第4話 鉄子は妄想鉄。



「本当に、勇者ノゾミさまはとても穏やかで、楚々として……」

「ええ、ええ。とても」

「本当によいご主人に巡り合えました……」


 侍女となった巫女たちは知らない。のぞみが心の中では独り言をひたすらつぶやき続けているということを……。


(期待されてると思うと、ちょっとは嬉しいかもね。まだ、こっちのことがよく分かんないから、不安の方が大きいのは間違いないんだケド……)


 いきなりの異世界転移。

 不安がないはずがない。


 だが、のぞみはこちらの世界に来てから、大きな悪意をぶつけられた訳ではなかった。


 どちらかといえば、『鉄道』という固有スキルによって、それはもう、ありえないくらいにものすごく、とてつもなく期待されていた。


 こちらの世界では、勇者召喚を行うことができる唯一の国、ケイコ教国。


 そして、勇者召喚は魔力を貯め込んで5年に1度だけ、可能なのである。


 昨日、のぞみが会った青年ナハが5年前に召喚された勇者で、もう一人の大人な人、アカツキが10年前に召喚された勇者である。


 そして昨日、のぞみが召喚された。


(ケイコ教国の勇者は、大きく二種類に分かれてて、ひとつは戦闘系、そして、もうひとつは、生産系の勇者、だったっけ……よく分かんないケド……)


 勇者として呼び出される黒髪に黒目の異世界人は、固有スキルを持つか、レベル限界がないかのいずれかだと言われていた。研究はされているが、この世界の人たちもくわしく分かっている訳ではなかった。


 勇者はその力で、教国の繁栄に寄与するか、軍事力として力を振るうか……とにかく、そのどちらかで活躍をしてきたのだ。


 勇者召喚が5年に1度なのは、それだけの魔力を貯めこまないと勇者という特異な存在を召喚できないからである。


 5年前に召喚されたナハも、10年前に召喚されたアカツキも、どちらも男性で固有スキル持ちではなかった。つまり、戦闘系の勇者だったのだ。


 現在のレベルはナハが87、アカツキが112。


 この世界の者――現地人では最高でレベル99という記録が残されており、その段階で『超越者』と呼ばれている。そして、それ以上となった者は存在していない。あくまでも現地人では。


 また、レベル99に至る前に、早い者はレベル30前後で成長限界を迎えてレベルが上がらなくなる。

 そこを超えた者たちは『達人』と呼ばれるが、それでもレベル50前後で頭打ちとなるのが一般的であった。


 だから、それを超えた者は『超越者』なのだ。


 勇者は『超越者』となるのが普通で、しかも必ず『成長加速』と『アイテムボックス』と『勇者装備使用許可』という3つのスキルを持つ。

 異世界からの界渡りによって神様からそういう力を与えられるとされている。本当のところはよく分かっていないというのが真実だ。


 戦闘系の勇者はレベル99をさらに超えてレベルアップすることもある。勇者アカツキがこれにあたる。


(生産系の勇者は固有スキル持ちであり、あたしには固有スキル『鉄道』があるんだよね……つまり、あたしは生産系ってことだケド……)


 固有スキルの発現は、異世界転移前の地球での本人の生活などの影響を受けるという。


 のぞみ――下松のぞみ、15歳は、島村工業大学附属高校の1年生。附属中からの内部進学で、中学時代から鉄道研究会所属。そう、鉄道研究会、鉄研である。


(やっぱり、鉄研だったから、固有スキルが『鉄道』になっちゃったのかな……)


 のぞみ基準では、のぞみは鉄道好きではあるが、それはほどほどのものだ。あくまでものぞみ基準では、だが……。


 下松のぞみ、15歳。父は隼、母は小町、一番上の姉はひかり、二番目の姉はこだま。のぞみは三姉妹の末っ子だった。


 のぞみの転機は小学校3年生の時。

 父の実家である祖父の家へ、夏休みに遊びに行ったことがあった。祖父の颯は旅行会社で働く添乗員だった。


 その夏休み、祖父の家の書斎に入ったのぞみは、書斎の本棚にずらりと並んだ無数の時刻表を発見した。ほとんど変化のない背表紙が、何月号かを示す数字だけ横へと変化していく。


 同じ本がずらりと並んでいるように見えて不思議に思ったのぞみは、一冊、時刻表を取り出した。そう。取り出してしまったのだ。


 これは、ある意味では運命の出会いだったのかもしれない。


 表紙の美麗な鉄道写真に惹かれて……いや、牽かれて? それとも轢かれて、だろうか? ……のぞみはページを開いた。開いてしまった。


 特集されていた特急車両の写真と、特急が走る最高の景観、さらには車内の様子とそれを示す図、そして、不思議な形に歪んだ日本地図。


 いつの間にか、のぞみは次から次へと時刻表を取り出して、読み漁っていた。


 それに気づいた祖父が、翌日、その月の新しい時刻表をのぞみに買い与えたのだ。


 時刻表を買い与えられたのぞみは、あの歪んだ日本地図に興奮した。

 祖父の家の最寄駅からのぞみの家の最寄り駅まで、途中、どこに寄り道して楽しむのかも考えつつ、さらには新たな路線を自分の手で書きこんで、むふふと不気味な笑いを浮かべていたという……。


 そう、のぞみは妄想鉄。

 自分の妄想の世界で鉄道路線を設置して、大好きな車両を自由自在に走らせる、そういう妄想の世界に生きる鉄子だったのである。なお、本人にその自覚はない。みんなやってること、くらいに思っている。もちろん勘違いである。


 誰にもその妄想を語ったことがなかったので、のぞみ自身は自分がどっぷりハマった妄想鉄だと気づいていなかった。

 また、そういう妄想に子どもの頃から浸り過ぎた反動で、ジオラマ制作はリアルにこだわる傾向があったのだ。


 そんな鉄子が成長して、敷地内にちょっとした鉄道博物館がある学校が男女共学になるらしいと小耳にはさむと、猛烈に受験勉強を開始した。

 難関校だったが、見事に合格したのである。

 そして、ごく自然に部活動は鉄道研究会を選んだ。


 しかし、ここにきて、突然の異世界転移……。


(ひょっとして、あたしの『鉄道』スキルって、異世界に自由に路線が引けちゃうのかな……)


 ふんす、と鼻息を荒くしたのぞみに気付く者はいなかった。


(……でも、あたしはテツコじゃないケドね!)


 いや、のぞみは間違いなく、鉄子であった。それも、妄想の世界の。


 朝、起きた瞬間に沈み込んでいた気分はいったいどこへ消えたのだろうか。


 そして、異世界にやってきた妄想鉄が動き出す……。





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