第25話 鉄子は彼女にのぞみを見せる。
それから数日、特に変化のない旅が続いた。
基本的に、ケイコ教国の街道は馬車で1日の行程に合わせて宿場町が用意されている。ケイコ教国の中にものぞみを狙う立場の者がいるはずだが、その危険性を意識しながらも、レティは宿場町をひとつずつ経由していくルートを選択していた。
(何かを仕掛けてくるとしたら、ケイコ教国ではないはず……)
そのレティの考えが甘いのか、浅いのか。それとも正しいのか。とりあえず、帰国するルートではまだ何も問題は起きていない。
それは、レティを守る兵士たちの数が増えていることも関係していたのかもしれない。数は力なのだ。
「あっ……」
「ノゾミさま? どうかなさいましたか?」
「うん。えへへ。ついに車両が出せるようになったみたいですね」
のぞみは『鉄道』で車両を取り出すことができるようになったのだ。
(直線レールとカーブレールで運動場のトラックみたいなコースが完成したら、車両もって、なかなかうまいことできてるのかも、このスキルって。あ、しかもレールは4本、一気に手に入るんだ。また消費するMPが減った感じかな? 車両だけじゃなくて、レールの方もポイントとか、いろいろと選べるものが増えてるし)
のぞみのスキルは着実に成長し、さらにはのぞみのレベルアップにもつながっていた。
「ノゾミさま。もし、よろしければシャリョーを見せて頂くことは……」
「あ、うん。もちろんです。ちょっと待って……」
のぞみは自身の『鉄道』スキルを奥深くまで感じるようにする。こうすることで、何ができるのかが分かるのだ。
(車両もいろいろと選べるみたいだケド……今は1両だけみたい。そのうちレールみたいに何両も手に入るのかも。さて、今はどれに……って。もちろん、最初はコレだよね? えいっ!)
のぞみは1両、スキルで車両を取り出した。
それは白をベースに青いラインが入った、カモノハシのような顔をした車両だ。N700系、東海道・山陽新幹線の「のぞみ」である。
(コレは大前提だよね。あたしの名前に関係するし。あれ? またレベルが上がったみたい……)
スキル『鉄道』が成長してからというもの、のぞみのレベルはどんどん上がっていた。驚くような成長である。
「……シャリョーとは不思議な形をした馬車でございますね? これは車輪がどこにもないようですが……」
「あ、車輪はほら。裏返すとここに」
「ああ、このような場所に……。車輪は車体の外側ではなく内側にあるのですね。ですが、これだと、中に乗っている者が回転する車輪で危険な状態になるのではないでしょうか……?」
レティにそう言われて、のぞみは新幹線の車内で、高速回転する車輪に人間が巻き込まれた場合をイメージした。そして、すぐにそのイメージを頭の中で打ち消した。
(確かに血だらけの大惨事!? でも、本当は……)
「これはおもちゃだからこうなってるケド、本物だと台車と呼ばれる下の部分だけに車輪があって、車内には食い込んでないから」
「そうなのですね」
レティはのぞみとふたりでN700系をのぞきこみ、少しそわそわとしていた。
「……ノゾミさま。これが動くのですか?」
「あ、そうですね。この馬車ならスペースはぎりぎりあるので……ちょっとやってみましょう」
のぞみは直線レールを4本つないで、そこにカーブレールを4本、さらに直線レールを2本だけつないで「J」の形にした。そして、4本の方の直線を少しだけ持ち上げて傾斜をつける。
(電池はないから……)
長い方の直線レールの上でのぞみが手を離すと、N700系は滑り出した。そのまま、カーブレールにそってUターンして、短い直線レールを過ぎて馬車の床へとかたりと落ちた。そのまま少しだけ動いて停まる。
それをじっと見ていたレティは小さくうなずいた。
「……なるほど、そういうことでしたか。センロというものは、シャリョーの向きを変えるためにあるのですね?」
「向きを変えるというよりも……専用の道だからその道の上しか進めないって感じですね」
「馬もなく、御者もなく、方向を変えるというのは面白いと思ったのですが……」
「言われてみればそうですね」
(車……自動車はハンドル操作でいろいろなところへ行くから……確かに。鉄道の特徴としてはその通りかも。当たり前すぎて分かってなかった。下松のぞみ一生の不覚……)
「この溝に合わせてシャリョーの車輪が動くので、あのように大きく曲がったと思ったのです」
「これはおもちゃだからそうなんですケド、本物はもっと線路と車輪はぴったりくっついてる感じですね」
「このセンロを鉄で、さらには車輪を鉄で作ることで……マサツに違いが出るということでしたが、それだけの鉄を用意することは、多くの国にとってなかなか難しいことでしょうね」
「そうなんですか?」
「はい。鉄の鉱山があるか、ないか。または見つかっているか、いないか、というところから差があると思います」
「あー、なるほど。レティさまの国ではどうなんです?」
「はい。私の国……私が女王の位にあるカンク東王国は鉄の鉱山がありますので。ノゾミさまの知識はとてもありがたいのです」
「よかった……」
(あたしを助けてくれたレティさまの役に立てるなら嬉しいよね)
のぞみは心からそう思っていた。のぞみにとって、ケイコ教国から連れ出してくれたことは本当にありがたかったのである。
また、命を救われたという部分も、もちろん大きい。
その時、侍女のひとりが馬車の床にころがっていたN700系を拾って、のぞみに渡そうとした。その瞬間、N700系の、ちょうど運転席のあたりに触れた。
「あぅ……」
沈黙しつつ控えていた侍女が、突然、声にならない声をあげた。また、それと同時に、N700系の車輪がからからと回り始めたのだ。その侍女の顔色が悪くなっている。
「サーファ? 何かありましたか?」
レティが顔色の悪くなった侍女のサーファへと問いかける。
「……陛下。申し訳ありません。どうやら、大量に魔力を吸い取られたような感覚がありました」
「そういえば、車輪が回っていますね? まさかこのおもちゃは魔力で動くのですか?」
「え? そうなの?」
「ノゾミさま? ご存知ないのですか?」
「えっと……あっちでは電池で動くから、まさか魔力で動くとは思ってなくて」
「デンチ、でございますか? その代わりに魔力を? いえ。とりあえず動いているようですから、ノゾミさま、センロを追加して頂いてもよろしいですか?」
「あ、うん。任せて」
のぞみは「J」の形につなげていたレールを「О」の形へと完成させて、トラック状にした。
「……失礼いたします」
そのレールの上へ、顔色の悪い侍女サーファがN700系を乗せる。乗せた途端に、N700系はレールの上をからからと走り始めた。
(おー、動いてる動いてる。おもちゃ屋さんで展示されてるプラ〇ールっぽい。ただ、先頭車両だけだからやや車っぽいケドね。やっぱり何両かつなげないと『列車』とは言えないよね、列だけに。あと、侍女さんたちも、レティさまもそれをじっと見つめてるのがカワイイ。子どもみたい……。うん、プ〇レールっていいよね……)
レールのトラックを3周半ほど走り、N700系は力尽きたように動きを止めた。
「3周というところでしょうか? サーファ、大量の魔力を吸い取られた感覚と言いましたね?」
「はい、そうです」
「サーファの顔色の悪さから考えて間違いないのでしょう。ですが、そうすると……これを動かすための魔力はかなり大きいということになりますね……」
レティの言葉に、のぞみは今までのことがすごく納得できたような気がした。
(そういうことなんだ……だから、あたしの『鉄道』スキルはなかなか使えなかったし、結果としてあの国ではうまくできなかったんだ。魔力が足りないから……。取り出すのも、動かすのも、大量の魔力が必要になるスキルだから……。それと、あたしは『鉄道』スキルがあるから、それに必要なあたし自身の魔力も特別に多いってことなのかも……)
のぞみは自身の魔力の多さに理由があるということに気づいた。
ただし、それがとんでもないチートにつながることにはまだ気づいていなかったのだった。
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