、勝利して得られるのは何もなかった。

 有名になれるわけではない。

 金にもならない。

 勝ったところで、何も得られるものはない。

 それだけなのに。

 あれだ、なんで僕はカードゲームがこんなにも好きなのだろうか。

 理由は判っている。

 青春(アオハル)だ。

 あの中学生時代は寝たフリをして時間が過ぎるのを黙って我慢していたような。

 我々のような惨めな者こそが高校時代に集まり、触れ合って、理解しあい、ただカードゲームをしていた。

 そこには勉強や体育でのマウントすらなく、それだけだった。

 ただ触れ合いだけがあった。

 人は笑うだろう。

 真面目で常識的な人は笑うだろう。

 惨めなものが惨めな者同士で慰め合いをしていると。

 だが、あれが僕らの青春(アオハル)であったのだ。

 このように楽しいことがあって良いものかとさえ思った。

 少し、回想する。  


「青単止めろ殺すぞ。粘着野郎。チクチクとカスクリーチャーで殴ってくんな。全部嫌がらせ手札ばっかじゃねーか。これだけでゲーム終える気かよ」

「赤単止めろ殺すぞ。脳筋野郎。せめてドラゴン混ぜろ。ゴブリンばっかじゃねーか。最後は全部生贄に捧げて特攻させる気だろうに」


 そんな心温まる会話があった。

 そのクリーチャーを殺す、お前を殺す、とにかく殺す。

 その、とにかく「殺す」というキーワードの連打を口にするのは。

 今の時代では駄目らしい。

 仲が良くても駄目らしい。

 高橋先輩から「そのクリーチャーにダメージを与えて破壊します。墓地に送ります」「そのクリーチャーにダメージを与えて場から追放します」と言うのですよ。

 大昔の野蛮な時代ではないのですよ。

 と優しく教えられた。

 とにかく死ね! 殺す! のキーワードは特に駄目らしい。

 というか、まあ普通に考えて駄目だよな、うん。

 僕の青春(アオハル)は何か問題があったのかもしれない。

 いいや、間違っていないと否定したいのだが!

 まあ駄目だとわかっている。

 正直、僕とて女性プレイヤーに死ね! だの殺す! だの口にする度胸はないので別によいか。

 そこらへんの感覚だけは前世なのだ。

 高橋先輩に是正されてホント良かった。 

 心からほっとする。

 ただでさえ今世の常識と前世の常識がバグるときが多いのだから、そこでヘマすればとんだ恥を搔くことになる。

 本当に高橋先輩に出会えてよかった。

 それにしても。

 それにしても楽しみだ。


「現代文化研究会か」


 独り言を口にする。

 スピンバイクから降りて、それに括りつけて垂れ流していたアニメの再生を切る。

 やたら男のお色気シーンが多いのを除けば、面白いアニメであった。

 正直もうその辺りは慣れた、10歳の頃には。


「どうしようかな?」


 どうしようかな。

 と口にしたが、決意はもう決まっている。

 入部する。

 是非とも入部したい。

 どだい、腹を刺されて生まれ変わろうが、貞操逆転世界に転生しようが、僕の生きざまは変わらないのだ。

 リア充大嫌い。

 何度も繰り返すが。

 中学生時代は顔を机に突っ伏して、寝たフリをして時間が過ぎるのを黙って我慢していたような。

 そんなクラスに一人はいた子が集まった集団で過ごしたい。

 こんな機会、望んだって得られない。

 それを彼女が与えてくれたのだ。

 高橋先輩はすでに僕にとって、恩人にも等しい人になっていた。


「……こんな世界で、こんな機会に恵まれるなんて」


 噛み締める。

 僕は何て幸せなのだろう。

 またリアルカードゲームができるのだ。

 心置きなく。

 何の心配りも必要なく、思う存分ゲームができるのだ。

 僕は友達が欲しい。

 リアルカードゲームをする友人がだ。

 それに、前世ではできなかったTRPGなんてのもやってみたいし、初めての創作活動をする友人が。

 どうしても欲しい。

 何もかも、どんな手を使ってでも欲しい。

 それを叶えてくれたのが高橋先輩だった。


「……」


 愛おしい。

 もちろん、恋愛の情なんて不躾で彼女に失礼なものとは違う。

 これは親愛の情だ。

 何度も繰り返すが、あんな良い人が僕を気にかけてくれるなんて、これは幸運としか言えなかった。


「どうにか高橋先輩に気に入られなくては。……髪でも切ってくるか?」


 一応、月一でメンズ・ショートに整えているのだが。

 その辺りは今世の母親が教育熱心であったのだ。

 この世界の男として恥ずかしくない身繕いをするように、きっちり教えられている。 

「部室にお土産とかあった方が良いか? いや、ただの入部にそんなもん持っていく方が

変に思われるかもしれないし……身一つで来いと言われていたし……」


 思考がぐるぐるとなって止まらない。

 やはり、言われたとおりにするべきだな、うん。

 明日にも突撃したいところだが、明後日に来いと言われた。

 おそらく部員をその間に説得してくれるつもりなのだろう。

 頑張ってください、高橋先輩。

 僕は心の中でそう呟き、今日は眠ることにした。

 高橋先輩に、心からの感謝の念を抱きながら。


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