第二十五話「どうか一緒に写真を」

 

「妹がね、梶原君の存在を信じないんだよ」

「はあ」


 藤堂さんとカードゲームを嗜む。

 高橋部長と昔からの仲良しさんなので、かなりの経験があるらしく中々に手強い。

 長考していると、突然に彼女が変わったことを言い出した。

 藤堂さんの妹についてだ。


「僕の存在を信じてくれないと。一緒に写真を撮りましたよね。僕がコスプレしているときの写真を。それを見ても信用されないのですか?」

「そうなんだよ。それを見ても信用してくれないんだよ」


 自慢しようと思ったんだよ。

 男の影も見当たらない姉を笑う妹に対して、こんなにも素敵な男性が同じ部活にいるんだよって。

 そう反発して、見せびらかせようとしたのにさ。

 そう藤堂さんが語る。


「どうせお金を払ってコスプレイヤーに写真を撮ってもらったんだろうってぬかしおる。アイツはもうダメだ。姉を信じない妹など、価値がない。無価値だ。とりあえず締めといたけど」

「言い過ぎではないでしょうか。ともあれ、写真を撮るぐらいなら僕はタダですよ?」


 無料(タダ)という言い方も変だが、実際無料だしな。

 藤堂さんと写真を撮るぐらい、別にいくらでも構わないのだ。

 そう告げる。


「おおう、じゃあもう一度一緒に写真撮ってくれる? こうやって仲睦まじく一緒にカードゲームをしている写真を。今すぐ妹に送りつけてやる」

「どうぞどうぞ」


 全然かまわない。

 藤堂さんは高橋部長と昔からの相棒であるだけあって、優しいし、それに良い意味で気安い。

 誰に対しても気安く応じて、なんとなく話している僕の気分もウキウキしてくるのだ。


「ヘイ、千尋。一緒に写真とってちょーだい。ベストショットを頼むよ」

「いいよー。スマホ貸してね」

「はいよ」


 高橋部長がパシャリと、僕と藤堂さんの写真を撮る。

 カメラフレームの中には、仲睦まじくカードゲームに興じる僕ら二人の写真が写っているだろう。


「よし、嫉妬で狂い死ね。妹よ」


 別にこんなことで嫉妬せんと思うけれど。

 僕なんかそこらにいる男と比べれば、手も体つきもゴツゴツとしていて女性受けは悪いだろう。

 そう思うが、ケタケタと笑う藤堂さんの前でそれを言う気にはなれない。

 彼女は僕のことを価値ある人間だと思っているのだ。


「藤堂さん」

「なーに、長考終わった?」

「もう少し待ってください」


 そうだ、カードゲームの途中だった。

 カードゲームは紳士・淑女のスポーツ。

 一挙一動を真面目に取り組まねばなるまい。

 うん。

 それはそれとして、気になることはある。

 スマホをポチポチと弄っている藤堂さんの姿だ。

 顔をへの字に曲げている。


「……返信が戻って来たんですか?」

「どうせ、高橋部長の彼氏を借りてるだけでしょとかぬかしよる。アイツ、千尋のことをかなり買いかぶってるからさあ」


 それはそれは。

 なんとも恐れ多いことだ。


「誤解を解いておいて、初音」


 顔を少し赤らめて、高橋部長がそうおっしゃる。

 そうである、誤解だ。

 僕なんかが高橋部長にふさわしいわけあるまい。

 なんとも恐れ多い事を言い出すものだ。


「ジッサイそうです、彼は高橋部長の物です。でも私も狙っています。現代社会では一夫多妻制であることをお忘れですか、と送ってみる」

「嘘つくのやめなよ」


 藤堂さんが嘘つきのメールを妹さんに送っている。

 口頭では注意するが、高橋部長も止めない。

 いいなあ、こういう戯れ。

 実際、僕が高橋部長とお付き合いができて。

 ついでに他の部員さんとも仲良くなれればいいとは思うのだが。

 それはなんとも恐れ多いと感じる。

 自分なんかがそんな存在にふさわしいとは思えないのだ。


「お前だけは殺してやるって返信返ってきた。凄いね。姉に対する言葉とは思えないね。後で絞めとく」

「妹さんと仲悪いんですか?」


 それはそれとして、藤堂さんはどういう家庭環境なんだろう。

 何のカードを出すか長考をしつつも、気になる。

 

「週に一度は喧嘩して、仲直りのためにデザート作ってやってるね。あの子は甘いものが好きでね」

「それは……」


 仲が良いのでは?

 そう呟こうとして、止めた。

 不躾な言葉を投げかける必要もあるまい。

 実際、このサッパリした性格の姉と妹さんは、仲が良いのだろう。

 ケタケタ笑いをして、健やかな笑顔で藤堂さんが自分のスマホを再び覗く。


「お、続いて返信が返ってきた。私にも紹介してだって」

「別に構いはしませんが。どこか喫茶店で食事でもします?」

「梶原君の言葉は無視する。やだね、と送信」


 別に構いはしないって思ったんだけどな。

 まあ藤堂さんの性格ならそう返すか。

 だんだん、この人の性格が掴めつつある。

 愉快犯なのだ、彼女は。

 場を騒がせることを悦楽としている。


「それでさあ、梶原君。実際のところどうよ。私は女として見てどうよ。私は貧乳だし、背も高いけれど。まあそこそこ良い女だと思っているよ。千尋には劣るけれどさ。お安いよ?」


 ずい、と藤堂さんが顔を僕に近づける。

 藤堂さんの売り込みに、僕も笑顔で応じる。

 冗談がキツイのだ、藤堂さんは。


「僕にとっては、高橋部長にも劣らない存在だと思っていますが。自分を卑下するのは止めて欲しいです」


 酷く真面目ぶった。

 そんな本気の言葉で応じる。

 あまり、こういうことで軽薄な言葉を返したくない。

 僕にとって現代文化研究会の部員さんは、かけがえのない人たちだ。

 そんな存在を粗略に扱うわけがなかろう。


「おおう!? 意外な回答……だね」


 藤堂さんが、縮こまって応じる。

 少し恥じらって、くねくねと身をよじる。

 僕は本気で言っている。

 藤堂さんの軽薄さを好んではいるが、それに対して同じ軽薄で応じる気はない。


「藤堂さん、自分を安く見積もるのは止めた方が良いですよ」


 藤堂さんが、こくん、と静かになって首肯した。

 顔を赤らめている。

 まさか、照れてるのか?


「クリーチャーを出します」


 僕は空気を変えたくなって、とりあえず召喚呪文を唱えるが。


「焼きます」


 瞬間で焼かれた。

 出したクリーチャーが即死して、僕に為すすべはない。

 残酷な結末が我がクリーチャーに訪れた。


「判断ミス!」


 ビッとジャッジである高橋部長から指摘が入った。

 僕と藤堂さんのカードアドバンテージを把握している彼女からは、駄目な行動であったらしい。

 いや、まあ。

 駄目な判断なのは判ってるけどさ。


「ふふふ、梶原君。動揺したね。これを狙っていたのさ」


 キラリ、と目を光らせる藤堂さんが楽しそうだから。

 まあいいんじゃないかと思う。

 これはこれで楽しい。

 僕は勝利を求めない。

 プレイヤーは勝利のために最善を尽くすべきだが、勝利だけに喜びがあるわけではないのだ。

 最善なのは――プレイヤー同士の友好だ。

 プレイする喜びを分かち合うこそが何より素晴らしいのだ。


「さあ、ここから逆転を狙っていくよ」


 ぱん、と藤堂さんが机の端を叩いたのをみて。

 僕の顔はほころんだ。

 僕は確かに、オタクの青春(アオハル)を歩いているのだ。

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