鉄子、彼女と出会う。

第18話 鉄子は彼女に助けられた。



「危ないっ!」


 池に向かってふらりと倒れていったのぞみの腕を掴んだのは、のぞみよりも少しだけ背の高い、ドレスを着た銀髪の少女だった。


 だが、その少女の腕力ではのぞみを支えることができず――。


 ばしゃんっ。


 ――二人はそろって池へと沈んだ。


 少女にとって運が良かったのは、のぞみが無理に動こうともがいたりしなかったことだった。もし、溺れるまいと必死になっていたら、逆に二人そろって溺れていたことだろう。


「……くはっ、ナイル!」


 池に落ちてもがきながら叫んだ少女の呼び声に答えたナイルという男性が池に飛び込み、少女とのぞみを抱きとめる。池は男性の胸くらいの深さがあった。

 そして、そのまま強い力で岸へと引き寄せる。


 少女は岸辺に手が届くと自分で池から上がり、のぞみはナイルと呼ばれた男性によって抱きかかえられたまま、池から上がった。


 この時、のぞみはすでに気を失っていた。


 のぞみを助けた少女――実際に助けたのはナイルという騎士だが――は、銀髪に空色の瞳を持つシンサ・カンク・センラ連合王国の第二王女であり、カンク東王国の女王でもあった。


 名をレーティッシュ・ツェルマット・サン・モリッツ・カンク……側近からはレティ姫と呼ばれている王女で女王だった。


 池から出て立ち上がったレティは周囲を見回す。

 そして、暗がりにいる二人の人影を確認すると、そのままそっちへと歩み寄る。


 そこにはケイコ教国の巫女服を着た侍女が二人いた。


(……侍女らしき巫女がいて見て見ぬふりとは、これが教国の方針ってことかしら?)


 レティは頭を回転させる。これは好機かもしれない。


(……勇者を始末する教国の方針。自分たちでも使わない、もしくは使えない勇者という情報は入っている。さらには、このままでは周辺国にも売れないと考えたということかしら? 確か、『土魔法』で……。それに、幼い少女、か。確かに勇者としてはちょっと期待外れとはいえ……だとするとそれだけじゃなく、この子は、勇者としての重圧に耐えられなかったということかしら? そうね。池に自ら……)


 先程の、池へと倒れていくのぞみの姿を思い出す。思い返してみれば、あれは心を病んでいるからこその姿だったとも思える。あの時、のぞみは誰かに背中を押された訳ではないのだ。


 レティはひっそりと気配を消すように立っていた侍女たちの前で立ち止まる。


(勇者を手にする機会とはいえ、そこに利があるかどうかと言えば、判断が難しいところね。いえ、あまりないでしょうね。そうでなければ、教国もこのような真似はしないはず……)


 レティはお披露目された勇者に挨拶するために会場内を移動していた。その時に聞こえてきた陰口を思い出す。


 あそこで聞こえてきた暴言とも思える、新しい勇者に対する否定的な言葉。


(……利を捨てるなんて、許される立場じゃないのは分かっているけれど、でも、これはそれ以前の問題ね)


 レティは侍女らしき巫女二人をまっすぐに見据えて、その銀髪から雫を垂らしながら微笑んでみせた。


 レティのあまりの行動の速さに動きを抑えられた巫女たちは、レティの意図が掴めず、口元を少し引きつらせていた。巫女たちからすれば、見られたくない場面を見られたのだ。


「……飲み物をこぼしてしまって、ドレスを汚してしまいましたの。せっかくのパーティーなのですけれど、これでは失礼になるでしょう? 中座させていただきますね。皆様方にはお詫びを伝えて下さるかしら?」


 ますますレティの意図が理解できず、巫女たちは頬を引きつらせる。

 全身が濡れた状態である。飲み物をこぼしたと言うが、目の前で池に落ちたところを見たのだ。明らかに嘘である。


 確かにパーティーを中座せざるを得ないことは間違いないのだが……。


 レティは目を細めて巫女を睨むように見つめた。


「ああ、そうそう。この度のパーティーで起きた事故で失われた尊い命については、我が国を代表してお悔やみ申し上げます、と、貴方たちにここにいるように命じた方に、必ず伝えてもらえるかしら?」


 巫女たちはレティの視線に射抜かれたように身体を震わせた。


「シンサ・カンク・センラ連合王国は、新たな勇者の死を心より悼みます、とね」


 そう言い残すと、レティはもう巫女たちをまるで存在しないかのように無視して、背を向けた。仮にもケイコ教国の侍女だ。間違いなくレティの言葉を伝えるだけの能力はあるだろう。


 そして、パーティーのパートナーとして出席していた護衛騎士のナイルに命じて、気を失っているのぞみを運ばせ、レティはそのままパーティー会場を出たのだった。






 レティの言葉は、侍女から侍女頭へ、侍女頭から執事長へと伝わり、それは聖王ル・トラン・ブルー2世の耳へと届いた。


「……シンサ・カンク・センラ連合王国のカンク東女王か」

「確か、レーティッシュ・ツェルマット・サン・モリッツ・カンク、でしたか?」


 聖王のつぶやきに答えたのは第二王子である聖王子シェフィールドだ。


「まだ13歳だったか、14歳だったか……まさか、あの勇者を買い取る国はないだろうと思っておったが、持ち帰ろうとする国があったとはな」


「切れ者のようですね。こちらの意図を読み切って、表向きは勇者を殺し、陰では生かして連れ帰ろうというのですから」


「そうとも言えぬ」

「そうでしょうか? 使えぬ毒の勇者とはいえ、ただで持ち帰るならば……」


 ふむ、と息をはき、聖王は息子に政治を教えるのもよいだろうと、首をかしげた第二王子を見た。


「我が国では死者となることを願った勇者だ。それを取り込んだとして、そこにどのような利があるか?」

「利……」


「勇者アカツキや勇者ナハのように、勇者として1国を相手にして戦える戦闘力がある訳でもなく、期待された力は実は毒を広げるものだと判明した。その幼さ故に精神は脆く、勇者として生き抜くことに耐えられぬ。また、身体も幼く未成熟ゆえ、女としても、産み腹としても使えぬ。そういう趣味の者もいないではないが……。そうして処分が決まった小娘に、そなたならばどのような利を見出すというのだ?」


 聖王はそう問いかけて2番目の息子を見据えた。





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