第27話 鉄子は彼女のために動く。



 橋があった川岸には、指揮官の騎士もいた。現場の状況から、略式の礼法でレティに頭を下げる。

 そこには、ここを戦場と考えてほしいという願いも込められていたのだろう。油断するなという意味もあるはずだ。

 レティもそれを理解した上で受け入れる。


「……ケイコ教国の聖騎士や兵士の姿は確認したの?」

「いいえ。斥候からも目撃情報はありません」


(斥候は移動の2日先行で動いているはずだから、それよりも前にこの橋は焼かれたはず。防衛のためのケイコ教国の部隊がいないのであれば、私たちはすでに渡河したイースター王国の軍勢と戦闘になっていてもおかしくない。そう考えるとこれは……ケイコ教国が自ら橋を落としたけれど、イースター王国の軍勢はいないということか……守りを固める以外の意味は……)


「……橋の復旧には?」

「おそらく5日はかかるかと」


「そう、長いわね。他の渡河手段はないのかしら?」

「馬車を渡せる舟が見つかれば、兵たちは泳がせたとして、それでも2日でしょうか。そして、今夜はこちらと向こう岸に分断されることになります」


「……カンク・トール・エックス王国の使者も巻き込まれているのかしら?」

「あちらは別の街道で帰国できます。我らとの衝突を避け、そちらの街道を選ぶはずです」


「そう。とにかく、どちらにしてもここで足止めされるということね」

「はい」


(……つまり、私たちの足止めがケイコ教国の目的ということ。ここで野営するとなれば……夜襲の可能性が高いかもしれない。強引に渡河を進めて分断されたら兵力は半減……。そして、当然、狙いはノゾミさま、か……。ケイコ教国は執拗にノゾミさまの排除を……まさか国境の橋を落とすなどと……ここまでするとは……)


「周辺の警戒と、舟の捜索はすでにしております。一応、架橋のための伐採の準備も進めます」

「そうですね。必要なことがあればすぐに動くように」

「はい」


 レティの近くに控えていたのぞみはそのやりとりを後ろから見ていた。橋脚だけがいくつか残された川の流れものぞみにはよく見えた。


(あそこに橋があればいいのかな? それだったら……簡単なんだケド……)


 この世界の国際関係はもちろん、政治力学など興味もないのぞみである。のぞみはごくごく単純に、レティの役に立てればいい、という気持ちだった。


「あの……レティさま……あそこに橋があればいい、んですか?」


「……ええ、そうね」


(ノゾミさま……? いったい何を……?)


「それなら、あたしにどうにかできますケド……」

「え……?」


(レティさまが困ってるんなら、恩返し、しとかないと。これ、あたしの出番だよね)


 のぞみはレティの後ろから進み出て、川の間際まで近づいた。そして、そこにしゃがんで手を地面に触れた。


(お城の壁の補修と同じだよね。あそこで何回もやったことだし……)


 のぞみは自身の『土魔法』スキルを発動させた。そこにつぎ込む魔力は手加減なしだ。レティのためなら魔力を惜しむことはない。とはいえ、のぞみにとっては大した魔力でもなかった。


(えーい。橋は……馬車が通れるように、頑丈さと道幅と……残ってる橋脚はうまく使って……)


「そんなバカな……」

「いったい何が……」

「奇跡だ……」

「どうなってんだ、あれ……」

「すんげぇ……」


 騎士たちや、随行文官、兵士たちから驚きの声がもれる。

 レティも目を見開いてそれを見ていた。レティが驚きの表情を隠せないのは珍しいことだった。それほどの光景だったのだ。


 目の前で橋が向こう岸へとつながっていくのだ。まるで空にかかる虹のように、それも一瞬で。

 レティたちの感覚では絶対にありえない出来事だった。目の錯覚だといわれた方が信じられるだろう。


(これが……ノゾミさまの『鉄道』スキル? いえ。そういう話はお聞きしていないはず。あのスキルではおもちゃしか出せないというお話だった。ノゾミさまの性質からして、そこに嘘はない。では、別の……ああ。そういえば『土魔法』も使えるという話がお披露目で聞こえていましたか……ですが、『土魔法』でこのようにすぐ、橋をかけることができるなんて聞いたこともない……まさかノゾミさまが勇者だから特別だと? それとも……勇者としてレベルを上げたから?)


 この場にいる誰もが驚いていたが、のぞみだけは平常運転だった。のぞみは自身の『土魔法』が異常だと思っていなかったのだ。


「こんな感じかな? これで、馬車も通れると思うケド……って。みなさん、どうしました? あのー、一応、安全かどうか、確認はお願いしますね?」


 振り返ったのぞみがレティに向けてにこりと微笑む。


「あたし……役に立った……ちましたか、レティさま?」

「え、ええ。そうね……」


 レティはとりあえず、のぞみに対してうなずくことしかできなかった。


「何モンだ、あの子……」

「ありえねぇだろ……」

「あっちゅう間に橋がかかっちまったぜ……」


 兵士たちのざわめきはおさまらない。そこから異常な興奮が伝わってくる。


(いけない。ノゾミさまの存在に気づかれてしまった……止めるべきだったけれど、何をなさるおつもりなのか、想像もできなかったもの……いいえ。あれを止めるのは無理だった。ただ、これ以上、ノゾミさまの存在を知られるのはよくない……とはいえ、この橋は活用しないという選択肢はない……)


 レティはのぞみに近づいて、小さな声で問いかけた。


「……ノゾミさま。この橋は消すことも可能ですか?」

「消すの? たぶん、できますケド……」


(多くの者に見られてしまうけれど、この橋を残すとおそらくケイコ教国の追手が来る。橋を架けるところを見られてしまったのは今さらとも言える。この橋のことで勇者だと気づかれるかどうかは……そこは判断が難しいところ……)


「では渡河が終われば消して頂いてもよろしいでしょうか?」

「あ、うん。もちろん」


 レティは指揮官の騎士と目を合わせた。彼はのぞみが勇者だということも知っている、カンク東王国の騎士である。


「渡河を急ぎなさい。斥候には向こう岸を進んで陽が沈む前に野営の準備ができる地点を見つけさせておくように」

「仰せのままに」


 すぐに指揮官の騎士は指示を出し、騎士たちや兵士たちが動き出す。女王であり、王女でもあるレティがいるだけでも士気は高いのだ。

 そこに神がかった不思議な何かの興奮も重なった。指揮官の騎士はこの部隊全体の、かつてない士気の高まりを感じていた。






 レティたちの一団はそれから2時間足らずで渡河を終えた。そして、のぞみは『土魔法』で作った橋をまた『土魔法』で消し去った。


 橋は兵士たちの目の前で、一瞬にして消えたのである。


 橋脚も消えてしまったのはのぞみにとっては偶然だったが、レティは内心でそれを喜んだのだった。

 これで、ケイコ教国から送り込まれる追手の数は絞られる、と……。





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