第2話 鉄子には自覚がない。



「……ツキさん、このJK、またフリーズしたっスよ。ニブくないっスかねー?」

「これが普通の反応だ、ナハ。おまえが異常だったんだよ。普通の人間ならこの状況は戸惑って当然だ」

「ええー、心外っス。もっと個人を尊重してほしいっス」


 アカツキは膝をついて、座り込んでいるのぞみと目線を合わせる。


「混乱するのは当然だ。だが、目を反らしていては何も進まない。君の名前は? 教えてもらえないだろうか?」


「……く、下松、のぞみ、です……」

(あの人はなんか変だけど、こっちの人は信じてもよさそう……)


「そうか。では、ノゾミくん。考えるより行動してみよう。混乱してる時はその方が早い。まず『アンフォルメゾン・ペルソナル』と言ってみてくれ」


「あ……『アンフォルメゾン・ペルソナル』」


 のぞみがそう言った途端、のぞみの目の前に長方形の画面のようなものが浮かび上がった。半透明で向こう側にアカツキが透けて見えた。


 そして――。




【下松のぞみ 15歳 レベル1

 HP25、MP100、ちから5、かしこさ20、すばやさ14、みのまもり6

 職業:勇者

 勇者基本スキル『成長加速』『アイテムボックス【※】』『勇者装備使用許可』

 一般スキル『土魔法【※】』

 固有スキル『鉄道』…現在、MPが不足しているため、使用できません。】




(……何これ? これがステータス?)


「今、何かが見えているとしたらそれがステータスと呼ばれるものだ。そして、それは本人にしか見えない。本来、ステータスは不用意に誰かに教えてはならないものだが、今の君の状況を改善するためにも、いくつか教えてほしいことがある」


 そう言ったアカツキの目は真剣で、それでいて優しかった。

 のぞみは小さくうなずいた。


「ノゾミくん。君の職業は『勇者』で間違いないか?」


「……はい。『勇者』って書いてありますケド……」


「では、一般スキルは何になっている?」


「一般スキル? ええっと……これかな? 『土魔法』ですケド……」

(なんか、※マークもついてるケド……? 何だろう?)


 ざわっと背後のオジサンたちが騒がしくなる。


「なんという……」

「5年ぶりの勇者だというのに、土とは……」

「水や火、風ならば……」

「いや、武技の方が……」


 聞こえてくる内容から、どうもオジサンたちを落胆させてしまったらしいと気づいて、のぞみは不安になる。のぞみにとっては、分からないことばかりなのだ。


「大丈夫だ。気にしなくていい。では続けて聞いても?」


「……は、はい」


 アカツキの、強い意思を感じさせる瞳に見つめられて、のぞみはアカツキがのぞみを守ろうとしてくれていると感じた。


「固有スキルは、あるかい?」

「は、はい。ありますケド……」


 どわっっと、オジサンたちがどよめいて、のぞみの方へと距離を詰めてきた。


「おお、固有スキル保持者じゃっ!」

「ついにきたかっ!」

「いったい何じゃっ?」


 さっきまで『土魔法』で落胆していたことなど忘れたかのように、オジサンたちが興奮状態である。手の平返しとはこういうことかという好例かもしれない。


 のぞみはドン引きしたが、どうすればいいかは分からない。そのまま身を固くしただけだった。


「何ていう、固有スキルがある?」

「えっと、『鉄道』ですケド……」


「テツドウ? テツドウとは? アカツキよ、それは何じゃ?」

「どのようなものなんじゃ?」


 やいのやいのとオジサンたちが騒ぐ。


「……あ、そぅ。なーるほど。腐臭はしたけど、そっち系のオタかぁ。ア~イア~ン・メ~イデ~ン! よろしくぅ、テツコちゃん!」


 ナハと呼ばれていた青年がぷっと吹き出しながらのぞみに声をかけてきた。


(な、何、感じ悪いよね? そ、それにテツコって……)


 転移前ののぞみのプロフィールはこうだ。

 下松のぞみ、15歳、島村工業大学附属高校の1年生。附属中からの内部進学。島工大附属は敷地内にちょっとした鉄道博物館があるというとんでも学校だ。

 そして、のぞみの部活動は、附属中から引き続き、鉄道研究会所属であった……。


 間違いなく、鉄子。そのものである。断言しよう。


 ただし、のぞみ本人の認識は異なる。あくまでも自分はほどよい鉄道好きであって、断じて鉄子などではない……のぞみはそう信じていた。のぞみ基準で……。


(あたし、別にテツコじゃないよね……ちょっと鉄道が好きなだけのフツーの女の子だもんね……)


 ごくごく普通のきわめて一般的な女子高生なら、修学旅行専用列車として走っていた近鉄20100系「あおぞら」のことなど何ひとつ知りもしないという、ごくごく一般的で客観的な事実ものぞみは知らなかったのだ……。


 そして、そんな青年ナハとのぞみの向こうで、アカツキを中心にオジサンたちが異常な盛り上がりを見せていることにも、のぞみは気づいていなかった。


 そこではアカツキが『鉄道とは何か』という話を集まっているオジサンたちにしていたのである。

 オジサンたちが『鉄道』を知らない。つまりそれは……この世界にはまだ鉄道がないということ。


 アカツキの説明が大きな影響を与える可能性はきわめて高かった……。





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