第14話
島全体に激しい地震が訪れた直後、森の中を彷徨っていた外国人の二人組みは身近な樹木に捕まって転倒を防いだ。頭上から木々の葉が雨のように舞い落ちてくる。
「何だってんだ、チクショーッ!」
ピンハートは後頭部を押さえながら近くの樹木に蹴りを入れた。
八つ当たりであった。ピンハートは昨夜から歩き回って疲れていたので、近くの樹木に背中を預けて一休みしようとした。
だが運の悪いことに背中を預けた瞬間に地震が起こり、樹木に対して後頭部が熱烈なキスをかましたのである。
別にそれは樹木のせいではなかったが、地震に八つ当たりなどできるはずもない。なので仕方なくピンハートは樹木に蹴りを入れて鬱憤を晴らしたのだ。
そんなピンハートにケリーは乱れた前髪を整えながら戒めた。
「油断しているからそんな目に遭うのよ。逆にいい経験をしたと喜びなさい」
ケリーは樹木に突き刺していた〈ハルバート〉を引き抜くと、瞬時に携帯できる長さにまで縮小させた。
樹木に後頭部をぶつけたピンハートとは違い、ケリーは平衡感覚を崩されるや否や〈ハルバート〉を近くの樹木に突き刺して転倒を回避していた。
「仕方ねえだろ。あんたと違って俺の相棒はこういうときには役に立たねえんだから」
まだ痛みが残る後頭部を擦りながら、ピンハートは愚痴を溢した。
「言い訳はしない方がいいわよ。余計みっともないから」
ケリーは唇を尖らしているピンハートから夜空へと視線を転じた。夜空には極光のように輝く紫色の光が現れ、島全体を包んでいる異様な光景が広がっている。
「どうやら、見て見ぬ振りもできそうにないわね」
ケリーに続いてピンハートも夜空を見上げた。ヒュ~、と一度だけ口笛を吹く。
「らしいな。でもこりゃあ凄え。ローマのよりも数十倍はでけえ〈領域〉だぜ」
「そうね」とケリーは同意した。
この二人がイタリアから日本へとやってきたのは、〈フリークス〉と呼ばれる魔物の調査のためである。
事の発端は約十年前。
イタリアには今でも古代ローマ時代の建造物が多く残っており、その建造物の中でも代表的な観光名所として有名なのが『コロッセオ』である。
直径が百八十八メートル、短径百五十六メートルの楕円形の『コロッセオ』は、高さが四十八メートルもあり約四万五千人を収容した巨大建造物。そして初期においては競技場に水を張り、海戦を模した戦いを劇として上演していたという。
だが、この『コロッセオ』は中世になるとローマ教皇ベネディクトゥス十四世により神聖な場所として保存されることになった。
その『コロッセオ』に異変が起こったのが約十年前であった。
ある日、聖地としても有名だった『コロッセオ』の中心に巨大な黒光りする柱が現れて〈フリークス〉と称された魔物が出現したのである。
イタリア政府はすぐに事態の究明に乗り出した。しかし一向に解決の糸口は掴めず、近代兵器で武装させた兵士を送り込んでも悪戯に犠牲者が増えるばかりであった。
だからこそ、翌年に政府から直々にカトリック教会に権限が譲り渡された。
〈フリークス〉と称した魔物の討伐をである。
それからはカトリック教会に秘密裏に設立された〈フリークス〉殲滅部隊『タダイ』と、〈フリークス〉との熾烈な戦いが繰り広げられた。
日付が変わる午前零時になると出現する〈フリークス〉との戦いを続けていくうちに、カトリック教会は世界中にも同様な事件が多発しているとの情報を掴んだ。
直ちにカトリック教会は世界中に出現した〈フリークス〉の調査に踏み切った。そしてその海外調査人に選ばれたピンハートとケリーは、歴史的にも中国と並んで不思議な逸話や伝説が数多く残っているこの日本へとやってきたのである。
ただし、それらはあくまでも調査が主であった。
わざわざ他国の〈フリークス〉と戦う事情などなく、それにも増して〈フリークス〉と戦う人間はそれなりの実力を持っている貴重な人材に限られる。
なので海外調査人が他国で〈フリークス〉と戦うのは論外であった。
〈フリークス〉の情報を掴んだら速やかにその場を離れて戦闘は避けること。これがカトリック教会より海外調査員人に念を押された絶対条件であった。
しかし、厳密にはそうも言っていられない。
「だったらさっさとこんな島からオサラバしようぜ」
夜空を見上げながら鼻をひくつかせたピンハートは、その異常嗅覚を使ってこの世に存在しない魔物の匂いを敏感に嗅ぎ取っていた。
「そうしたいけど、まだ本格的に調査をしていないわ。それにこのままじゃ帰れない」
夜空を見上げていたケリーは、いつの間にか視線を落として森の奥を一瞥していた。
次の瞬間、ケリーの〈ハルバート〉が一瞬で一メートルほどの長さにまで伸びた。先端の穂先が怪しく輝いて見える。
「……だろうね。すまねえ、ただ言ってみただけだ」
上着を颯爽と翻して腰に隠していた〈マテバ6U〉を取り出すと、ピンハートはケリーが向けていた視線の先に銃口を向けた。
刹那、静寂に包まれていた森の中に耳朶を刺激する二発の銃声が轟く。
「大ヒット! それもど真ん中だ!」
遠くから獣の咆哮が聞こえてきた。悲鳴と言い換えてもいい。銃を撃ったときの反響音に混じり、深手を負った際に上げる獣声が聞こえてきたのである。
「あんまり油断しないことね。足元を掬われても知らないわよ」
〈ハルバート〉を両手でしっかりと握り、ケリーは矛先を森の奥へと向けた。
周囲の空気が異常に張り詰めてきた。空気にも重さがあるというが、人間はそれを肌で感じることはできない。
だがここは違う。圧縮された空気が頭上から重く圧し掛かってくるようだ。
ケリーとピンハートは夜空に紫色の極光が出現したときから理解していた。現状がもはや戦う以外の選択肢しかないということに。
そんな覚悟を決めていた二人の前に、その覚悟を試すかのように二つの黒い影が森の奥から飛び出てきた。
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