第28話 鉄子のことを彼女たちは話す。



「陛下。勇者ノゾミさまはあの橋のことをいったい何と……?」


「ノゾミさまはあれを『土魔法』だとおっしゃるの……あくまでも『土魔法』で簡単に橋を補修しただけだそうです……」


「それは……補修、ですか? 簡単に、とは? それにあの橋、元々は木製の橋ですが……補修というか……。ただ、橋脚は石造りではありましたね。とにかく、橋を最後に消し去ったことも『土魔法』だったと、勇者ノゾミさまはそうお考えだということですね……?」


 指揮官の騎士に問われたレティは、のぞみから聞き取った話を伝えた。さらにつけ加えられた質問にもレティはうなずいた。


 国境の川を渡る橋を架け、さらにはそれを消し去ったのぞみの存在は異常だった。だが、その能力はとても役に立つものだったのだ。

 橋を生み出し、そして消し去った能力についてレティが確認すると、のぞみは『土魔法』を使っただけだと答えたのだ。


 今はもう太陽が沈んだ後だった。レティたちはごく一部の幹部を集めて話し合っていた。ここにいる全員がのぞみは勇者だと知っているメンバーだった。


 渡河後は太陽が沈む前に野営地を定め、そこにのぞみが防壁を用意した。レティたちはその中に組み立てた天幕の中に集まっている。


 のぞみが防壁を造った時も、全員が唖然としていた。それはそうだろう。


 高さはおよそ3メートル、幅1.5メートルの壁が、50メートル四方を囲んでいる。街道に面した外壁の中央部分に出入口がひとつだけ、作られた。あとから、穴をあけるようにして造られたのだ。

 その出入り口には兵士たちが切り出した丸太の落とし戸が立てられている。強く結んだロープを外せば、いかだのように結び合わせた丸太が倒れて入口が開く仕組みだ。


 防壁の四隅には副官の要望で、のぞみによって階段が追加され、防壁の上に兵士たちが上がって見張りをしている。


「これはもう要塞に近いものです。こうなってはもはや、とても野営とは思えないですね……はっきり言って、行程の安全性が段違いですよ……」

「門をどうにかしてしまえば、確かに要塞だな。丸太の落とし戸ではまだ弱いが、そこを集中して守ればいいからな……」

「そもそも『土魔法』では、あのように……一瞬で何かができあがるようなことはないはずです」


(確かに……私もそう聞いていました。だからこそ、『土魔法』の使い手は他の魔法の使い手よりもこれまでずっと軽んじられてきたのですから……)


 レティは自分が学んだ『土魔法』についての知識が、他の者と同じであると理解して安心した。あまりにものぞみだけが別格すぎる。


 別に『土魔法』が役に立たないという訳ではない。ただ、『土魔法』を行使しても、その効果はゆっくりとしか姿を見せないというだけで、またそれが『土魔法』の評価の全てだ。


 現状、攻撃面では役に立たないため、城壁や街道の補修などの地道な活動をゆっくりと時間をかけてやっている。そのため、他の系統の魔法の使い手とは待遇が大きく異なる。


「やはり勇者の『土魔法』だから特別、ということでしょうか?」

「その可能性が高いが……」

「が? 何かあるんですか?」


 指揮官と副官の騎士が言葉を交わしている。それを随行文官が見つめていた。


「おそらく勇者ノゾミさまはケイコ教国によってレベルを上げているだろう。それがあの驚異的な『土魔法』の効果につながっている可能性もある」

「ああ、そういうことですか……」


 指揮官の言葉に反応したのは随行文官だった。副官は首をかしげている。


「どういうことだ?」


「つまり……勇者ノゾミさま以外の、普通の『土魔法』の使い手も、レベルを上げたら同じようにできるかもしれないということです」


「なっ……まさか、そんなことは……」


「我が国……連合王国にも、カンク東王国にも、『土魔法』の使い手はいます。だが、彼らがレベル上げをしてもらったという話は今まで聞いたことがありません。それはそうですよね、そこまで役に立たないというのに、騎士や兵士の命をかけて『土魔法』の使い手のレベル上げさせる理由はないのです。彼ら自身に戦闘力があるのならともかく、そこには期待できない訳ですから」


「……確かに、『水魔法』や『火魔法』の使い手は積極的にレベルを上げさせて戦力としているな。『風魔法』もだ。だが、それを『土魔法』の使い手でやったことはないか……」


「もし、『土魔法』の使い手のレベルを上げることで、勇者ノゾミさまのように一瞬で『土魔法』の効果を出せるようになるのなら……根本的に戦争の仕方が変わりますよ? いや。今でも、勇者ノゾミさまがひとり、軍勢に加わるだけで……」


「攻め込んでいるのに、攻城戦ではなく、籠城戦をすることになるからな。こんな防壁を一瞬で造り出して、その形を自在に変化させられるんだ。とんでもないことだぞ。うまくやれば、このあたりのような中途半端な国境付近を本当の意味で制圧して支配できるだろう。水の確保などの課題はあるかもしれないが……それこそ『水魔法』の使い手を従軍させておけばいいことだ。まあ、支配地域への移住やその地域の安定には時間がかかるだろうが……」


「まだ、『土魔法』の使い手のレベルを上げればこのような真似ができるとは決まっていませんが」

「もちろん勇者だから、という可能性の方が高いとは思うが……そうではない可能性も捨て切れまい……」


 そこで、レティが口を開いた。


「……試してみる価値はあります。何より、今の状況であれば『土魔法』の使い手を集めることは難しくない。どこでも彼らは……不遇ですから」


 指揮官たちもその言葉にうなずいた。『土魔法』の使い手が冷遇されているというのは事実である。それならよりよい待遇を示して勧誘できる可能性は高い。


(それに……あの計画ならば『土魔法』の使い手が働く場もあるはずです。製鉄や鋳鉄であれば『土魔法』の出番は多いはず。声をかけてたくさん引き抜いたとしてもどうにかなるでしょう……)


 レティはカンク東王国に鉄道を導入する計画を立てている。それで『土魔法』の使い手はたくさんいても問題ないと考えていた。


 もしも、を想定して対策も込みで動くことは政治の基本である。レベルを上げてものぞみのような『土魔法』が使えなかった時には、カンク東王国の鉄道事業で働かせればいいのだ。


「……部隊編成を少し見直して、各地で『土魔法』の使い手に勧誘をかけるように。今よりも少し、稼ぎが多くなるようにすれば彼らを説得できるでしょうから」

「はっ。そのように動きます」


 指揮官がレティの指示に応じて、幹部による会議は終わった。





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