第33話 鉄子は彼女に抱きしめられる。



「陛下、襲撃です!」


 馬車の外から騎士の叫び声が届いた。


「馬車を止めなさい!」


 それは、あと数日でカンク東王国の勢力圏という、絶妙な位置での襲撃だった。


 そこは、イースター王国の影響も、カンク・トール・エックス王国の影響も、どちらも重なる地域でもあったのだ。


(結局、襲撃してきた敵がどちらか、その判別は難しい。証拠をわざと残す、ということも考えられる。それとも、大きな戦争を狙っているのなら……どんなことでも言い掛かりにしてしまえる……それはこちらも同じだけれど……)


 馬車が揺れて、止まる。

 座席に座ったままでも、足に力が入る。

 表情が固いままの侍女が扉を開き、レティたちは馬車を降りた。もちろんエスコートなどない。緊急事態であれば当然である。


「ノゾミさま……」

「うん。わかってます」


 のぞみが地面に手を触れると、瞬時におよそ10メートル四方の防壁が出来上がった。レティたちの一団の全てを囲んだ訳ではないが、レティたちが乗っていた馬車を中心に防壁はある。


「これでいい? もっと大きくできますよ?」

「大丈夫です。ありがとうございます、ノゾミさま」


 レティはのぞみを安心させるように微笑んだ。内心ではレティも不安しかないのだが、姉は妹を守るものだというような思いもあった。


 防壁の向こうから馬蹄の響きは聞こえてくる。襲撃は間違いないらしい。


 のぞみが『土魔法』で造る防壁の四隅に階段があるのは、のぞみにとってもう当然のことになっていた。

 その階段を何人かの騎士や兵士が駆け上がる。この防壁には出入口を用意していない。これがその気になればすぐに消せる防壁というのもある。


「戦況を確認しつつ、防壁の上から援護せよ!」


 副官の騎士が叫ぶ。指揮官の騎士はあらかじめこの軍団の殿を務めていたので、ここにはいない。防壁の外の部隊を指揮しているはずだ。


「敵の兵力は?」

「確認させます」


 レティの問いかけに、副官は部下を走らせる。指示を受けた部下が4人、防壁の四隅にある階段を目指して走っていく。


「敵軍東南方向! 騎兵50! 歩兵300! 旗印不明! すでに戦闘は始まっています!」


 防壁の上からの叫びが届く。防壁の上から一目で見ただけでの判断である。正しい数とは限らないが、大きく間違ってもいないはずだ。


 レティたちは騎士や兵士を全て合わせて120、いるか、いないかという程度である。侍女や執事はその数には含めていない。


 数だけで考えると敵は3倍ということになる。


「……完全にこちらを潰しにきていますね。行きで受けた嫌がらせのような夜襲とは規模が違うもの」

「陛下のお命、もしくは御身そのものが目的という可能性が高いですね」


(私の命が目的だとすると……カンク・トール・エックス王国が、自分たちの血筋からカンク東王国の王を立てようとしている可能性も考えられる。もちろん、父王はそんなことに応じないでしょうけれど……)


 カンク東王国とカンク・トール・エックス王国は、元々、ひとつのカンク王国として存在していた歴史がある。王家の血筋としては同じと言える。


(人質として囚われるとして……まあ、それだと子を産ませようという考えか……。それなら、イースター王国の可能性もある……)


 レティの血をひくのであれば、カンク東王国の王となるのに不足はない。そういう産み腹としての役割を強いられる可能性もあるのだ。


「ノゾミさまに出入口をつくって頂いて、中に兵士を増やすべきではないかしら?」

「籠城戦にしようということですか? カーマイン卿の指示では……」

「そうね。彼に任せると言ったのだもの。余計なことを言いました。今のは忘れて頂戴」


 レティとしては敵の数の方が多いのならば、防壁の上から戦った方がいいと考えただけだった。もちろんそれは間違いではない。

 ただ、船頭多くして舟山上るというように、指揮官の上から女王が違った命令を出すのは好ましくないだろう。いろいろと学んでいるとはいえども、レティは軍事的な面では素人だった。


「いえ。陛下のご意見も間違ってはおりませぬ。検討の余……ぐっ!?」

「レーベンス卿!?」

「へ、陛下、警戒を……急いで馬車へお戻りください……」


 レティの横にいた副官の肩に、矢が刺さっていた。痛みを堪えながら副官はレティに声をかける。


「外からではない可能性が、高いです……」

「どうやらそのようね……」


 レティにも、レティたちの方へと弓矢を向けている者、抜身の剣を持ってこちらに走り寄る者が見えていた。馬車へと逃げる時間はもうないと思えた。


「王女を狙え!」

「早く仕留めろ!」

「邪魔が入る前に終わらせるぞ!」


(内部に敵……私を「王女」と呼ぶのならカンク東王国の者ではない。おそらく第3妃リノラさまの手の者か……いえ。そう決めつけるのは早いけれど……下手をしたら、外の襲撃とも連携している可能性だって……そんなに戦争がしたいの、シンサ王家は……ペンドリーノ平原を制したとしても、直接、教国や帝国からの圧迫を受けるだけだというのに……)


 現王であるレティの父王の第3妃は、シンサ王家の血筋である。現王の母たる王太后もシンサ王家の血筋で、現王と第3妃は再従兄妹の関係だった。

 シンサ・カンク・センラ連合王国を構成する3つの王家のうちで、もっとも戦争に意欲的な主戦派はシンサ王家だった。


「申し訳ございません。陛下の周囲の兵士を動かしすぎたようです……」

「レーベンス卿は私の指示に従っただけです。あなたに責任はありません」

「私が盾になります……陛下、どうかご無事で……ぐぅっ!?」


 ビンっ、という弦音とともに放たれた矢がレティに届く前に、副官はその身でかばい、その矢を受けた。だが、その動きは鈍い。


「レーベンス卿!」

「陛下、毒矢の可能性がございます……馬車へお早く……」


 顔色の悪い副官のつぶやきが聞こえた瞬間、ビンっ、という新たな弦音がレティの耳に届いた。


「ノゾミさまっ……」


 レティはとっさにのぞみを抱きしめる。


(ノゾミさまだけは……守らなければ……)


 勇者と王侯貴族が対等というのは、ケイコ教国がそのように言っているだけで、実際にはそうではない。

 当然だが、王女であり、王家の血をひき、女王の地位にあるレティの方が、のぞみよりも本質的に重要度は高い。勇者には希少価値はあるが、あくまでも道具なのだ。


 それなのにレティはのぞみを守ろうと動いたのだ。そこにはただ、弱い者を守りたいという優しさだけがあふれていた。その行動が王族として間違っていたとしても。


 だが、無情にもそのレティへと矢は迫っていた。





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