第9話
ピンハートのアタッシュケースには一丁のリボルバーが収められていた。
〈マテバ6Unica〉。
銃身の跳ね上がりを抑えるためにシリンダーの一番下の弾丸を発射するという構造の〈マテバ2006M〉の改良型であった。
この銃はオートマチック機構を備えている珍しいリボルバーとして知られている。
別名、オートマチック・リボルバー。
初弾をダブルアクションで発射することにより、その反動でハンマーを自動的に引いてシリンダーを回転させるのが特徴だ。また引き金が自動拳銃並みの軽さにすることで命中精度を飛躍的に向上させた銃として知られていた。
「いい加減、そんな珍銃じゃなくて本格的なオートマチックにしたら? いくらオートマチック・リボルバーといっても装弾数は六発だけなんでしょ?」
ケリーの呆れた声にピンハートが首を横に振った。肩をすくめ、両手を広げて「分かってないな」といった顔で嘆息する。
「そこがいいんじゃないか。たった六発の弾丸に命を懸ける銃使いの性。う~ん、これは女性には分からないのかね」
そんなものは分かりたくもない。ケリーは愛銃にキスをしているピンハートを無視して自分のアタッシュケースを開けた。
数瞬後、虚空にカシュンという金属音が鳴り響く。
「おいおい、前から言っているがいきなりはやめてくれよ。俺の大事な愛銃で反撃するところだったじゃないか」
ピンハートが〈マテバ6U〉を額に当てると、右手を薙ぎ払ったような状態で静止しているケリーを見つめた。
ケリーの右手にはいつの間にか金属製の槍が握られていた。
全長はおよそ二メートル。余計な装飾品は一切なく、金属製の柄の先端についていた穂先は漆黒の闇さえも切り裂かんばかりに白銀に輝いている。
「あら、ごめんなさい。私の〈ハルバート〉はこうしないと使えないのよ」
ケリーは自分の身長よりも遥かに高い〈ハルバート〉を両手で握った。そして自分の相棒の感触を確かめるために歩き出す。
ピンハートが黙って見守る中、不意にケリーは立ち止まる。
刹那、ケリーは全身の筋肉を効率よく使って〈ハルバート〉を振り始めた。
全長約ニメートル、重量四キロの〈ハルバート〉が虚空に向かって神速の速度で突き放たれていく。それも突きだけではなく、払い、薙ぎ、などの技術も使われ、まるでそこに攻撃すべき対象がいるような現実感があった。
だが、ケリーの仮想敵手は決して人間ではない。
「もうそろそろいいんじゃないの。十分に相棒の感触は確かめられただろ?」
ピンハートの言葉にケリーの動きがピタリと静止した。
何故か真上に向かって突きを繰り出したケリーは、少しだけ乱れた呼吸を整えるために一度だけ深呼吸をする。
次にケリーは握り締めていた柄の部分を反時計回しに回した。二メートルもあった長槍の〈ハルバート〉が金属音を響かせながら縮小していく。
ピンハートが口笛を吹いてその様子を見ていると、あっという間にケリーの〈ハルバート〉は五十センチほどに縮小した。穂先は柄の内部に完全に収まり、傍目には単なる金属の棒にしか見えない。
「いいねえ、アンタの〈ハルバート〉は持ち運びも使い勝手も最高だ。それに使う人間がまた凄腕ときてる」
「だったら貴方も銃なんて止めたら。銃なんて弾丸が切れたらお終いでしょ?」
チッチッチッ、と舌を鳴らすと、ピンハートは〈マテバ6U〉をメトロノームのように左右に動かした。
「そうならない前に仕留めればいいだけの話さ。問題ないね」
「ぜひ、そうして欲しいわ。ただでさえ貴方の使う弾丸は特別なんだから気をつけてよ。無駄弾を撃つとロイド司教に怒られるのは私なんだから」
ケリーは縮小させた〈ハルバート〉をベルトに装着させた。
腰の横にぶら下げられた〈ハルバート〉は、一見すると何だか分からない。事情を知らない人間はアクセサリーの一種だと思うだろう。
「大丈夫、俺の腕前は最高だ。その証拠に今まで無駄弾を撃ったことなんて一度だってないだろ?」
ピンハートは最後にもう一度だけ〈マテバ6U〉のシリンダー部分にキスをすると、スーツの上着を颯爽と翻した。そして腰の後ろのズボンに〈マテバ6U〉を突っ込み、襟元を正して平然を装う。
「ところでこの島に居座るっていてもどれくらい居座る気だ? 聞くところによると、この国はひどく閉鎖的で外国人を見るだけで大慌てするらしいじゃないか」
ケリーは空になった二つのアタッシュケースを船内に放り込むと、身分が明らかになるようなものが船内に残っていないかチェックした。
「貴方の言葉には語弊があるわね。都会ではそうでもないけど、このような閉鎖的な場所では一層それが強いと聞いたことがあるわ」
船内チェックを終えたケリーは話を続ける。
「だからといって調査もせずに帰ると二度手間になる可能性がある。そうならないようにも二、三日だけ様子を見ましょう。あくまでも私たちが日本に来たのは〈フリークス〉調査のためなんだから。それに、何かあっても私たちが出る必要はないしね」
「出る必要があるのは自分の身に危険が迫ったときだけってことか」
「その通りよ」
ケリーとピンハートは浜辺を出るためにコンクリートの階段を上がった。道路沿いの歩道へと躍り出ると、ピンハートが一度だけ口笛を吹く。
「見事に何もねえな」
ピンハートの言うとおり、辺りには人間の姿どころか民家もなかった。
あるのは車が一台も通らないアスファルトの道路と、金網フェンスの向こうに延々と広がる薄暗い山林だけである。
「取り敢えず周囲の状況を把握しながら人がいる場所まで歩きましょう。幸い私も貴方も日本語はできる。この国は言語が統一されているから不自由はないでしょう」
ケリーとピンハートは横一列に並びながら歩道を歩いていく。
このとき二人はまだ知る由もなかった。
明日が三十年に一度の周期で訪れる大厄災――〈鬼溢れ〉の日だということに。
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