第19話 鉄子は彼女と言葉を交わす。



「……我が国の勇者の扱いを知り、それをもって援助を引き出す、というところでしょうか?」


「小娘そのものに利はないということだな?」

「そうですね」


「今回のような裏の事情は、確かに広く知られたくないとは思うが、使えぬ勇者に対する扱いなど、知られたところで脅しにもならん。まあ、勇者との間で問題となるかもしれぬがな」


「それは大きな問題では?」


「……だからといって、他国に外交で譲歩するほどのことでもない。下らぬ脅しがあるならば、そちらが勇者を攫ったと逆襲すればよいだけだ」

「なるほど……」


「あちらは勇者という存在を隠さねばならん。それだけでも手間であろうに」

「確かに……」


「今回の件は、おそらく、感情で動いたのであろうよ」

「感情、ですか?」


「かの女王もまだ幼い。たまたま、目の前で池へと身を投げるところを見たという報告だ。あの勇者と、年頃も近い。ふむ。義憤、と言ってもいいかもしれぬな」

「利ではなく、感情で動いた、と?」


 聖王は優しく微笑んだ。


「……あれを切れ者だと思うならば、あの女王に婿入りでもするか?」

「ご冗談を……」


「まあ、遠すぎると言えば、かの国は確かに遠い。シズカ派の異端どもを挟撃するということで友好国として遇してはおるが、実際には離れすぎていてほぼ無関係だ。こちらとしても山岳地帯を越えてまで、異端どもを攻めるつもりもないというのが本音ではあるからな」


 シンサ・カンク・センラ連合王国は、ビィーティー半島とユースーイー半島に守られたソコル湾に面する、ペンドリーノ平原の南東部に位置する国だ。


 ただし、王国の南部は高原と山脈である。


 ペンドリーノ平原には、北東部にイースター王国、南西部にカンク・トール・エックス連合王国があり、三国鼎立で牽制し合っている状態であった。


 ペンドリーノ平原と北のケイコ教国の間にはセイゾー山地帯がある。

 また南のトリオ・グランデ・ヴィスコンティ帝国との間にも険峻なナリス・デル・ディアブロ山脈とそれに連なるモファット丘陵地帯があるため、大国からの圧迫はゼロではないが、大きくもなかった。


 ただし、ペンドリーノ平原の北東部に勢力を広げるイースター王国は、ケイコ教国において迫害を受けた宗派……シズカ派の人々がイースター侯爵家を頭に抱いて移住し、打ち立てたという歴史がある国だった。

 そういう歴史があったこともあり、ケイコ教国との間には浅からぬ因縁があるのは事実だ。


 聖王が異端どもと呼ぶのはこのイースター王国のことである。


「事故死したものとしておいても、それだけ離れていれば生き延びたことが伝わることはない、と?」


「勇者アカツキがずいぶんとあの小娘のことを心配していたと聞いておる。実は死んだように見せかけて安全な遠国に逃がしたのだとでも言えば、勇者アカツキとの信頼を崩すこともあるまい。あちらは温暖だとも聞く。静養にはよかろうて」


「……それを我が国の利とする、ということですか?」


「あれを事故死させただけでは勇者アカツキとの信頼を損なう可能性もあった。生かして飼い殺しにするにもずっと予算が必要になる。どのみち死んでもよいと考えていたのだから、それだけでも十分な利と言えよう」


「……それでは、使えぬ勇者とはいえ、タダでくれてやる、ということですか?」


「それはそれで面白くはないか……。ふむ。カンク・トール・エックス王国の使者を呼び出す準備をせよ。まあ、少しくらいイタズラはしてもよかろうて。こちらの手はもう離れたのだ。何かあっても責任はない」


 にやりと笑った聖王の言葉に、第二王子は一礼してすぐに動き出した。






 のぞみは目を覚まして、ぼんやりと周囲を見つめた。


 そこは、心から望んだ懐かしい自宅の自分の部屋ではなかった。


 ベッドはとても大きいが、天蓋がない。もう一度周囲を確認すると、肩に届かないくらいの短めの髪の二人の女性がいた。金髪だ。そのうちの一人がぱたんと扉を開いて部屋から出ていった。


 どうやら、昨日までのお城の部屋でもないらしい。それでも、それなりに高級そうないい部屋だろうということはそこにある調度品でのぞみにも判断ができた。


(……ここ、どこ? あたし、確か、お城の庭の大きな池に? でも、家じゃないってコトは、やっぱり帰れなかったんだ)


 部屋に残っていたもう一人の女性が、ベッドのそばに近づく。


「お目覚めになられたようで、安心いたしました。体調はいかがでしょうか?」


「あ……」


(……知らない人。この人、ずいぶんと髪が短い。ボブカットっぽい。こっちに来てから長い髪の女の人しか見てないから新鮮な気がする)


「飲み物や、食べ物はいかがですか? 必要ならばすぐに用意いたします」


 のぞみは返事をしなかった。


(死のうと思って、死ねなかったってコトか……でも、意外と、気持ちはスッキリしてるカモ? 一回、死ぬ気で行動したからかな? グシャグシャだった気持ちが今はそんなに感じない。しかも……)


 くぅ、と小さくのぞみのお腹が音を立てた。


(あんなコトまでして、フツーにお腹が空いてるとか、ナイよね……)


「すぐに、何か、お持ちしましょうね」


(聞こえちゃったよ! 察して行動されちゃったよ!)


 のぞみは自分の頬が赤くなるのを感じた。






 のぞみが届けられたパンとスープを食べ終わった頃、扉がノックされて、のぞみの世話をしてくれていたボブカットの女性が扉を開いた。


 開いた扉から、銀髪に空色の瞳を持つ美少女が部屋の中へと入ってくる。


(……絵本のお姫様みたいなヒトだ)


 のぞみの直感は正解であった。


 銀髪の美少女がのぞみの近くへとやってくる。ボブカットの女性が椅子を用意して、ベッドサイドに美少女が座った。


(うわっ、目、キレー……)


 のぞみはぼうっと美少女の瞳に見入った。その美しさはのぞみにとってあまりにも非現実的だった。


(お城とは別のトコみたいだったけど、やっぱりお城の中なのかな? お姫様がいるモンね?)


「勇者ノゾミさま、はじめまして。私、レーティッシュ・ツェルマット・サン・モリッツ・カンクと申します」


(名前、長っっ!)


「シンサ・カンク・センラ連合王国の第二王女です。この度のお披露目は連合王国の代表使節として出席致しました」


(第二王女!? それって本物のお姫様なんじゃ……?)


「カンク東王国の女王でもあります」


(なんデスとーっ? お姫様のさらに上ってコト!? あ、いやいや、確か、名乗られたら、名乗り返さないとダメだったよね? そう教わったよ、あそこの侍女さんたちに……)


「は、初めまして。のぞみ……下松のぞみ、デス」

「ノゾミさま、とお呼びしてもよろしいですか?」


 にこりと笑う銀髪の美少女。


(なんか、ドキドキするんデスけど……)


「あ、その、さま、とかは、いらなくて……」


「では、私のことはレティとお呼び下さい」

「ほへっ!? む、むむむ、無理デスっ!」


「あら、どうしてでしょう?」


「え、えと、第二王女って、お姫様、で、しかも、女王デスよね? 普通に、む、無理ですケド……?」


「ノゾミさま? 勇者は王族と同列の扱いを受けると、古くからケイコ教国は定めております。私とノゾミさまは対等の立場でございます」

「へっ……?」


 のぞみはとんでもなく間抜けな顔をして、銀髪の美少女、レティを見つめた。


 これが、運命の二人の出会いであった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る