第3話 それでも鉄子は期待した。
翌朝、目を覚ましたのぞみは、その瞬間、気分が沈み込むのを止められなかった。
上半身を起こして周囲を見てみると、昨夜と同じ、意味不明なくらい豪華な、天蓋付きのベッドの上だったからだ。のぞみがこんなベッドで寝て、起きたのは生まれて初めてのことだった。それが普通だろう。
(あー、全部夢で目が覚めたら実は部室でしたー、って期待してたけど……。それにしても何コレ? 本当にすんごいベッドだよね。「瑞風」とか、「四季島」とか、「ななつ星」とか、ひょっとしたらこんな感じなのかな。いや、写真で見た感じだと、こっちの方が豪華ではあるケド……。どっちかというと、こっちよりもあっちの方がよかった。どうせ夢ならもっといい夢を……いや、夢じゃないんだったよね……)
ベッドの上でのぞみが体を起こしたことに気が付いたのか、神官服を着た巫女が3人、すばやく近づいてきた。この3人は、勇者として召喚されたのぞみの世話役を命じられた巫女たちだった。
「勇者ノゾミさま、おはようございます。朝のご用意をお手伝い致します」
「はあ、どうも……」
正直なところ、ごく普通の日本人だったのぞみにとって、侍女が世話をするなどというのは意味不明なのだ。
昨日の夜、寝る前にまるで着せ替え人形のようにひん剥かれて、寝間着に着替えさせられたのはそれなりにショックではあった。
だが、こっちの服は、のぞみにはいまいち着方もよく分からない。だから、のぞみも手伝ってもらうことを拒否することはできなかった。
「お似合いですわ、勇者ノゾミさま。黒髪が本当に美しくていらっしゃいます」
「ええ。わたくしたち、勇者ノゾミさま付きになれて、嬉しく思いますわ」
「本当ですわ。聞くところによると、勇者ナハさま付きの方など、毎晩のように夜伽を命じられて大変だとか……」
「よとぎ……?」
のぞみはきょとんとして首を傾げた。
「これ、シーノ」
「あ、すみません、つい……」
(……よとぎって、何だっけ?)
……のぞみは実にウブな15歳であった。
着せ替え人形になりながら、のぞみは昨日のことを思い出す。
(夏の鉄道模型コンテストのジオラマ制作で、鉄道ショップ「ガタンゴット」に買い出しに行けって先輩に命令されたんだよね。その途中でなんか変なのが足元に浮かび上がって、まぶしくて……そしたらオジサンたちに囲まれてて……)
のぞみは高校の鉄道研究会に所属していた。中高一貫校で、のぞみは附属中出身、鉄道研究会の所属も実は4年目である。
今年は高3の先輩たちが鉄道ジオラマでファンタジー部門を狙うと宣言して、リアル部門が好きなのぞみは反対意見を述べたのだ。
しかし、『リアルなど爆発しかない』という意味不明な発言で先輩たちに押し切られたのだった。高校1年生では部内の立場もそこまで強くないというのもあった。
まあ、鉄道研究会的には何人かの高3の先輩よりも附属中からずっと所属しているのぞみの方が実は1年先輩なのだが、今年が最後となる高3の意見が優先されるのは部活という組織において普通のことだった……。
それでも利用する車両が、のぞみが好きな二階建て車両……ダブルデッカーの「あおぞら」だったので、そこそこ満足はしていた。二階建て車両に興奮しない人間はおそらく存在しないのだ。のぞみの中では……。
たとえそれが荒唐無稽な、ラッコの飛び交う不思議空間で、水を跳ねてまき散らせながら走る姿だったとしても……。
(あれで賞がもらえるんだろうか。いや、審査員のみなさんがどんなセンスをしてるかなんて、あたしごときが口に出すべきことじゃないよね……)
はぁ、とのぞみはため息を吐いた。
(そもそも、こんなことになったんだから、あたしには賞とか、もう関係ないんだよね……)
こんなこと、とは、異世界転移、である。しかも勇者になるというオマケ付きで。
のぞみはなぜか異世界転移をしていた。
理由などない。ただ、召喚されて、たまたまのぞみがここにいる。それだけのことなのだ。
(固有スキル『鉄道』って、なんなんだろう? でも、それなりに嬉しかったりする自分もいるんだケドね……あたしはテツコじゃないケドね?)
そう。
異世界転移で、確認したのぞみのステータスの中で燦然と輝く固有スキル『鉄道』。
鉄道研究会の一員として『鉄道』というスキルがあるのは素直に嬉しい。
ところが、このスキル、いったい何ができるのか、さっぱり分からないのである。
(まさか、鉄道建設ができちゃうとか? 新幹線とかつないじゃったりして? いやいや、それよりもブルートレインかな? あたし、映像でしか知らないから、見てみたいし、乗ってみたいんだよね! 車両の中で寝泊まりできるってすごいよね? もし固有スキルっていうのがそういうのだったら……すごく嬉しいんだケド……)
アカツキから鉄道というものについて説明を受けたオジサンたちの興奮は天井知らずで、のぞみは自分のスキルにとんでもない期待がかかっていると知った。
そう、ものすごく期待されていたのだ。
だいたい全部、アカツキのせいであった……。
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