第24話

  雪奈と竹彦は君夜たちと別れた後、目的の場所を目指して移動した。だが、どんなに急いでも走りでは時間がかかってしまう。

  そこで雪奈たちは悪いと思いつつも、しばらく進んだ先にあった公民館から一台のスクーターを拝借した。そして竹彦が運転するスクーターは目的地へと進んでいく。

  時速40km/hで走っていたスクーターが商店街地区へと辿り着いたとき、何人かの管理組合の人間と出会った。

  管理組合人の話によると、〈鬼溢れ〉が始まってから今まで二十匹近い〈鬼〉たちを還してきたらしい。その中で危険な中型タイプの〈鬼〉に遭遇した数は七匹程度。つまり中型タイプの〈鬼〉に限っては雪奈たちが最も多く遭遇していたことになる。

  管理組合の人間たちと互いの情報を交換すると、再び雪奈はスクーターを運転していた竹彦に目的の場所へ向かうように指示した。

  数分後、二人の人間を乗せたスクーターは商店街地区の一角で停車した。二人の目の前には細く長い階段が続いている。

「さあ、急ぎましょう」

 スクーターから颯爽と降りた雪奈は、持ち前の俊足を駆使して階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。無論、竹彦も雪奈に話されないように足を動かす。

 五十段程度の階段を上がり終えると、まず雪奈が周囲の状況を把握した。

 目と鼻の先には小さな公園がある。子供の頃に君夜と遊んだ公園であり、昨日も〈結界柱〉に向かう途中に通り過ぎた公園だ。

 だが雪奈たちの目的の場所は公園ではない。先ほどまで天まで届く光を放っていた〈結界柱〉が点在する場所であった。

 早く〈結界柱〉の元へ行こう。

  そう雪奈は自分に言い聞かせていたのだが、決意した意志とは裏腹に何か嫌な予感が全身を駆け巡る。まるで皮膚の下に一匹の虫が張り込み、縦横無尽に暴れ回っている奇妙な感覚だ。本当に嫌な感じである。

 それでも引き返すという選択肢は残されていない。雪奈は合気柔術で培った呼吸法で心身をリラックスさせる。すると次第に緊張という名の鎖は千切れていった。

 よし、もう大丈夫。気合を入れ直した雪奈は再び〈結界柱〉目指して歩き出す。

  やがて左手側に小さな公園が見えてきた。もちろん雪奈と竹彦はその公園を無視して通り過ぎようとした。

  しかし、雪奈が何気なく目線を公園の中に向けたことで状況が一変した。

  雪奈の足が公園の入り口で止まったのだ。それに続いて竹彦も両足の動きを止める。

「どうしました?」

 竹彦が前方に佇む雪奈に声をかけると、雪奈の視線が公園内に向けられていることが分かった。それもある一点に目が釘付けになっている。

 竹彦は雪奈の視線の先を目で追った。雪奈の視線は公園内の隅――小さなブランコに合わせられているようだ。

「……あれは?」

 そこでようやく竹彦も気がついた。鎖で吊るされた二つの踏み台の一つに、誰かが腰を下している。

  誰かまでは判別できなかった。この公園には外灯が一つしかなく、その外灯は雪奈たちが立ち止まっている入り口の近くにしか配置されていなかったからだ。

  そのため、公園内の一番隅の位置にあったブランコまでは光が届かない。ぼんやりとした輪郭から何となく男性だということは判断できたが。 

「おーい、こんなところで何をしている?」

 竹彦はブランコの踏み台に座している人間に声をかけた。

  だが件の相手から返事はない。何かしらの反応も示さず、顔を地面に向けているのみ。

「お嬢、ちょっと見てきますね」

  竹彦は雪奈に猟銃を預けると、公園の片隅にあるブランコに近づいていく。

  本当ならば懐中電灯の光で誰かを確認したかったのが、生憎と懐中電灯は二手に別れた際に君夜に渡して今は持っていなかった。

  なので早々に相手を確認する必要があった。 

  当然である。多数の〈鬼〉が島内を徘徊している夜に、何の武器も持たず単独行動をするなど自殺行為も甚だしかった。そんなことは余所者の竹彦でさえ理解している。

  本当に誰だろう? 竹彦は目を細めながら慎重にブランコへと歩いていく。そして竹彦と踏み台に座っている人間との距離が五メートルまで縮まったときだった。

 不意にブランコの踏み台に座っていた人間が立ち上がった。

 それだけではない。件の人間は竹彦の元へ歩み寄ってきたのだ。

 大方、自分の所属する組から離れてしまったのだろう。そう思ったからこそ、竹彦は相手の素性も確かめずに声をかけようとした。

「おい、こんなところに一人でいると危険だぞ。早く自分の組に帰りなさい」と。

 しかし、竹彦の言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 なぜなら、件の人間は竹彦の眼前で瞬時に消え失せたからだ。ぼんやりと浮かんでいた人間の輪郭が周囲の闇と同化するように一瞬で掻き消えたのである。

 当然、戸惑いの色を浮かべた竹彦はその場に立ち尽くした。

 怪奇現象である。目の前の人間が一瞬で消えるなんてありえない。それに竹彦は一秒たりともその人間に目を背けてはいなかった。ならば絶対に見失うはずはない。

「竹彦っ!」

 そのときである。

 入り口付近で待っていた雪奈が竹彦に向かって高らかに叫んだ。竹彦は何事かと思い振り向こうとしたが、雪奈の叫びの意味を本能で理解した。

 竹彦は咄嗟にその場から真横に跳躍した。何とか受身を取りながら地面を転げ回る。

 直後、竹彦が立ち止まっていた場所に〝何か〟が落下してきた。

 最初は飛行タイプに属する〈鬼〉かとも思ったがそうではない。

「あんた……こんなところで何をしてるの?」

 雪奈は疑問や動揺、驚愕や焦燥などの様々な感情を込めて〝何か〟に言った。一方、竹彦は目眉を細めながら〝何か〟の様子をしきりに窺っている。

 武舎九十九。

 〝何か〟の正体は誰であろう金色の髪が特徴の九十九であった。

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