第三話「部活なんてどう?」
2時間ほどプレイしたが、他の客は訪れず。
デッキパワーは互角のはずであるが、勝敗差は明らか。
彼がようやく一度の勝利を掴んだが、それまでに私は九度勝利している。
「いやあ、お強い。一回勝つまでに九回も負けてしまいました」
「……私が作ったデッキですからね。そりゃ勝敗差は出ますよ。知り尽くしている内容のデッキと戦ってるんですから」
慰めるように口にする。
が、実際のところ、この言葉は必要ないのであろう。
彼は本当にカードゲームを楽しんでいた。
むしろ接待プレイをすれば怒るであろうというほどに。
「梶原君がミスプレイの修正を求めていれば、勝敗は3:7くらいにはなりましたよ? 使い慣れてないデッキなんですから、それぐらいはいいのに」
「いいですよ。勝利が目的で僕はゲームをプレイしているわけではありません」
梶原君が穏やかに告げる。
男性とはこのように穏やかな雰囲気を漂わせることができるものなのだろうか。
あのかしましい友人たち、部活の部員どもとは大違いだ。
「誰かと楽しめれば、それでいいんですよ」
それは心の底からの言葉であろう。
彼は勝利を目的としていないのだ。
そりゃ『ゲームを心底楽しむために』、勝利は目指してしかるべきである。
だが、違うのだ。
一言で言ってしまえば、彼はエンジョイ勢なのだ。
いわゆるガチ勢ではない。
勝利こそが全て、勝利こそが栄光と考える性質ではない。
いかにゲームを楽しむかに全力を傾けている。
こういう男の人もいるのか、と私も心が穏やかになる。
心臓は未だにエイトビートを叩いているが、それはそれとして心にきゅんと来るものがあるのだ。
「さて、そろそろ六時半です。家に帰らないといけません」
「そうだねえ」
帰った方が良い。
帰らないとややこしいことになるかもしれない。
なにせ、15の男が、それも筋肉ムキムキの自分たちの趣味に好感を抱いている男がいるのだ。
他の一般的な女性プレイヤーがざわつくかもしれない。
嗚呼、ここまでだ。
いや、今日は。
今日はだ。
「高橋先輩。デッキを貸していただき有り難うございました。次は自分のデッキで勝負したいですね」
「用意する当てはあるの?」
「このお店でシングルカードを少しずつ購入して、用意しますよ。次のプレイまでになんとか規定枚数ぐらいは揃えておきます」
なるほど、対戦の間にある程度は説明した。
それでやれるなら申し分はない。
申し分は無いが。
「高橋先輩は、いつもこちらのゲームショップにいらっしゃるんですか?」
来た。
来たぞ。
その質問はあると思っていたぞ。
ゲームをしている一時間半の間に、しっかりと入念に、頭の中で会話のケースを構築していたのだ。
まるでゲームプレイの戦略のように。
「いつも、というわけにはいきませんね。私にも用事があります」
「まあ、それはそうですね」
正直に答える。
ここで待っていろ、と言われれば死ぬまで一生名犬ハチ公ぐらいに待ちたいぐらいだが、それはできない。
私にも部活があるからだ。
――部活か。
そうだな、この線で会話をするしかないな。
私のたった一つのワイルド・カードだ。
「梶原君はウチの学校の新入生ですよね」
断言する。
ネクタイの色だ。
ネクタイの色で、我が高校の学年は判別できる。
紫色のネクタイは間違いなく一年生だ。
どうでもよいが、私のネクタイは青で二年生である。
「ええ、そうですよ」
「部活動はもう決まりましたか?」
尋ねる。
ここからが肝心だぞ、高橋千尋。
胸を張れ。
何の役にも立たないデカ胸であるが。
「まだです。勧誘は多数受けましたが、どれもピンとこず。体育会系って苦手なんですよね」
「体育会系が苦手?」
そのような体格には見えないが。
むしろ何かスポーツをやっていないとおかしいぐらいの筋肉である。
「あれです。見かけよりどんくさいんですよ? 反射神経が特に駄目で、ドッジボールとか大嫌いです」
「それはまあ。私もです」
私も嫌いだドッジボール。
あの反射神経が虚しい者どもをイジメる遊びの何が楽しいのだろうか。
中学の頃に「高橋は胸にドッジボールを二つ付けている」とからかわれた嫌な思い出もある。
そこまでデカくないわ!
ともあれ、体育会系は苦手である。
「筋トレや重量挙げは大好きなんですけどね。どんくさくても努力すれば身につくので」
「ほうほう。でも、さすがにウエイトリフティング部はウチにありませんよ?」
「そうなんですよね。どうしようかなと」
トントン、と彼が丁寧にデッキケースにカードをしまう。
そうして包んで私に返してきた。
ここだ、ここで攻め込め高橋!
そう私の心臓のエイトビート・バーサーカーが叫んでいる。
わかっとるわ!
「同じ高校でもあることですし、ウチに入部なんてどうでしょう?」
「高橋さんの部活ですか?」
「ええ、一応部長なんですよ?」
かかった。
釣り糸の先に獲物がかかった感覚を抱き、キリキリとリールを巻く。
「質問ですがカードゲーム以外のサブカルチャーにも興味がおありですか?」
「ええ、まあ。オタクですので」
「オタクを自称しますか」
自分のことをオタクと称する男の人も珍しい。
一々、人の琴線に触れるなこの人。
「筋金入りのオタクですとも。スピンバイクで走る時は、いつも何かアニメを見ていますよ。ああ、それだけでなくもちろん漫画も読めばラノベも読みます。基本的にサブカルチャーが大好きなんですよね」
オタク女にとってのオム・ファタール(魔性の男)か何かかな、この人。
普通に聞かされたなら、誰も信じないぞ。
おそらくウチの部員に彼の存在を口にしたところで、誰も信じまい。
少なくとも目の前で見せつけるまでは。
「嘘とお思いですか?」
「いえ、信じますよ。梶原君の言うことなら、信じられます」
嘘は全く感じられない。
彼は本気で言っているのだ。
サブカルチャーが大好きだと。
ならば、私のワイルド・カードが生きる。
「ウチの部活ですが『現代文化研究会』と申しまして、一年の時に私がオタク女子他三名を主導して立ち上げた部活なんですよ」
「ほう」
興味を強く惹いたらしい。
楽し気に笑い、梶原君の動きが一瞬止まる。
「しかし、それならご迷惑ではないですか? 女所帯に男を放り込んでもロクな事に――」
少なくとも私はろくでもないことを考えている。
もっと彼と、梶原君と親しくなりたいと考えている。
だが、まあそれはそれとして。
「オタク仲間でしょう? 男も女も関係ありませんよ。同じサブカルチャーを楽しむ同士仲良くしましょうよ」
これは本心だ。
だから緊張せずに言える。
オタクはオタク同士相見互い、仲良くするべきだ!
連帯だ、連帯。
「――僕はそうしたいですが、しかし、他の部員の方々が反対するのに無理やり参加するのは嫌です。人の関係を壊したくない」
「梶原君は良い子ですねえ」
身長40 cmも自分より高い男に対し、先輩として言葉を投げかける。
これも本音なので問題ない。
ここから、ここからだ、私。
噛まずに言え。
「ウチの部活にサブカルチャーを心底楽しもうとする人間を拒否する女などいません。ご安心を。決して変なことになりませんよ」
一部嘘が混じっているけれど。
サブカルチャーを心底楽しもうとする人間を拒否する女などいない。
これはホント。
ただ、変なことにはなるかもしれない。
というか、変なことになって欲しい。
主に部長である私と。
「……本当によろしいのですか? それならば……」
よし! かかった!
ぎゅっと拳を小さく作る。
「明日にでも部員には説明しておきます。明後日に入部届を用意しておきますので、身一つでいらっしゃい。楽しい部員を紹介しますよ。貴方と同じサブカルチャーの仲間を」
有り得ない話だが。
本当に有り得ない二時間ほどの間に。
梶原君と、この私は、小さな青春(アオハル)を過ごした。
「それでは、よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げる彼。
私はその顔をにっこりと表向きには微笑んで。
内心では心臓が張り裂けそうなぐらいに、ヨッシャオラー! 大勝利じゃー! とバーサーカーと肩を組んで叫んでいた。
本当に。
今日は本当に、有り得ない幸運が舞い降りた日であった。
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