第5話 使えない鉄子。



 異世界転移、2日目。


 のぞみはダンジョンの中に立っていた。


 そう。

 ダンジョンである。鉄道とは特に関係はないはずだ。


 異世界では定番のダンジョン。ローファンタジーなら日本にもたくさんある、あのダンジョンである。


 のぞみは鉄道研究会であって、山渕大学の洞窟研究会ではなかった。もちろん、洞窟への興味・関心など皆無である。

 ただ、トンネルであれば、少なからず興味はあったが……。


(青函トンネルを建設するのって、こんな雰囲気だったのかもね。ああ、どうしてあの二つの海底駅で降りられなくなったんだろ。今は駅じゃなくて定点だし。でも一回、乗り降りしてみたかったんだけどな。おじいちゃんが自慢してたぐらい、珍しいことなんだろうし……)


 自分はテツコじゃないと言い張るのぞみだった。

 だがしかし、青函トンネルにかつて存在していた竜飛海底駅と吉岡海底駅について知っている時点で、ごくごく一般的な女子高生とは一線を画しているという客観的事実を可能な限り早く知るべきだろう。


 ちなみにその二つの海底駅は、もう駅とは呼ばなくなっているが……竜飛定点と吉岡定点である。


(でも、中2の5月合宿で行った土合駅はすごかったよね! カワイイ三角の駅舎が入口なんだけど階段はマジ地獄っていう……下りホームは戦中の旧日本軍地下司令部じゃないのかなって感じだし。おじいちゃんも行ったことないって、ふふん、勝った……)


 ……繰り返す。


 部活動の合宿で、かの有名なトンネル駅である土合駅の下りホームを訪れ、それを思い出して喜ぶ女子高生は、普通はいない。


 そんな女子高生がテツコではないと言い張るのは、絶対に無理があるという事実を、のぞみは早く誰かに教えてもらわなければならないだろう。もはや教わる機会はなさそうだが……。


 ちなみに、のぞみの祖父はあくまでも旅行会社に勤める添乗員なので、別に秘境駅マニアとかではないのだ。土合駅では勝ち負けはつかない。たぶん。


 洞窟には興味がなく、トンネル、それも青函トンネルにあった地底駅に興味があるという、かなりズレた感覚の女子高生であるのぞみ。

 または、群馬県最北のトンネル駅に興奮する変な性向の女子高生のぞみが、なぜダンジョンなどという危険な場所を訪れているのか。


 それには理由があった。






「固有スキル『鉄道』が使えない? MP不足?」

「そうなんです。すみません、アカツキさん……」

「いや、ノゾミくんが謝る必要はない。そうか、MP不足か……」


 のぞみの持つ固有スキル『鉄道』の効果が知りたいオジサンたちが、のぞみに固有スキル『鉄道』を使うように迫った。


 だが、のぞみはアカツキの陰に隠れて、今は使えない状態にあることを説明した。


 ステータスを見ると、そう書いてあったのだ。


「……やはり、かなり有用なスキルなのかもしれない。だから消費するMPも多いんだろうな」

「ほっへーっ、やっるねぇ、アーイアーン・メーイデーン! テツコちゃん!」


(テツコじゃないけどね……それよりもアーイアーン・メーイデーンって、何だろうね? アイアンだから鉄かな? 言い方を変えてテツコって言ってるってこと? ナハさんって、失礼な人かも? あたしはテツコじゃないケドね……)


 ナハにからかわれても、ブレないのぞみであった。


「でもさー、そんなら簡単じゃん? そうっスよね、ツキさん?」

「えっ?」


「……ナハ、そう結論を急ぐな」

「えー? ダンジョン行って、ちょちょいとモンスターを倒すだけじゃないっスか。おれたち『勇者』には『成長加速』スキルがあるんスよ?」


「だからといって、ノゾミくんを戦わせるというのは違うだろう?」

「レベ上げはテツコちゃんにとっても役立つと思うんスけど?」

「それは……」


 ナハの言葉に、アカツキが考え込む。

 その様子に、ちょっとだけのぞみは不安を感じた。


「……宰相と相談してみるか」


 そう言って、オジサンたちの方へ向かうアカツキ。


 この異世界で生きていかなければならないという現実の前では、たとえ小さな少女とはいえ、レベルを上げて強さを手に入れておくことは必要になる。


 ナハの言葉にアカツキものぞみのレベル上げの必要性を感じていた。


 どのみち、今のままではのぞみの固有スキル『鉄道』が使えないのだ。MP不足という理由で。






 ……そんなやりとりの結果、のぞみのダンジョン行きが決まったのだった。


 ケイコ教国の聖都ラーマーには、南側の山地帯へ向かってすぐのところに、ダンジョンがあったからだ。もちろん、ダンジョンにはモンスターが生息している。

 この世界に安全なダンジョンなど、ないのである。


 ……という訳で、異世界2日目にしていきなりダンジョン突入となった女子高生のぞみは、絶賛現実逃避中であった。


(トンネルと言えば卒業した出雲先輩が、あたしが入学する前の冬合宿で行った関門トンネルで歩いたって自慢してたっけ。別に鉄道トンネルを歩いた訳でもないから、どうでもいいんだケドね。ただトンネルを歩くだけなら今ダンジョンを歩いてるあたしの方が上だよね。それよりも、門司の鉄道記念館でミニ列車を運転した話の方がうらやましかったんだケドね……)


 もはやのぞみの思考の波はトンネル以外のものへと流されているのであった。


 ちなみに出雲先輩はのぞみが中1の時の高1で内部進学生だった。

 中等部の共学化によって入学してきた後輩に女子生徒がいたため、カッコつけようと思って入学前の合宿を自慢したのだ。


 ただし、その結果として、のぞみから好かれるようなことはなかった……。


(それに! 「月光」の寝台席に乗ったって! たぶん、乗っちゃダメなヤツだと思うんだケドね? 保存車両で展示物だし? 先生も止めないと! でも「月光」だよ? ああクハネ581! クハネのネは寝るのネ! 昼は座席特急、夜は寝台特急! 夢のツーウェイトレイン! ああ、なんでなくなっちゃうんだろう。どこまでも眠ったまま連れて行ってほしいのに……)


 どう考えても寝台列車の寝台よりもはるかに高級で安心できるベッドを使ってぐっすり眠ったはずののぞみだったが、なぜかのぞみの中では寝台列車で眠ることの方が上位にあるようだった。





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