第20話 鉄子を助けた彼女の事情。



 銀髪に空色の瞳を持つシンサ・カンク・センラ連合王国の第二王女であり、カンク東王国の女王でもある、レーティッシュ・ツェルマット・サン・モリッツ・カンク。


 レティ姫と呼ばれる彼女は、ケイコ教国の新たな勇者のお披露目パーティーに遅れて登場した。


 お披露目パーティーに遅れた事情は教国も理解していたのでその点から国際問題にはならなかった。


 それに、遅れたとはいっても、2日前の聖都入りである。

 ただ、2日前では、聖王や教皇との面会依頼から予定日が決まって謁見するという時間がないため、遅れた、と表現するしかないのだが……。


 シンサ・カンク・センラ連合王国は、ビィーティー半島とユースーイー半島に守られたソコル湾に面するペンドリーノ平原の南東部に位置する国だ。

 ただし、王国の南部は高原と山脈である。


 ペンドリーノ平原には、北東部にイースター王国、南西部にカンク・トール・エックス王国があった。


 ペンドリーノ平原と北のケイコ教国の間にはセイゾー山地帯があった。

 また南のトリオ・グランデ・ヴィスコンティ帝国との間に険峻なナリス・デル・ディアブロ山脈とそれに連なるモファット丘陵地帯がある。


 それでも、イースター王国はケイコ教国からの、カンク・トール・エックス王国はトリオ・グランデ・ヴィスコンティ帝国からの圧迫をじわじわと受けていた。


 大国の圧を受けたこの2国がその防衛のため、国力を高めようとして虎視眈々とシンサ・カンク・センラ連合王国を狙っているのだった。


 だが、三国鼎立の状態とはいえ、これまでに大きな戦争はなかった。


 それでも、嫌がらせのような小競り合いは毎年のように発生し、国境が確定せず、常に勢力圏が変動するような状態であった。

 そこには大国の圧力を受けている2国が全力を出せないという事情もある。


 レティ姫はイースター王国とカンク・トール・エックス王国の勢力圏が重なる一帯を抜けてケイコ教国を目指したが、その途中で、何度も嫌がらせや妨害を受けてきたのだ。特に、ケイコ教国と対立するイースター王国から。


 イースター王国は敵対するケイコ教国の示威行為である勇者のお披露目に参加するつもりはない。

 だが、自国をケイコ教国とシンサ・カンク・センラ王国によって挟撃されるというのも望まない。


 だから、場合によってはレティ姫を害することがあってもかまわない、というぐらいの腹積もりで、レティ姫の北上を妨害していたのだ。


 ケイコ教国は、レティ姫が、宗教的に対立しているイースター王国の妨害に屈せず、ケイコ教国を目指して北上してきたことを知っている。


 だから、勇者のお披露目パーティーに遅れたことを問題とせず、それどころか、イースター王国を非難することで、同じ宗派の国々の結束を呼び掛けて影響力を増そうとしていた。


 そういう国際事情によってレティ姫の遅参は問題とはされなかったのだ。


 ただし、他国の使者がゆっくりと聖王や教皇に謁見し、さまざまな交渉を行う機会を得ていることと比べると、遅参したレティ姫が得られた利は少なかった。これはレティ姫にとっては自国内での死活問題でもあった。


 事前の謁見ができず、パーティーでのあいさつのみで謁見に替えるというのは、遅参を許されつつも、レティ姫は使者として利を得る場を失うということでもあった。


 3か月以上もの馬車の旅を経てたどり着いたというのに、である。






 そもそも、レティ姫がこのお披露目パーティーに出席することになったところからして、シンサ・カンク・センラ連合王国の国内での複雑な事情を抱えているのだ。


 レティ姫は第二王女であり、その母は第二妃となった側妃で、正妃ではなかった。簡単に言えば、連合王国の王族の中では軽んじられていたということだ。


 もっと言えば、レティ姫の母である第二妃はすでに亡くなっていた。

 第三妃と手を結んだ正妃から疎まれ、それを国王が庇う形になったことでより一層ひどい扱いを受けた。醜い嫉妬も絡んだ政争である。


 離宮へと避難したにもかかわらず、そのまま心を病んで、自ら命を絶ったという過去がある。それも、庭園の池に身を投げて……。


 王家というのは怖ろしいものである。


 離宮育ちのレティ姫は、国王の庇護下にあったものの、9歳で母を喪い、後ろ盾らしい後ろ盾を持たない王女だった。


 その代わり、王宮を離れて育ったことで、とてもたくましい王女となったのも、結果としてはレティ姫にとっては幸運だったのかもしれない。

 それが、求めても得られない母の愛によって満たされないままの少女の心が、寂しい思いをし続けたことが原因であったとしても。


 レティ姫は懸命に学び、その姿に心を動かされた周囲の者たちによって、美しく、賢く、鍛えられていったのだ。

 そして、シンサ・カンク・センラ連合王国の一角となるカンク東王国の王位を継いだ。血筋がそうだったから、というのもある。


 レティ姫がのぞみを助けようと行動した背景には、レティ姫の母が自殺したことが大きく影響しているだろうことは間違いないだろう。


 もちろん、遅参によって得られなかった利を、のぞみを連れ帰ることで補うという打算的な考えも含まれている。


 ただし、この時点ではのぞみの価値はないものだと誰もが思っていたのだから、レティ姫はどちらかというと善意でのぞみを助けたと考えられるのだ。






 国王の寵愛を独り占めするほどの美姫だった母の容姿を受け継ぎつつ、賢明であるということ。

 天が二物も三物も与えてしまったことが、遠く離れた離宮にいるというのに、正妃や第三妃を刺激してしまう。


 シンサ・カンク・センラ連合王国は、その成立過程で3つの王国が連合した国である。

 その結果、連合王国を形成する3つの王家の血を引く三人の妃を必ず王が娶ると決められている。そのことが、このような王宮での醜い争いを加速させていた。


 使者の決定前には、5年前の勇者召喚の際、ずいぶんと女好きな勇者が召喚されたという噂は広まっていた。くわしく説明するまでもなく、勇者ナハのことである。この噂を誰が広めたかは予想できるだろう。


 それによって、今回の勇者召喚においても、あわよくば勇者の助力が得られるようにと……。

 つまり、美姫と評判の第二王女であるレティ姫を使者に出すのがよいのではないか、と……。


 母を亡くしたことで確たる後ろ盾もなく、婚約者も決まっていなかったレティ姫だからこそ、そのような言い分が通ってしまったとも言える。


 国王はレティ姫を愛していたが、だからといって国益を無視することはなかった。


 勇者というのは、それだけで王女の相手として相応しいと考えられていたことも大きい。それが勇者ナハであったとしても、である。人格は関係ないのだ。そもそも、くわしい情報はシンサ・カンク・センラ連合王国まで届いていない。


 実際、これまでにお披露目へと姫を送り出し、姫を見初めた勇者を連れ帰ったという国もあった。そういう歴史も影響していたのだ。


 召喚されたのが女勇者であるというのは、レティ姫が離宮を旅立ち、2か月以上、旅をした時点で知らされたことだった……。






 場面はのぞみとレティが出会った部屋へと戻る。


「ノゾミさまは、現状をどこまで把握なさってらっしゃいますか?」


「……現状?」


 レティの問いかけにのぞみは首をかしげた。


「……言葉を変えましょう。ノゾミさまは、どこまで覚えてらっしゃいますか?」


「どこまで、覚えて?」

「なぜ、ここにいるのか、理解されていますか?」


(……なぜここにいるのか? えっと、それどころか、ここがどこだかもワカンないんですケド?)


 のぞみは一度、レティから視線を外して、考え込むように少し俯いた。





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