第39話 鉄子は彼女と楽しむ。



 レティは自室へと戻ってきた。


 ばっさりと話を切った外交補佐官はまだ王宮内の客室にいるらしいが、レティは放置する気満々なので気にしていない。そもそも、第3妃のせいでいろいろと関係は悪化しているのだから、レティにとっては今さらなのだ。


 自室へと入ると、レティは侍女――のフリをしている――の、のぞみを振り返った。


「ノゾミさま! あちらのお部屋にお邪魔してもよろしいですか?」

「あ、もちろんです、レティさま」


 のぞみに否はない。そもそも、のぞみはレティに保護されている身なので、レティの思うままにふるまったとしても気にならないとも言える。


 レティは女王で王女の仮面を外そうとしていた。


「……では、あなたたちはこちらで控えているように」


 のぞみ以外の、本物の侍女たちが無言のままで頭を下げて、レティとのぞみを見送る。

 レティとのぞみはそのまま、隣の部屋へとつながるドアを開いて、ふたりでその中へと入っていった。


 実はその部屋が……レティの夫となった人とレティが夜をすごす寝室にあたる部屋だということをのぞみは知らない。

 そして、そのさらに隣の、のぞみに与えられている部屋が本来ならばレティの夫となる人の部屋になるべき場所だということも……。


 侍女たちは知っているけれど、それをのぞみには伝えていない。もちろん、レティとのぞみの関係を誤解してもいない。ふたりは健全な関係だと理解している。


 何より、レティがその年頃らしい笑顔を見せるのはのぞみの前だけだということを、侍女たちは誰よりも知っていたのだ。だから、これでいいと思っていたのである。






 ふたりだけで続き部屋へと入ったレティは、のぞみを振り返った。


「もう、そのカツラを外してもいいのよ、ノゾミ」

「そうだね、外そっか」


 のぞみはレティの言う通り、金髪カツラを外して、隠していた黒髪をがしがしと梳いた。今、ここにはふたりだけだ。


「それで、どんな感じになったの?」

「あ、うん。こっち。見てもらったら分かるよ。山を登るためのスイッチバックなんだケド……」


 のぞみが案内する壁際には、大きなジオラマが作られていた。

 そこには、夫婦の寝室用の部屋として本来あるべきキングサイズのベッドの代わりに、そんなものがあったのだ。


「まあ……自然豊かな森が広がる山を走る鉄道……素敵……」


 ……レティはすっかり、のぞみに染められていた。もはや『鉄子』と呼んでもいいのかもしれない。


「イメージとしては出雲坂根スイッチバックっていって、木次線って路線なんだケドね。こうやって……」


 のぞみが魔力をNゲージに込めて、青と白のカラーリングの車両を動かす。のぞみも魔力の操作に慣れて、前進、後退、加速、減速など、今ではNゲージを思いのままに動かせる。


「まあ! ポイントの切り換えと進行方向の変化で、このように登っていくのですね。なるほど、これなら鉱山の方でも敷設できる可能性が……」


 ちらりと為政者としての顔をのぞかせながら、レティはスイッチバックを前後に動いて登っていく車両をうっとりと見つめる。


「素敵ですわ、この車両。青と白の絶妙な混在……乗ってみたいと思わせるシンプルな美しさ……」


「レティが好きな感じだと思ってた! あー、これねー。実は別の車両を『土魔法』でちょっと塗装したんだよね。手に入る車両の中におろち号の客車がなかったからそういうワザを使ってみたんだ。自分でもよくできたなぁって思ってるんだケド……」


「『土魔法』で塗装、ですか……。のぞみはどんどん、『土魔法』の使い手として力を発揮していきますね? 今度、騎士団の儀礼用の鎧も頼んでもいいかしら? 白で統一すると綺麗だもの」


「それはバイトだからお給料ちょうだいね、レティ」

「もちろんですとも」


「それと、あっちにあるけど……」

「何かしら?」


 のぞみはごそごそとして、Nゲージよりも大きい車両を持ち上げる。


「じゃーん!」

「まあ! 大きい!」


「これはね、HOゲージっていう、Nゲージよりも大きいヤツなんだケド……」


「……つまり、またのぞみの『鉄道』スキルが進化したってことかしら? あら? 車輪の部分……台車が付いていませんわ? これでは走れないような……?」


「うん。HOゲージはまだレールしか取り出せないみたいで……せっかくだからNゲージを取り出して、それを参考にして『土魔法』で作ってみたんだ! 台車のとこはまだなんだケド……」


「これを……『土魔法』で……自作したの……」


 レティがのぞみからHOゲージを受け取って、じっと見つめ、目を見開く。スハネフ14系のB寝台で3段ベッドタイプだ。もちろんカラーリングはブルートレインカラーである。


(レティさまも、ブルートレイン、大好きだもんね……いいよね、ブルートレイン。電車の中で寝るなんて夢がありすぎるし! 最高だよね?)


 レティはうっとりとスハネフ14系の窓から車内をのぞきこんでいる。中まで味わい尽くすその姿はまさに鉄子である。


(これで兵士たちを出陣させたら……みな、全力で戦えることでしょう……きっと士気も高く保てるはず……ああ、寝台馬車の開発も考えておくべきかしら……)


 残念ながらレティの頭の中は、のぞみのイメージしているものとは少し異なるらしい。あまり平和な思考ではないようだ。


「……のぞみはもう『土魔法』の神と呼べるのではないかしら……」

「何言ってんの、レティ……」


 レティのつぶやきに、のぞみは少しだけ恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかいていた。


「本当はずっと見ていたいけれど……そうもいかないのよね。今日はこれくらいで我慢するわ。また、いろいろと見せてね、のぞみ。お願いよ?」

「もちろん!」


「それじゃ、あっちのドアのカギはちゃんとかけておくから。のぞみはゆっくり休んで」

「うふふふ……ここでいろいろと楽しむのが最高の休みだから……」


「そう? 無理はだめよ?」

「うん。ちゃんと寝る」


「あちらの部屋のベッドでちゃんと寝るのよ?」

「分かってるって。レティは心配しすぎだから!」


 のぞみのためのベッドがあるのぞみの部屋は、本来、レティの夫となる人のための部屋だということを、のぞみは知らない。


 レティは幼いままに女王となった。そのため、王女の頃と同じ部屋のまま移動していない。

 そういうことも無関係ではないのだが、本来、配偶者の部屋をのぞみのために使っていることはやや問題があるのも間違いない。

 のぞみが勇者だと分かっていても、そうしたことへの反発はゼロではなかったのだ。


 この話を聞いた者はどうしてもレティとのぞみの関係をいろいろと想像してしまうからである。それでもレティはのぞみの部屋をそこに決めたのだ。


 レティは名残惜しそうに自分の部屋へと戻っていく。それを見送るのぞみは笑顔だが、レティのために新しく何を作ろうかと考えている。


 ふたりの関係は……とても友好的だった。


 のぞみは何ができるか、よく考えるためにステータスを確認する。


「そんじゃ……『アンフォルメゾン・ペルソナル』っと……」


 ステータスを確認する呪文も慣れたものである。




【下松のぞみ 16歳 レベル127

 HP3175、MP12700、ちから635、かしこさ2540、すばやさ1778、みのまもり762

 職業:勇者

 勇者基本スキル『成長加速』『アイテムボックス【※】』『勇者装備使用許可』

 一般スキル『土魔法【※】』

 固有スキル『鉄道』

       『線路購入』(全レール〈P〉〈N〉、直線レール〈H〉)

       『車両購入』(車両〈P〉〈N〉)】




(Nゲージの次はまさかのHOゲージ……本当にいつか本物に到達するのかな、このスキル……。まあ、とにかく使い続けるしかないよね? MPはかなり多くなってるワケだし……レティさまも喜んでくれるし)


 のぞみの中では、レティが喜ぶかどうかはかなり大きな割合を占めていた。


(鉱山用のスイッチバックはもうこれで説明できるだろうし……次はどれがいいかな? この王都に駅を作るとしたら……富山ライトレールの富山駅付近のイメージとか? 元JRの並行在来線と北陸新幹線と、私鉄の富山地鉄に、路面電車まで合わせた最高のステーション……)


 そう。

 のぞみの頭の中は基本、鉄道なのである。


 たとえ、そのレベルが最強とされる勇者アカツキさえも上回っているとしても、そこはのぞみにとってはどうでもいいのである。


 ただ……レティが女王の地位にあるカンク東王国の行く末と、のぞみの運命は……もはや切り離せない関係にあることもまた、事実なのであった……。


 国際情勢は、勇者であるのぞみを平和なままにしてくれるとは限らないのだから。





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TRAIN GIRL BRAVE ~勇者のぞみは何も望まず、ただ大切な彼女の望みを聞く~ 相生蒼尉 @1411430

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