第30話 鉄子は彼女のために力を振るう。
レティを代表とするシンサ・カンク・センラ連合王国の使者の一団は、当初の予定ではここから先の移動ペースが遅くなるはずだった。実際、往路はいろいろと大変だったのだ。
シンサ・カンク・センラ連合王国とケイコ教国の間には、ふたつの国がある。
ひとつはペンドリーノ平原北東部にある、ケイコ教国と敵対的なイースター王国。
もうひとつはペンドリーノ平原南西部にある、カンク・トール・エックス王国。この国はレティが女王の地位にあるカンク東王国と祖を同じくする国だった。
シンサ・カンク・センラ連合王国も含め、それほど積極的ではないにしても、ペンドリーノ平原にある3国は平原に覇を唱えようとしていたため、互いの関係性はあまりよくない。
シンサ・カンク・センラ連合王国からケイコ教国までの道のりは、はっきりとどちらかの国を通ると明確な妨害を受ける。だから、レティたちはうまく国境地帯を通過して北へと向かったのだ。
ただし、国境地帯の道は整備が不十分である。街道として利用されてはいるものの、明確にどこの国の支配下にもない。だから積極的に整備されることはなかった。当然のことである。
もちろん、宿場町もないため、宿泊は野営前提での移動である。そういう点からも時間はかかって当然だった。
帰路も同じルートを選択したのだが、ここから歩みが遅くなるはずのところで……のぞみの力が大活躍したのである。
「……えいっと。できました」
のぞみが地面にあてていた手を離して立ち上がる。伸び切った草で覆われていた街道らしき狭き道のようなものは、草など生えていない立派で平らな街道へと姿を変えていた。
それも、見えないくらいかなり遠くまで、である。
「では、進みます。みなさま、馬車へ戻ってください」
そう言って、騎士がレティをエスコートする。馬車に乗る時はレティだけでなく、のぞみも、侍女たちもエスコートを受けて乗り込む。
馬車が進み始めると、レティはのぞみを見つめた。
「……ノゾミさま、お疲れではございませんか?」
「はい?」
「いえ。あれほどの『土魔法』をお使いになったのです。ノゾミさまの魔力が不足するのではないか、と……」
「あー、どうかな……特に疲れたって感じはないです。はい」
別にのぞみは気を遣った訳ではなかった。本当に疲れてなかったのだ。のぞみにとっては大した魔力ではなかったから。
「そう、ですか。あの……整備して頂いた道なのですが……」
「あ、あとでまた、荒れた感じに戻せばいいんですよね?」
「ああ、はい。それはそうなのですが……その、どれくらい先まで整備できたのでしょうか?」
「うーん。だいたい10キロくらいですかねー」
「10キロ、ですか……」
レティが心の中で呆然としながらうなずいた。表情はかろうじて取り繕っている。同乗しているふたりの侍女は目を見開いていた。
(ステータスをしっかりと確認したらそういう風に書いてあったんだよね、実は。昨日の夜まであたしも知らなかったんだケド。あたしの『土魔法』って、ステータスを見たら『土魔法【※】』になってて……※のところをしっかりと確認したら注意書きがあるとか……そんなこと、アカツキさんたちが教えてくれなかったから分かんなかったよ……。あたしの『土魔法』って『鉄道』スキルの関係で、効果範囲が最長で10キロみたいだし。まあ、それくらいないと、本格的に鉄道をつくるとなったら無理だから、それが当然なのかも……。たぶん『鉄道』スキルのための『土魔法』って感じなのかな?)
勇者アカツキのステータスにはそのようなマークは入ってなかったので、アカツキがのぞみに教えることは無理だっただろうと思われる。それはのぞみには分からないことだった。
(あたしの『土魔法』って、『鉄道』スキルに対応してて、特別みたいだから。なんか、『土魔法』の効果があらわれる速さは、普通の『土魔法』の効果が出る速さ、かける、『かしこさ』のステータスになってるみたいだし。どのくらい速くなってるのかは知らないケド……そもそも効果が出るまでほぼ一瞬だから速くなってるとか全然分かんないよね? いつも一瞬だもんね)
基本となる4つのステータス……『ちから、かしこさ、すばやさ、みのまもり』のうち、『かしこさ』はのぞみにとって最大値になっている部分だった。
勇者のステータスは初期値かけるレベルで伸びていく。のぞみの『かしこさ』の初期値は20だったので、レベルが上がった今ののぞみの『かしこさ』はこの世界ではほとんどありえない数値になっていた。
(それと、『アイテムボックス』も、『アイテムボックス【※】』だったケド……これも『鉄道』スキルに必要だから無制限みたい。アカツキさんとか、自分が野営に困らないくらいの荷物が入るって、ナハさんはだいたい押し入れくらいな感じとか、そんな風に言ってたケド……。あたしってそれも無制限なんだよね。つまり、どれだけでも入るというか……)
のぞみはステータスをじっくりと確認して、その事実に気づいた時、未来に期待したのだ。いつかは本物の、あの大きな鉄道をいくつも取り出せるようになるのではないか、と……。そのための無制限のアイテムボックスに違いない、と……。
そうでなければこの【※】は不必要なはずである。のぞみの推測は正しいだろう。
ただし、プラ〇ールからNゲージへと進化した『鉄道』スキルが、本物のサイズの鉄道を扱えるようになるまで、どれだけ時間がかかるのかは不透明だった。そこに不安はある。
のぞみが100歳になってからだったとしたらほとんど使えないのだ。J〇でさえ50歳からいい感じの割引を用意してくれるというのに、100歳なんてひどい。
レティものぞみを見つめながら、いろいろと考えていた。
(ノゾミさまをお助けしたのは一時の感情ではあったけれど……為政者としては大正解だった。この力は、どこか別の国……または連合王国の王宮の誰かの手に渡っていたら……危なかったかもしれない)
レティを取り巻く状況はあまりよくないのが現実である。レティは王族として自分自身を守る力が必要だった。のぞみの存在はそのために必要だと言えた。
のぞみの力を使えば、領土拡大も可能だろう。それに、異世界の知識でカンク東王国を発展させてシンサ・カンク・センラ連合王国での発言力を高めることもできるかもしれないのだ。
出会った時はレティから見て、のぞみは幼い少女にしか見えなかったが、今はもう違う。本当に有益な存在になっていた。
ひとりの王族として、薄汚い政治の世界をレティが生き抜くための大きな武器となる存在なのだ、のぞみは。
レティはのぞみを誰かに渡すつもりはなかった。当然だが囲い込むつもりである。それは女王としてごくごく自然な判断だった。
斥候部隊からは敵と思われる存在の痕跡が報告されている。のぞみの防壁がなければ夜襲を受けていた可能性もあるのだ。
のぞみは、のぞみ自身が気づかぬうちに、その価値を大きく高めていた。
のぞみ自身は「あたし、レティさまの役に立ってるといいなぁ……」というぼんやりした感覚だったが……。
「馬車の揺れも、とても小さいです。街道としての安定感はケイコ教国の街道よりも優れているのではないでしょうか?」
「新しく魔法でつくったからじゃないかなぁ……」
のぞみの自己評価は低かった。それはケイコ教国にいた頃、いろいろとあったから、ということかもしれなかった。
「とにかく……感謝を。ノゾミさま、本当にありがとうございます」
「え、えへへ。レティさまのお役に立てて? 嬉しいです……」
そう答えて照れたのぞみはとても可愛らしかった。それを見たレティも、同乗している侍女たちも、のぞみを守りたいと強く思うのだった。
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