第十話「母親には話したの?」


 部のSNSに「新人入部! 新刊あります!」というキャッチコピーとともに写真を投稿することとなった。

 写真をそのまま載せるのは拙いのではないか、変なサイトに切り取られでもしたら問題ではないか、と藤堂が凄い心配をした。

 梶原君は結構な美男子だから、コラージュされて裸の写真と合成されるのではないかと言いだしたのだ。

 普段からそういうサイトばかり見ているのだろう、どうしようもなくスケベな奴だ。

 藤堂は破廉恥である。

 一言で言えば尻フェチの変態であった。

 色々話し合ったが念のため、梶原君には片手で新刊を、もう片手は顔の部分を一部指で隠してもらう折衷案をとる。

 私も顔の上半分を看板で隠しておいた。

 ああ、一応ちゃんとしたペアの写真も撮ったが、それは私のスマホの中に大切にしまっておくことにする。

 待ち受け画面にするのだ。

 それはそれとして、だ。


「……余計いかがわしくなりましたね」


 手で顔の目の部分を覆い隠されている、新人の男の子。

 横には不気味な笑顔の口元だけが映るナードの、この瀬川。

 風俗か何かかな?

 そして、私は客引きの看板持ちだ。

 一瞬そう思ってしまったが、梶原君が横にいるところでそんなこと口にはできない。


「風俗か何かかな? 僕に指名はつかないでしょうが」


 梶原君がそれを言うのか。

 というか、そういう知識があるのか梶原君。

 なんとなく気まずい沈黙が漂う。

 頼みの綱の高橋部長も、顔を赤らめているばかりで何も言わない。


「良い子が入ったよ、そこの姉ちゃんどうって感じだね。梶原君だと指名がすぐ埋まるよ。なんなら私が指名しちゃうよ」


 沈黙を打ち破りたいのか、藤堂があえて下ネタを口にした。 

 すげえな、お前。

 勇気があるというか、品がないというか。

 まあ、藤堂はそういう女だけれど。


「……まあ、何かにつけ話題になれば、当日頒布物の売り上げも捗るということで」


 真面目に返してくれる梶原君。

 良い子だ。

 げし、と部長が藤堂に軽い蹴りを入れていた。

 その様子を彼は微笑ましく見つめている。


「……藤堂先輩、高橋部長と仲良いですね」

「うん、仲がいいよ。すっごい仲がいいよ」


 小さい胸を前に突き出しつつ、藤堂が返事をする。

 目はキョドキョドと泳いでいた。

 あれだ、返事はいいが動揺しているな。

 そういえば、藤堂と梶原君が話すのは初めてか。


「んーとね、中学生から一緒なんだ。千尋とは毎日絵を描いてるお絵描き友達で、お互いに名前で呼び合う仲だよ。千尋、初音ってね」

「それは微笑ましい。僕などは中学生時代に友達などいませんでしたから」

「あら、男の子同士の交流とかなかったの?」


 男の子の世界はよくわからない、と。

 藤堂が首を傾げる。

 彼女のぱっつん姫カットの黒髪が斜めに揺れた。


「クラスに男一人しかいませんでしたし、交流を持とうにも、他の男の子と言えば深窓の令息といった感じでしたからね。僕以外は常に習い事をしているため、放課後はどうも接触できない感じでした。僕みたいなアニメや漫画好きのオタクもいなかったですし……部にも入ってませんでしたから」

「あれ、梶原君は習い事とかしなかったの? そこで自然に他の男の子とは交流するでしょう。実際、お稽古事は男子の交流の場って聞くよ」


 世間にて、男の子はお稽古事をよくする。

 それはピアノやバイオリンであったり、バレエであったり、社交ダンスであったり。

 あれだ、男の子を産んで育てるとなれば、将来はどうせなら裕福な家庭に婿入りさせたいと親に望まれる。

 なれば息子が恥を掻かないようにと、幼い頃からお稽古事を学ばせることが一般家庭でも多い。

 他の貧乏な家庭との付き合いを、極力排除する目的もある。

 世間で良くいうところの「深窓の令息」であり。

 この工程を悪く言えば「出荷」とも呼ばれて社会で問題視されてもいるが。


「しましたよ。中学の終わりまで空手と柔道を。これも一応お稽古事と言えばお稽古事ですか。まあプロに習ったわけではなく地域の道場でですが」

「そりゃまた珍しい。ていうか、良く親御さんが許可したね」


 梶原君は本当に人と変わっている。

 手と手を合わせてイチャイチャしていた高橋部長いわく、手がゴツゴツとしていて、掌に豆があったとか。

 出会って数日も経たないが、おそらく梶原君はどの稽古事も真剣にやったのだろうなあ。


「どうせなら護身術を学びたいと母親に強請ったんです。ウチの母親は門限としつけに厳しい反面、まあやりたいことに関しては自由にやらせてくれるタイプなので。楽しかったですよ。さすがに大会などの出場は危険だと反対されてやれませんでしたが」


 まあ、本当に護身目的だったので大会には興味がなかったんですけど。

 それこそ本気で格闘技をやっている、才能のある男子には勝てないことも理解できていますし。

 僕は本当に運動神経がないので。

 ドッジボールとか死ぬほど大嫌いなので。

 そう梶原君は告げる。

 男子スポーツのレベルの高さは知っているので、運動神経がないなら厳しいだろうが良い身体をしているのに勿体ない。


「梶原君、さぞ女の子に人気があったろうね。空手や柔道やってる女の子にチヤホヤされてたんじゃないの?」

「それが、あんまり話したこともないです。さすがに更衣室が一緒というわけでもありませんでしたから、着替えて稽古が終わったら、すぐ家に帰ってしまいましたので」


 あれです、子供の頃の夢は友達とダベりながらアイスバー齧って帰ることでした。

 まあ僕にはそんな青春(アオハル)ありませんでしたけれど。

 少し寂しそうに語る彼がおいたわしい。


「まあ、部に入った以上はそんな機会もあるさ。締め切り前に原稿が終わったしね」


 藤堂が慰めるように呟く。

 そういえばそうだな。

 同人誌は即売会に直接搬入なので、自力で運ぶわけでもなし。

 それまで、やることないや。

 無事入稿が終わった祝杯として、部室で梶原君の歓迎パーティーでもするか?

 今まで話していなかった彼と関係を深めることに費やすのも悪くない。

 そんなことを企んでいると。


「一応聞くけど、梶原君って母親に同意してもらった? 『現代文化研究会』に入部すること」


 高橋部長が、ふと気づいたとばかりに口にする。

 眉を顰め、如何にも懸念であるといった表情をしている。


「わざわざ15の男がどこの部活に所属するか、親に言う必要があるんですか? 母親にオタクであることはバレてますし……」


 普通はないんだろうけど、そのうちどの部活に入ったぐらいは親から聞かれるだろう。

 予防措置として必要があるだろうな。

 SNSでこんないかがわしい写真を撮影して、売り子にする。

 そりゃ許可をもらう必要はあるだろうな、と考えてしまった。

 あれ、これ親から凄い反対されない?

 私が親だったら絶対こんな藤堂みたいな変態のいる部活に入るなというだろう。

 この瀬川などは素直にそう考えてしまう。


「……とりあえず、言った方がよいんじゃないかなあと。そう思うよ。いや、後で問題になったらアレだし」


 よくよく考えたら、私たち凄いことしていないか。

 人様の息子さんを入部させておいて、こんな風俗の指名写真みたいなのをSNSに載せようとしているんだぞ。

 絶対怒られる奴だぞコレ。


「心配ご無用ですが……まあ、それなら一応今晩話しておきますよ。この写真を見ても馬鹿笑いした後に『了承』の一言で片付くと思いますが」

「ええ……オタクに理解があるの?」

「全くないですね。多分アニメとか漫画とか全く興味がない人ですよ。まあ僕が見る分には自由にさせてくれましたけど……」


 駄目っぽくない。

 いや、駄目っぽいよコレ。

 私はエマと、藤堂は高橋部長と顔を見合わせて。

 とりあえず学校側に親から苦情が入って、教師に怒られる覚悟はしておこうと心に決めた。

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