第32話 鉄子と心揺れる彼女との関係。



「私たちを狙う敵の数が増えている形跡があると……?」

「斥候部隊の報告から推察すると、どうやらそのようです。正確な数は掴めておりませんが」


 斥候部隊の報告を確認した指揮官の騎士はレティにそう伝えた。


「いったい、どちらが動いているのかしら?」

「そこはまだ不明です」


 移動中のレティたちを狙う可能性が高いのはイースター王国か、カンク・トール・エックス王国か、そのどちらかである。


(国境の橋の一件がある。ケイコ教国の可能性も捨て切れない……とはいえ、ケイコ教国からはすでに遠く離れたのも事実……あの橋も復旧には時間がかかるはず……)


 レティは相手よりも、その数へと思考を切り替えた。


「いったい、なぜ増やそうと考えたのかしら……?」

「こちらの夜襲への備えが完ぺきだから、ではないかと愚考いたします」

「……ああ、そういうこと。勇者ノゾミさまの防壁があるから……」


(夜襲ならば不意打ちでひと当てして逃げる、という嫌がらせもできる。往路は何度もそれに対応させられたもの。それがノゾミさまの防壁で難しくなったから……襲撃のための部隊を増やそうと……でも、おかしいわね……)


「しかし、どういうつもりかしら? 人数を増やしたからといって、この防壁を破ることは難しいでしょうに」

「夜襲ではなく、明るい時間の、我々の移動中に襲撃をかけるつもりではないでしょうか。どうしても隊列は伸び、守りは薄くなりがちですので」


「……それをやるということは、互いに正面から戦うということになります。嫌がらせや妨害の範囲を超えてしまうわ」

「何を考えているかまでは分かりませんが、日中の警戒をこれまで以上に強める必要はあります。いつ襲撃されても陛下を守らなければなりません」


(敵対的な行為が誰によるものか、はっきりと分かった場合、その後の対応も大きくなるというのに……まさか、大きな戦争を狙っている? 私を狙うのはそのきっかけづくりという可能性も……)


 レティはペンドリーノ平原における大戦の可能性まで考えたが、それはレティ自身の身を守ることで防げるとも思った。

 ただ、本当に狙われた場合、紛争は防げないだろう。報復を避ける訳にはいかない立場なのだ。

 これ以上は、いくら考えても、何の証拠もない今は答えが出ないだろう。


「それは……そうですね。分かりました」


「では、そのように対応しますが、もっとも重要なのは陛下と……勇者さま、になります。ただし、カンク東王国の騎士や兵士だけで固めていては限界があるのです」


「そうね……」


 レティは冷静に考える。

 シンサ・カンク・センラ連合王国は3つの王家が連合して生まれた国である。その中で、カンク東王国はもっとも小さい。

 なぜなら、元々のカンク王国が、カンク・トール・エックス王国と分かれたものだからだ。


 シンサ王国とセンラ王国からの騎士や兵士を排除し続けた結果、レティとのぞみを守る兵力が少なくなるというのは当然なのだ。それでは守れない可能性があると指揮官は判断していた。


(『土魔法』の使い手の勧誘にいくつか部隊を割いたのは急ぎすぎたかもしれない。いえ、今さらそれを言っても仕方がないこと……。命と秘密……その選択になるとすれば答えは決まっている。秘密を守って死ぬというのは……この場合にはあてはまらないもの。ノゾミさまが勇者であると王家に知られたとしても、そこからの政治的な交渉は不可能ではない。どれだけ多く、ノゾミさまからの恩恵をカンク東王国で受けるか、王家への恩恵をどれだけ減らせるか、という話になるだけ。ノゾミさまを連れ帰ったのは私なのだからそこは譲れない。ただ……周囲にカンク東王国以外の者が近づくならば、ノゾミさまには今よりも気を配るようにしなければ……)


 レティにはシンサ・カンク・センラ連合王国の王家の一員であるという意識は薄かった。王宮での第3妃と生母だった第2妃との確執のせいである。

 レティにとっては隣国よりも、首都の王宮の中で敵を感じることが多かったのだ。


 逆にカンク東王国の者は、女王として自分たちの頂点に立った幼いレティへの同情と、レティに流れるカンク王国の王家の血を尊重していた。

 レティも尊重されていると感じ、カンク東王国のことを大切に思っている。

 大切にされてこそ、相手を大切に思うものなのだ。


 ペンドリーノ平原の3国のうち、イースター王国はケイコ教国からの、カンク・トール・エックス王国はトリオ・グランデ・ヴィスコンティ帝国からの圧迫を受けている。いわゆる外患だ。


 それに対して、シンサ・カンク・センラ連合王国は、その成立過程を原因とする、内部分裂にも似た国内の勢力争いがある。つまり内憂だ。


 それでいて、ペンドリーノ平原に覇を唱えんと互いに争っているのだからどうしようもない。対立というものは、そうだと分かっていても、どうすることもできないものではあるのだが……。


「……戦闘に関するところはあなたに任せます。頼りにしていますよ」

「はっ。お任せ下さい。それと……襲撃を受けた場合には勇者さまにもご協力を願いたいのです」


「……ノゾミさまに、とっさに防壁を?」

「そうです。野営用の大きなものでなくとも構いません。あの半分以下、4分の1でもいいのです。陛下と勇者さまの周囲を固めることが重要なので」


「明日、馬車の中ですぐにお願いしておきましょう」


 レティはそう約束した。


 何も問題はない。そもそも使者としてのレティの安全を守れるだけの兵力は用意しているのだ。レティは無事に帰国できると信じていた。






 そこから数日、基本的にはいつもと変わらない行軍が続いた。


 ただ、馬車の中でレティがのぞみに見せてもらえるNゲージの車両がどんどん増えていった、という変化はあった。


 のぞみも新たな車両を紹介して説明することをとても楽しんでいた。


「これは285系電車、『サンライズ出雲』または『サンライズ瀬戸』です」

「まあ、窓が上下にふたつ……ということはこれも二階建て車両ですか?」


「そうですね。ダブルデッカー……二階建て車両のひとつです。しかもこれは……個室の寝台車でもあるんです」

「え……? 個室、ということは、この前、見せて頂いた2段ベッドが4人分で一組となる寝台車とは違って、一人ひとりに部屋があるということでしょうか?」


「はい。ただ、そんなに広くはないんですケドね。中を見てみてください」

「……確かに壁で区切られていますね。個室寝台とは……素晴らしい。名前がふたつあるのはどうしてなのでしょう?」


「それは、285系電車の行き先が2か所あるからなんです。中国地方の島根県、出雲市駅を目指す方が『サンライズ出雲』で、四国地方の香川県、高松駅を目指す方が『サンライズ瀬戸』になります。岡山駅までは連結していて、そこで切り離して別の路線へ向かうんですよ」


「なるほど……ノゾミさまもお乗りになったことが?」

「ないんです……乗ってみたかったですケド……」


 一瞬でのぞみの表情が曇る。


(いけません。ノゾミさまのお顔が悲しそうになってしまいました。話題を変えなければ……)


 レティは慌てて話題を変えた。


「これは寝台車であるのに、色が青くないのはどうしてなのでしょうか?」


「あ、そこですか。一般的な寝台車というのは、ブルートレインですケド、アレは夜のイメージでの青いカラーリングなんですよ。このサンライズは夜明けのイメージでのカラーリングだと言われてますね。あとは……本当かどうかは分かりませんケド、ブルートレインは客車で、サンライズは電車ですから、国鉄時代からのL特急のイメージに寄せたのではないかとも考えられます」


「エルトッキュー……」

「あ、まだお見せしたこと、ないですね。今度、取り出してみましょうね」


「はい。楽しみにしております」


 レティはのぞみに見せてもらった寝台車というものをとても気に入っていた。それは、のぞみが寝台車のことが大好きで、一生懸命、語る姿が可愛らしいから、ということも要因だった。


 だが、それだけではなく、レティは寝台車があれば行軍時に兵士たちがゆっくりと体を休めることができると考えていたのだ。

 3国が覇を争う地域に生まれた王女にして女王というレティだからこその視点によるものだった。


 また、それは、今回のケイコ教国への使者としての旅が辛かったということも影響していたのだろうと思われる。


(まるで夢のよう。ノゾミさまの『鉄道』を実現できれば、本当にペンドリーノ平原を制することも可能なのかもしれません。ノゾミさまは……そのようなことをお望みにはならないでしょうけれど)


 レティはのぞみを勇者として利用しようとする王女や女王としての自分と、ただのぞみを大切に守りたいと思う庇護者としての自分との間で揺れていたのだった。





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