【完結】鬼の啼く島 ~私たちの住んでいる場所は、海と山に恵まれた魔物が出るだけの離島です~
岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう)
第1話
漆黒の夜空に星の輝きを掻き消すほどの極光が広がっていた。
だが、太陽の光のように生命を育む力は感じられない。それどころか、見続けているだけで逆に生命の力を奪い取られるような寒々しい感覚に襲われてしまう。
時刻は深夜。零時を少し回った辺りである。
「ほら、祖父さん。始まったよ」
居間の窓を開けて空を見上げていた五十代の女性は、極光を確認するなり同じく居間にいた老人に声をかけた。
「もうそんな時間か」
老人は自分の禿頭を平手でピシャリと叩くと、窓から女性と一緒に空を仰いだ。
「米子さん。組合長から連絡はきたのか?」
「たった今連絡がありましたよ。もうほとんどの人が集まっているから祖父さんも早く準備してくれって」
老人は深々と溜息を漏らした。
「じゃあ、浜中さんところに連絡して車を出してもらってくれ。どうも最近は腰が言うことを聞かなくてな」
腰に手を当ててゆっくりと上半身を反らせる老人に、米子は「もうしましたよ」と言って奥の部屋へと消えていく。
米子が奥の部屋へと姿を消すと、居間の電話が鳴った。
老人は重い腰を上げて立ち上がり、甲高いベル音を発している電話が置かれている場所まで移動した。緩慢な所作で受話器を取る。
『こんばんは。こちら「神風」の雪奈です。左衛門さん、準備できました?』
受話器から聞こえてきたのは少女の声であった。まだ十代の若々しい声質で、受話器越しでもあどけない印象が窺える。
「雪奈か? すまんな遅れて。どうも最近身体の調子が悪くてな」
『でしたらまたうちに来てください。うちの温泉に浸かれば腰痛も和らぎます……と、世間話に花を咲かせたいのも山々なんですができれば急いでくれませんか。商店街地区の責任者は左衛門さんなんですから現場にいてもらわないと困ります』
「分かった。今すぐ行くと皆にも伝えてくれ」
そう言って左衛門は電話を切ると、ちょうど奥の部屋から米子が出てきた。長い棒が包んでいるような風呂敷包みを抱えている。
「今の雪奈ちゃんですか? ほら、あんまり祖父さんが遅いから心配してるんですよ」
米子は悪気のない皮肉を口にすると、左衛門に風呂敷包みを手渡した。
「そう年寄りを虐めんでくれ。ここのところ毎日だったから老体には堪えるんだ」
左衛門は米子から受け取った風呂敷包みを勢いよく剥ぎ取った。
米子から渡された風呂敷包みの中身は、狩猟用の猟銃であった。頻繁に使用しているのだろう。細部までよく手入れが行き届いている銃身には無数の傷が目立っている。
「祖父さん。ただでさえ遅れているのに悠長に構えている場合ですか」
左衛門は使い慣れた猟銃を構えながら、倍率スコープ越しに窓の外を見ていた。
「確かに……悠長に構えている場合ではないな」
五十メートル先の対象物も視認できる倍率スコープを通して、左衛門の視界には夜空を旋回する魔物の姿が映っていた。
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