第22話 鉄子は彼女の国へと向かう。
レティはのぞみにカツラをつけさせた。もちろん、レティではなく、レティの侍女たちが、である。
のぞみが金髪へと変化する。前髪を長めにして、瞳が目立たぬよう配慮もしておいた。瞳の色を変えるような技術は存在していないのだ。このように隠すしか手はなかった。
のぞみの説得ができたその日のうちに、レティはケイコ教国の都を出立した。少しでも早く、この国を離れるべきだと考えたからだ。
宿を出た時点で馬車は3台。護衛騎士は6人、侍女は8人、執事が4人。都を出て野営していた護衛騎士12人と兵士60人が合流し、膨らんだ一団は次の町へと向かう。
「……あたし、お姫さまと一緒の馬車でいいんですか?」
「もちろんです。それと……どうか、レティとお呼びください」
「ええと……その……確か、勇者ってバレたらダメ、なんですよね? 勇者だとお姫さまとも対等だけど、そうじゃないなら……」
「ああ、確かに、そうですね。場合によっては使い分けをお願いすることになります。ですが、今は馬車の中ですので。どうぞ、レティと」
「じゃ、じゃあ、レティさま……」
「さま、もいらないのですが……ノゾミさまがそうなさりたいのであれば、それで」
「うん」
ノゾミは同じ馬車に乗っている侍女を見つめた。宿のベッドでも見た侍女で、やっぱり髪がボブカットくらいで、こちらの基準から考えると短い。短いが、綺麗な金髪である。
(ひょっとして……その髪って……)
「……もしかして、このカツラって、この人の……」
のぞみがそう口に出すと、侍女は目を伏せてうつむいた。何も発言はしない。答えるのはレティだ。
「そうですが、どうかお気になさらず。髪は、いずれ伸びるでしょう。今はのぞみさまの安全が優先なのですから」
(確か、他にも短い髪の人がいたよね? たぶん、その人の髪も切ったんだ……あたしのために、ごめんなさい……)
侍女にしてみれば、王女であり、女王でもある主人から命令で、しかも王侯貴族と対等の扱いとされる勇者のためである。別に不満はなかった。あったとしても口にできるはずがないのだ。
当然だが、シンサ・カンク・センラ連合王国へ……今回の場合はその中のカンク東王国へと勇者のぞみを無事に連れ帰ることができた場合、勇者のぞみのために髪を切った侍女には、もしくはこの侍女の実家には大きな褒賞が与えられるだろう。
そういう意味では問題はないのだ。侍女の気持ちだけである。
「……その。もし、ノゾミさまがよろしかったら、ですが」
「何ですか?」
「ノソミさまの……勇者の国について、教えて頂きたいのです。いろいろと話は聞くのですが、あまりにも不思議なことが多くて……」
「ああ、そうなんですね……」
日本を思い出して、のぞみは一瞬だけ悲しくなる。だが、それを今は表に出すべきではないとのぞみは考えた。
(それに、いろいろと話せば気がまぎれるかもしれないし……)
悲しんでばかりはいられないのだ。のぞみはこちらの世界で生きていかなければならないのだから。
「ええと、私の国は日本といって、海の囲まれた島国なんです」
「ニッポン……ニャッポーンではなく?」
「にゃっぽーん……?」
「そう伝え聞いておりましたので……」
レティの国であるシンサ・カンク・センラ連合王国は、勇者を召喚するケイコ教国からはかなり遠い。
そのため、情報が正しく伝わっていないことも多いようだった。
「国名からして違っていたのですね。失礼しました」
「あの……どんな話を知ってるんですか?」
「そうですね……空を飛ぶ鉄の鳥、海を走る巨大な鉄の船、一度に何万もの命を奪う魔法の炎など、そういう、夢物語を学んだことがあります。本当なのでしょうか?」
「あー、なるほど。確かに」
「え? では、本当にそのようなものがあるのですか……?」
「ありますね。いろいろと。飛行機も、フェリーやタンカーも、核爆弾も……」
「ヒコーキ、フェリーヤタンカ、カクバクターン……では、船と同じように馬車も鉄でできているのでしょうか?」
「馬車が鉄というか……馬車は昔の話で、今は使ってない感じです」
「馬車は使わない……? ではどのように? みな、歩くのでしょうか?」
「馬なしで動く馬車っていえばいいのかな……自動車や電車で移動するんですよ」
「ジドーシャヤデンシャ……」
(なんか、混ざってる気がする……こうやって変な理解が広まるのかも……でもこの場合、それって私のせいになるのかも!? いや、別にどうでもいいケドね……この世界がどうなったって知らないし……)
「鉄の馬車だと、重すぎて動かないのではないかと思いますが……」
「あー、ガソリンとか電気とかで動くから」
「ガソリントカデンキトカ……とても不思議な名ですね。どのような動物か、想像もつきませんし……きっと馬の何倍も大きな、南の帝国の方にいるという象のような動物なのでしょう」
(そもそも動物じゃない!? でもいいや。そのへんをくわしく話しても……あたしにも説明できるワケじゃないし)
「重くなるけど、線路の上を走るから問題ないんです。摩擦の関係で……」
「センロ……? マサッツ……?」
(部分的にちゃんと伝わってる!? そういうこともあるんだ!?)
のぞみは自分の得意分野に話題が及んだことで気持ちが楽になってきていた。
そう。鉄子の本領発揮は、近い……。
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