第38話 鉄子は彼女に役をもらう。
レティはすたすたと歩いて行く。そしてそのまま、王宮の端にある特別室へと入る。外庭へと近い広い部屋だ。
「これは、女王陛下」
中にいた男たちが一斉に立ち上がり、一度姿勢を正してから膝をつく。
「よい。楽にせよ」
「はっ」
最近、レティはこの特別室をよく訪れている。
室内には木製の車輪や線路の模型がいろいろと置いてある。
模型は小さいものとはいえ、鉄で作るというのは負担が大きい。そのため、木製でまず模型製作から始めたのだ。
この研究の元となっているのは、馬車の中でののぞみの話を侍女が書き留めたものを、随行文官たちが整理、検討した資料である。
「『鉄道研究会』の研究成果はそろそろまとめられそうですか?」
「……陛下。さすがに毎日のようにそう問われましても、答えはあまり変わらぬか、と存じますが」
「それは、そうですね。つい、気持ちが急いでしまって」
「分かります、分かりますぞ。この研究の価値は計り知れませんからな」
ここにいる人員は、レティがケイコ教国から帰国する時に各地で声をかけさせた『土魔法』の使い手たちが中心となっていた。
そこに今は木工職人が協力している。
作る鉄道の基本的な形が決まれば、いずれは鉄で作り始めることになるだろう。その時には鍛冶師も加わる予定だった。
そう。ここ、特別室は『鉄道研究会』となっているのだ。
命名したのは……もちろんのぞみである。のぞみは異世界で『鉄道研究会』を作ってしまったのだ。
のぞみはレティの後ろに隠れるようにして立っていた。
(あたしが作ったっていうか……まあ、レティさまがこの国に鉄道を敷設したいって考えたからなんだケドね。鉄道って実際にやってみるといろいろと問題があるんだよね。とにかくできることを突き詰めて、今は鉄道馬車で路面電車っぽい感じの都市鉄道を計画してるんだケド……)
「おお。会長のノゾミさまもご一緒でしたか。どうかあちらをご覧ください。ご助言頂いた通り、車輪を工夫することで曲線での脱線がとても減っておりますぞ」
ここに集まった『土魔法』の使い手たちは、研究者気質なのか……研究の核となるのぞみの存在が、下手したら女王であるレティよりも重視されているのだ。
それは、彼らが長く不遇だったこととも関係している可能性もある。
ずっと支配者側から見下されていたという事実。それは重いのだ。もはや無意識の中に刷り込まれた抑圧とも言えるものだった。
彼らのレティへの対応は、他の国から引き抜いた上で待遇を良くしてくれた女王なので、かなりマシな方かもしれない。
「車輪の内側と外側で角度をつけて、半径を変えたんですか?」
「ええ、ええ。それで曲線はCパターンまで脱線率0.002%ですぞ!」
(それでも脱線するんだ……大丈夫なのかな? 脱線事故とかすんごく怖いんですケド……?)
「ただ、これを木製ではなく、鉄製で、となると……まだまだ実験は必要ですな」
「いろいろと鋳造するって話ですか?」
「はい。我々、『土魔法』の使い手がまさに本領を発揮できるかと。鋳型を作るというのなら我々がもっともふさわしいでしょう。ただし、時間は……かかりますが。今はまだ何もできておりませんが、必ず役立ってみせましょうぞ」
「みなさんにもレベルを上げる機会は用意いたします」
レティは微笑みながらそう伝えた。それを聞いた『土魔法』の使い手たちは顔を青くしていく。彼らは戦闘向きではないのだ。『土魔法』だから。
「それはまた、いずれ、時間のある時にでも……」
「ええ、時間はすぐにでも作りましょう」
レティと話すのはマズい。そう考えた者たちは一斉にのぞみの方を見た。
「レティさま。無理に戦わせなくともよいのでは?」
「ノゾミさま。彼らのためでもあるのです……まあ、少しずつは、どうかお考え下さいませ」
のぞみに見つめられるとレティは弱かった。仕方なく、レティは話題を変えた。
「……ノゾミさま。車輪の内側と外側で半径を変えるというのはどういうことでしょう?」
「あ、それはですね、曲線……カーブレールって、左へ曲がる時は線路の左側が短く、右側が長くなりのすよね?」
鉄道の話へと移ったので、『土魔法』の使い手たちはあからさまにほっとしていた。レティは鉄道の話も好きなので、長くなるだろう。
「左へ……左側が短く……ああ、はい。円の内側ということですね?」
「そうです、そうです。だから、車輪の半径が全く同じだったとしたら、カーブの終わりで内側と外側の車輪の回転数が異なるので……」
のぞみが石板に石筆でカーブレールを書き込んで解説している。レティも楽しそうにそれをのぞき込む。
「……ああ。だから脱線するのですね」
「そうです。それを防ぐために、車輪そのものにやや角度をつけて、根本の半径と端の半径を変えておけば、外側の長くなるところは半径の大きい根本で回り、内側の短くなるところは半径の小さい端で回すことで、カーブレールもうまく走れるんです」
「陛下。我々もノゾミさまからのその助言で、こう、曇り空が晴れるような天啓を頂いたのです!」
「なるほど、さすがはノゾミさまですね。やはり『鉄道研究会』を作って正解でした」
まだまだ片付けなければならない外交課題は山積みだったが、レティの心は前向きになっていた。カンク東王国に鉄道を敷設することが今のレティの目標である。
そのためにレティは一歩、進み始めていたのだ。
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