第11話

 一瞬、ムッとなった雪奈はひとまず九十九を無視して君夜に話しかける。

「君夜、何で九十九と一緒にいるの?」

「え、ええ、それが……」

 何から話せばいいのか君夜は言葉を選んでいた。その様子に見かねたのか苛立ったのかは分からないが、隣にいた九十九が自分から話し始めた。

「話があったから待ってたんだよ。君夜と会ったのは偶然だ」

 雪奈は九十九を睨みつけた。刺すような鋭い視線が九十九の身体に突き刺さる。

「おいおい、落ち着けよ。何もお前と戦おうなんて思ってねえ。それでなくても今日は嫌でも化け物相手に戦わないといけねえんだからな」

 九十九はプラプラと手を振ると、下卑た笑みを雪奈に見せた。

  それでも雪奈はいつでも動けるように臨戦態勢を取っていた。九十九の言葉を一ミリも信じていない証拠である。

「それに用があるのはそいつだ」

 急に真顔になった九十九は勢いよく人差し指を向けてきた。

「てめえ、まさか今日の〈鬼溢れ〉にまで参加するつもりじゃねえだろうな」

  九十九が人差し指を差し向けた相手は、雪奈のスポーツバックを肩にかけていた竹彦であった。だが竹彦はさして動じることもなく平然としている。

「当たり前でしょう、竹彦は今までの〈鬼還し〉も討伐隊として参加していたのよ。今日の〈鬼溢れ〉も参加するに決まっているじゃない」

 当たり前のことを当たり前に言った雪奈に対して、九十九はふっと鼻で笑った。

「余所者の分際でか?」

「竹彦はもう余所者じゃないわ。今では立派な鬼啼島の住民よ」

 雪奈は視界に映っていた九十九の顔を思いっきり殴ろうとした。

  旅館「神風」で働いている人間は、血の繋がりがなくても雪奈にとっては家族と同じである。その家族を頭ごなしに馬鹿にされて黙っているほど雪奈は温厚ではない。

「お嬢……いいんです」

 雪奈が殴りかかろうとした瞬間、真横に伸ばされた竹彦の右手が雪奈の行動を制止していた。竹彦の大きな腕で遮られ、雪奈は攻撃のタイミングを失ってしまう。

 直後、竹彦と九十九の視線が綺麗に重なった。

「九十九君、確かに私は余所者です。しかしこの四年間、自分なりに島のためを思って生きてきました。それこそ、この島に骨を埋める覚悟はできています」

  年下の九十九に竹彦は深々と頭を下げた。それは余所者の自分を島の一員と正式に見てほしいという意思表示だったのかもしれない。

  その竹彦の姿をみた九十九は、口内に溜めた唾を地面に吐き捨てた。

「どうだかな。島の大人どもと違って俺は認めねえぞ。いくら母親がこの島の生まれだったからって一度は島を捨てたことには変わりねえんだ。そんな女の息子は信じられねえ」

 その言葉を聞いた瞬間、雪奈の堪忍袋の尾が一発でぶち切れた。

「九十九!」

 目の前にあった竹彦の手を払い退けた雪奈は、地を滑るような歩法を使って九十九に鋭い手刀突きを放った。

「おっと」

 顔面に向かって寸分の迷いなく突いてきた雪奈の手刀突きを、九十九は上半身を反らせることで難なく躱した。そしてそのまま振り返ると、捨て台詞とばかりに「あばよ」と言い残して九十九は一目散に逃げていく。

  徐々に小さくなる九十九の背中を睨みつけながら、雪奈がその場で地団駄を踏む。

「何なのあいつは? 人を馬鹿にしにきただけじゃない!」

「許してあげて、雪奈さん。九十九君も雪奈さんや竹彦さんに悪気があってあんなことを言ったんじゃないと思うの」

 地団駄をピタリと止めた雪奈は、苦笑している君夜の顔を見た。

  一瞬、君夜が何を言っているのかがよくわからなかった。先ほどの九十九の態度は誰が見ても悪気に満ち溢れた行為である。

  すると君夜が雪奈の耳元で囁いた。

「九十九君ね……雪奈さんのことが好きなのよ」

「はあ?」

 思わず頓狂な言葉を発してしまった雪奈だったが、それだけ君夜の口から出た言葉は強烈だった。とんでもない悪い冗談だ。

「うふふ、いつも雪奈さんと一緒にいる竹彦さんが九十九君には羨ましいのよ。だからああやって竹彦さんを目の敵にするような行動や言動を取ってしまうのね。でもね、それは雪奈さんの意識を自分の方に向けたいからなのよ」

 雪奈は大きな溜息を吐くと、九十九が消えていった道に視線を向けた。田んぼと石垣に挟まれた小道が夕陽によって真っ赤に染まっている。

(九十九が私のことを好き? 冗談じゃないわ)

  武舎九十九という人間は、普段から父親の跡を継いで鬼啼島の漁業組合の長になると息巻いていた男であった。そんな九十九を猟師たちは有望株として扱っているらしいが、それはあくまでも猟師の腕前だけを見た場合である。

  商店街地区や温泉街地区の人間たちから見れば、九十九は性格に難がありすぎとの酷評であった。それは雪奈自身も心の底から同意している。

  九十九は身体的には強いが、精神的には幼稚な面が見られる。常に弱い人間を見下し、自分の力を誇示したがる。そんな人間は生理的にも感情的にも好きにはなれない。

「冗談でもそんなこと言わないでよ。寒気がするわ」

 自分の身体を抱きしめるような格好をした雪奈は、ブルッと身体を振るわせた。

「私も本人から直接聞いたわけじゃないけど、さっきの九十九君の反応を見るとやっぱりそうなんじゃないのかしら」

「それは完全に君夜の気のせいよ」

 恋愛事情に人一倍興味がある君夜の性格はよく分かっているが、大抵は君夜が見立てた男女の恋愛は見当外れなことが多い。あえて今までそれは口にしなかったが、自分と九十九が勘違いされたとなると無視はできない。近いうちに忠告しておこう。

「ともかく、九十九のことはこの際どうでもいいわ。それよりも今日のことよ。君夜、集合場所は九頭竜神社でいいのね?」

「ええ、お父様が午後十一時までにと」

 雪奈は頷いた。普段はそれぞれの担当区域から指揮を取る人間の判断で〈鬼還し〉を行うのだが今日限りは特別である。

  神社に集合するのは〈鬼溢れ〉に関する説明が君夜の父親である秀柾から伝えられるからだろう。何せ三十年に一度の周期で訪れる〈鬼溢れ〉をよく知らない人間が多い。それだけ島の人口が減ってきていると考えると、雪奈は少し寂しい気持ちになった。

  この島は特殊な環境から過疎化の心配はあまりなかったが、少子化の問題は他の地域に比べて切実であった。島外からの居住者を認めないとなると、やはり普通の方法では種を繁栄できなくなる。あまり大っぴらに口にすることではないが、身内同士で婚姻を結ぶということも昔は盛んだったらしい。

  その理由の一つに、能力が色濃く受け継がれるということもあった。

  力を持った血の繋がりがある男女から生まれた子供は、驚異的な能力を兼ね備えて生まれてくる。しかし近代になると道徳の倫理に反するということで近親婚はなくなった。

  もしかすると君夜が他人の恋愛に人一倍興味を示すのは、そういった誰よりも島の存続を考えているからかもしれない。

 雪奈は君夜のか細い手を握ると、笑みを浮かべて歩き出した。

「とりあえず、うちで御飯にしましょう。それから今夜のことを考えても遅くはないわ。竹彦もよ。九十九の馬鹿のことは忘れて今夜のことを第一に考えてちょうだい。あんたが卑屈になることなんて何もないんだからね」

「分かりました、お嬢。ご心配をおかけしてすいません」

 雪奈のちょっとした気遣いが嬉しかったのか、竹彦は照れ臭そうに頭を掻いた。

 それから三人は旅館「神風」へと足を運んだ。夕食を食べて風呂に入り、英気を養った頃には夕闇が島中を覆いつくしていた。

  そうこうしている間に時刻は午後十時を少し回っていた。

  時刻を確認した三人はそろそろ神社に赴こうと重い腰を上げ玄関に向かった。そこでようやく番頭の源五郎から雪奈たちに情報が伝わった。

  見慣れぬ外国人の二人連れが島中をうろつき歩いているという情

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