第26話 鉄子と彼女は足止めされる。



 レティを中心とするシンサ・カンク・センラ連合王国の使者の一団は宿場町を出発した。こちらの方面の街道ではケイコ教国での最後の宿場町である。

 この先の川を越えるために橋を渡れば、もうケイコ教国ではなく、支配勢力が不透明な国境地帯となる。


 この世界では明確な国境線が引かれている訳ではない。だからといって緩衝地帯という訳でもない。

 ただ単に、どの国の勢力圏ともいえない場所、という扱いである。ケイコ教国にその気があれば国土を拡大してもおかしくはないのだ。勇者を擁する国にはそれだけの戦力がある。


 誰かが領有を宣言したり、実効支配をしたりはしていないが、誰もが目を向けている場所でもある。可能ならばその地を手中におさめたいと考え、虎視眈々と狙っている場所だが、支配したら支配下で難しい問題が発生するだろう。


 結果として統治されず、無法地帯となる訳である。そういう危険な一帯を通過するために、ほとんどひとつの軍勢を率いてレティは移動していたと言える。護衛が過剰とも思えるが、それくらいは必要なのだ。


 馬車の中でのぞみが語った鉄道についてまとめた侍女たちの報告書の束は、何人かの随行文官や執事たちが読み込んで検討していた。もちろん、その作業も連合王国ではなく、カンク東王国の関係者で固めている。


 レティが女王の地位についているカンク東王国で実現可能かどうか、その内容を選定しているのである。カンク東王国の影響力を高めるために。


 レティは本気で、のぞみの知識を取り入れようと考えていた。それは、その困難さを知らないからこそ、実行しようと思えたのだろう。


 馬車に詰める侍女はふたりずつの交代制で、翌日は別の馬車で眠りながら移動するようになっていた。報告書を書くために睡眠を削っているからである。そのへんは少しだけかわいそうかもしれない。


 今日もレティとのぞみが乗った馬車の中では、プラ〇ールが活躍していた。すでにN700系は3両編成でふたつの編成が動いている。合わせて6両である。先頭車が4両で中間車が2両である。


 ここまでの数日間でのぞみが『鉄道』スキルを使って取り出したものだ。そのせいでのぞみのレベルアップも毎日のように続いていた。『鉄道』スキルはなかなか使えなかったのだが、使い始めると大きな経験値をのぞみにもたらしていた。


 鉄道初心者に新幹線で鉄道をイメージさせることについて問題があるかどうかは微妙なところだったが、異世界なのでそこはのぞみもこだわっていなかった。

 ただ、どうあがいても異世界で高速鉄道を実現するのは無理があるのだ。そこをのぞみも目指してはいない。


 馬車の床には直線レールとふたつのY字ポイントで、いわゆる単線の交換施設と同じ状態を作ってあった。島型の駅のホームと同じイメージである。


「単線では、そのまま車両が進めば、前から来る別の車両とぶつかってしまうので、このような交換施設とか、交換駅とか呼ばれる短い複線区間を利用して、ぶつからないようにするんです」


 実際にのぞみはN700系を手で動かしつつ、向かい合う車両がぶつからないようにやってみせた。魔力で動かすと逆に止めるのが難しいので、動かすのは手作業だ。


「なるほど。そうすると、複線にするよりも少ない線路で、安全に鉄道路線を配置できますね。しかも効率も良くなります」

「レティさまの国で鉄がどれだけ使えるかによって、単線か、複線かは考えてもいいと思います。もちろん、安全性は複線の方が圧倒的に高いですケドね」


 おもちゃであるプラ〇ールが鉄道運行の実例の説明で利用されることは、日本の鉄道会社でも実際に行われている。

 のぞみはそれを知っていたので、さまざまな鉄道の解説で積極的にプラレー〇を利用していた。


 移動中の馬車の中ではずっとのぞみによる鉄道の話なのだ。レティもすっかり鉄道の話に慣れていたし、その理解も深まってきていた。


(……ノゾミさまのおもちゃのように、魔力で動かすなどという高度なことは不可能だとしても、馬車を線路で走らせるという方法は不可能ではないと、みな、考えているようです。やってみる価値はある。時間はかなりかかるだろうけれど)


 カンク東王国で実行してみようという鉄道の案も、少しずつ随行文官たちの手でまとまりつつあった。


「そうすると、この交換施設で車両を……」


 こんこんこん。


 レティがのぞみに質問をしようとしたところで、馬車の扉が叩かれた。


 ふと意識を戻すといつの間にか馬車は停車していたのだ。真剣に話しすぎて、馬車が停まったことにも気づいていなかったらしい。


「陛下、少しよろしいでしょうか」

「開いて」


 レティの言葉で侍女が内側のカギを外して、外の騎士が扉を開く。座席に座ったままでレティは視線を外へと向けた。

 足元にプ〇レールがあるのは違和感しかないが、誰もそれには触れない。全力でスルーだ。


 馬車の外にはこの軍勢の副官のひとりである騎士が立っていた。


「問題が発生しました」

「どうしたのかしら?」


「どうやら、橋が落とされているようです」

「……まさか」


 この先にあるのは国境の橋である。

 勢力圏として考えるのであれば橋の向こうもまだケイコ教国の影響は強いだろうが、それでも他国がどこで姿を見せるか分からない地域だ。だが、橋そのものは確実にケイコ教国のものだと言える。


 その橋が落とされたというのは……大問題だろう。ケイコ教国が自身でそうしたのであれば、守りを固めるという意味がある。国境の橋を落とすのは外敵の侵入を防ぐもっとも簡単な方法のひとつだからだ。

 ただし、それは外敵の存在がすぐそこにある、という意味を持つ。


(ケイコ教国と敵対しているイースター王国が軍勢を動かしたというの? まさか、この、勇者のお披露目というケイコ教国の威信を賭けた行事の時に? いえ。そうだとすれば橋を落とすのではなく、ケイコ教国があちらへと攻め込むはず。今の聖王は穏健派だけれど、さすがに許すはずがない。だとすると、この橋を落としたのはいったいどちらなのか……)


「……落ちた橋は近いのかしら?」

「はい。すぐそこでございます」


「そう。それなら見てみます」


 レティがそう言うと、騎士がさっとエスコートのための手を差し出す。レティはその手を取った。


 侍女たちもレティに従うため、のぞみも含めて騎士のエスコートで馬車を降りた。そこからはレティだけがエスコートを受けて歩き、のぞみたちはその後ろに従った。

 のぞみはレティの真後ろで、ふたりの侍女にはさまれる位置だ。のぞみの姿を隠すという意味もある。のぞみは身長が低いので、こうすると本当に目立たなくなるので都合がよかった。


 川はすぐそこだった。確かに橋が落とされている。川の中に残っている橋脚の上に焼け焦げた跡があるのだ。火をつけて焼き落とされたのだろう。





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