第37話 鉄子は彼女にそばに控える。
カンク東王国、王都サン・モリッツ。
王宮にある謁見の間で、レティはシンサ・カンク・センラ連合王国の外交補佐官を迎えていた。すでに帰国してから何日も経過している。
のぞみも侍女のひとりとして、この部屋の中に控えていた。
「……では、王女殿下は外交成果の報告を行わない、と?」
「くどい。先程から何度も言っているが、まだ今回の外交は終わらぬ。復路にて宣戦布告もなく一軍が攻め寄せたのだ。カンク・トール・エックス王国との間で話が終わらぬ限り、陛下に報告することなどない。そなたは私に恥を晒せ、と申すのか?」
レティはカンク東王国の女王であるが、同時にシンサ・カンク・センラ連合王国の王女でもあった。
連合王国の外交補佐官から見るとレティは王女の立場となるのだ。ややこしいがこの国ではそういうものである。
「ケイコ教国での成果をご報告なさいませ。それで十分ではございませぬか」
「陛下にはすでに、カンク・トール・エックス王国の敵対的行為を知らせ、連合王国としての宣戦と反攻を具申しておる。報告も書面はすでに出した。カンク・トール・エックス王国の件が片付いたら、いくらでもケイコ教国のことなど伝えてくれよう」
「はて。その具申、通りますかな? さすがに大きな戦となると簡単ではございませぬゆえ」
「カンク東王国としては女王たる私が狙われたのだ。こちらとしてはもはや引くことはできぬよ。分かるであろう? そなたも外交補佐官ならば」
レティはフン、と鼻で笑った。作法には反するが、わざと、である。
「舐められたままでは、外交交渉など進まぬのだ」
「……王女殿下は大勝したとうかがっておりますが?」
「命を狙われ、追い払ってそれで済ませよ、と申すのか? つまり、私の命はその程度の軽さである、と?」
「そのようなことは……申しておりませぬ。連合王国として軍を起こすかどうかもまだ決まった訳ではありますまい。一度、陛下へご報告を。ケイコ教国での外交成果を報告する際に、カンク・トール・エックス王国への対応もその場で話し合えばよいではございませんか」
「なに、連合王国として軍を起こさぬとならば、私はカンク東王国の女王として、この国だけでもカンク・トール・エックス王国へと攻め込むだけよ。女王としてそういうつもりである。今、私が口にしたその覚悟、そなたは忘れるな」
外交補佐官は目を細める。頭の中ではいろいろと考えているのだろう。
(この男も……私がシンサ王国からの兵士たちに襲われたことを知っているのかもしれない。その上で私を首都の王宮へと呼び寄せようと考えているのか……それとも何も知らないのか……)
レティは思考を誤魔かすためにあいまいな微笑みを浮かべた。
「カンク東王国単独だったとしてもカンク・トール・エックス王国は討伐せねばならぬ。そう考えている」
「王女殿下……それは、王権の侵害と受け取られますぞ……」
「私に危害が加えられてカンク東王国が黙っている訳にはいかない。これはそういう話なのだ。謁見はここまで。父王には私の覚悟をよく伝えるがいい」
レティはそう言い捨てて、謁見の間を出ていった。レティの後ろに侍女たちや騎士たちが付き従う。
(どうせ、あちらに呼び寄せて何かを仕掛けようとしているだけならば相手にする必要はない。内戦で争う可能性もあるけれど、カンク・トール・エックス王国への宣戦を具申している中でカンク東王国を討伐するという内戦を起こすのは誰から見ても道理が通らない。それよりも、できるだけ急いでカンク・トール・エックス王国を一度、叩かなければ……)
レティが言う通り。攻められて追い払うのは当然で、そこで終わってはまた攻められるだけである。この世の中、敵国に舐められたらお終いなのだ。やられたらやり返す。これを抜きにして話はできない。
(あちらに呼び出そうとするのは予想済みだったけれど……カーマイン卿の言うように、私が軍を率いて出た方がいいのは間違いないのかもしれない……)
のぞみが味方にいるのだ。外征が始まれば、いくつかの町を落とすことは難しくないだろう。その成果を連合王国のものとするか、カンク東王国だけのものとするか。
(あのノゾミさまをそのように使うということについては……悩ましい部分ではあるのだけれど……)
レティが悩んでいるのはのぞみのことだけである。それ意外の意味では迷う必要はないのだろう。カンク東王国の利益になるように動くべきなのだ。
レティはすでに親征の準備を始めるように指示を出している。軍部はもちろん、文官たちも戦争準備を急いで進めている。
ただし、すぐに動ける訳ではない。先に宣戦の使者を送り、その間に準備を進める。兵士の数をそろえ、訓練して……実際に攻め込むのは数カ月は先のことになるだろう。1年くらいかかる可能性もある。
レティが父王のところへと出向かないのはただの言い訳なのだ。危険な所に行きたくないし、行く必要を感じない。そういうことである。
そこに親子の情などというものはなかった。
一応、父王は王女であるレティを愛していたのだが、それはおそらく伝わっていなかったのだ。
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