第29話 鉄子の成長は彼女のために。



 一方、のぞみは与えられたのぞみ用の天幕でベッドの上にいた。簡易用の組み立て型寝台なので、小さなベッドだ。


(これくらいのベッドの方が寝台特急みたいでいいよね……)


 そして、のぞみは相変わらずの妄想鉄であった……。簡易的なベッド、イコール、寝台列車という思考は普通のJKのものではないはずだ。


(そんなことよりも、また『鉄道』スキルが成長したみたい……今度は『直線レール〈N〉』かぁ。Pがプ〇レールだったから、それがNってなるとこれはやっぱり……)


 のぞみはスキルを発動させて『直線レール〈N〉』を取り出した。手になじむ感覚が今は少しだけ懐かしい。あの鉄道研究会で活動していた頃を思い出す。


「やっぱり……今度はNゲージなんだ……いや、嬉しいのは嬉しいんだケドね……プラ〇ールだって嬉しくなかった訳じゃないし……」


 のぞみはNゲージの線路をそっと握りしめた。


 Nゲージとは日本の鉄道模型の一般的なサイズのことである。

 レールの軌間が9mmで、Nineゲージということになる。車両はだいたい148分の1から160分の1のサイズだ。鉄道模型には他にもHOゲージなどがある。

 普通のガ〇プラもミリタリースケールの144分の1くらいなので、このくらいの縮尺がだいたい宇宙スケールなのかもしれない。宇宙世紀の鉄道ジオラマもNゲージで作る方がいいのだろう。異論は認める。


(このサイズ感にこの接続部分から考えて……これはKAT〇ではなくT〇MIXのレールだよね? まあ、最初はプ〇レールだったから、関連会社のそっちに寄せてるのかもしれないケド……)


 KA〇OとTO〇IXは、日本の鉄道模型業界の二大巨頭である。実際に存在する名前なのでプラ〇ールと同じように、KAT〇、T〇MIXなどは伏字にしている。そこは安心してほしい。「〇」を使った伏字である。これが伏字に見えなかったらそれはおそらく気のせいだろう。


(お座敷での電車遊びならK〇TOのレール、本格的な鉄道ジオラマならTOM〇Xのレールって言われてるから……まさか、異世界で鉄道ジオラマを作成しろとか誘導されてる……? いやいや、確かに全国高等学校鉄道模型コンテストには悔いが残ってはいるんだケドね!? あたしがやりたいものを作れなかった上に、買い出しの途中で突然こんな世界に呼び出されちゃったから!?)


 のぞみは、はぁ、と小さくため息をついた。


「……結局、おもちゃからは脱出できてない気がする。まあ、鉄道模型はお値段的な意味で圧倒的に『大人のおもちゃ』なんだケド……」


 そう。のぞみがつぶやいた通りである。

 Nゲージは高校生だったのぞみのおこづかいではなかなか買えないお値段だった。中古でもそれなりに高いのだ。あくまでも部費だから買い出しに行けたのである。


 そして、鉄道にこだわりがあればあるほど、お金もかかるというおそろしい趣味の世界でもある。約150分の1の世界は無限に広がり、限界がない宇宙のようなものなのだ。そこには夢しかない。


 ちなみに、ウブなのぞみは別の意味での『大人のおもちゃ』がいったい何を意味するのかは知らないので、その点についてはそっとしておいてほしい。


 のぞみはNゲージのレールをアイテムボックスに片付けた。握っていたレールがどこかへと消える。


「……ノゾミさま。何かございましたでしょうか?」

「あ、ううん。ひとりごと。ごめんなさい」


 のぞみのひとりごとに反応した侍女が、ついたての向こうから声をかけてきた。のぞみはそれに謝罪を返した。

 侍女が心配したのは実はため息が聞こえたからである。レティからのぞみへの配慮を最大限、侍女たちは命じられているのだ。一度、池に身を投げたことをレティは忘れていない。


 普段、人目につくところでは、のぞみはレティの侍女のふりをしている。だが、こうして見えないところだと、のぞみ自身がかなり高位な立場として扱われるのだ。それが勇者という存在だった。


(自分のことは自分でできるんだケド……勇者ってレティさまと同等の扱いだからメイドさんみたいな人たちにいろいろとお世話されちゃうんだよね。正確にはメイドじゃなくて侍女っていうみたいだケド……。あの国だと巫女だったよね……。とにかく、スキルが成長したのはまた一歩前進だと前向きに考えるとして……Nゲージはプラレー〇よりも小さくなるケド、より本物の鉄道に近づく訳だし……レティさまはどうにかして『鉄道』を実現させようって考えてるんだから絶対、Nゲージは参考になるはず……)


 のぞみの『鉄道』スキルは、プラレー〇の時、直線、カーブ、車両とその他のレール、という3段階で成長してきた。

 それはNゲージでもおそらく同じか、プ〇レールよりもいろいろなものが販売されているから、もういくつか段階が増えるくらいか。

 とりあえず成長を続けていけばいつかNゲージの車両が手に入るのは間違いないだろう。


(とにかく、毎日このスキルを発動させて、あたしはどんどんレベルアップしていかないと……直線レール、カーブレールと進化して、そこからNゲージの車両が取り出せるようになったら……おこづかいが足りなくて買えなかったアレもコレも全部……ブルートレインは絶対として、サンライズもほしいし、月光型も手に入れたいよね。クルーズトレインなんかもアリだ……。ああ、今すぐここにTOMI〇のカタログがほしいよ!? だって、魔力で手に入るってことだから! 寝たら魔力……MPって回復してるみたいだから、次の日には財布に大金が復活してるみたいなもんだよね? え? これってすごくない? お金がなくならない魔法の財布みたいな? しかもプラレー〇と同じだったら魔力で動かせるんだろうし……)


 のぞみはごくりとつばを飲み込んだ。そう、無限にお金が湧いてくる財布なのだ。Nゲージ限定で、だが。


 勇者として召喚される前は実現できなかったいろいろなことが、『鉄道』スキルを高めていったら実現できるかもしれないのだ。のぞみは興奮してきた。


 おこづかいでは買えなかった鉄道模型が、魔力であるMPで手に入る。しかものぞみは勇者アカツキからMPが多いと言われていたのだ。


(あっちに帰りたいって気持ちは変わらないケド……こっちにきて良かったって思えたかも……。レティさまに出会えたことと、Nゲージが手に入ること……うん。頑張ろう……)


 のぞみはうきうきとした気持ちをおさえこみながら目を閉じた。今夜は久しぶりにいい夢を見ることができそうだった。


 ……実際にはあちらのことを思い出すような夢を見て、のぞみは眠ったまま涙するのだった。





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