第17話 鉄子、帰ろうとする。
新たな勇者のお披露目の日は、のぞみが部屋に引き籠っていることは許されなかった。
だが、抵抗する気力ものぞみには残っていなかった。
召喚された勇者であることを示すために、アイテムボックスに収納していた召喚時の服装、夏服の制服姿に着替えさせられる。のぞみを着替えさせる侍女の中から、レズロリ侍女のシーノはいなくなっていた。
ただし、ピンクのショーツだけは、上からこっちの世界の下着であるかぼちゃパンツをはかされた。侍女の巫女たちからすると、ピンクのショーツの防御力は紙装甲過ぎたためである。
青を基調とするチェックのスカートは膝が隠れるくらいの長さで、こっちの世界からするとかなりセクシー……というか短すぎるが、そこは足。
本来なら足も見せないというのがこちらの普通ではあるが、足ならばまだ許せるかもしれない……という感覚だった。
別の世界から召喚された勇者ならでは、ということだ。文化の違いともいう。
かぼちゃパンツのすそをふとももまで上げているため、ちらりちらりとベージュがスカートの下から見える。
これはこちらの世界ではかなり……しかし、のぞみの体形からすると特殊性向のある者にしか刺激は与えられなさそうだったのでそこまで問題視はされなかっただけである。例えばシーノのような者だ。
透け防止の白のブラウスとスカートの色に合わせた青を基調とするチェックのネクタイ。
白に小さな花柄のブラはかろうじてAカップだけど実はちょっと隙間がある。谷間ではなく隙間である。そこは気にしないでおこう。いずれ成長するに違いない。成長期は終わっているが、身長ではないのだから可能性はあるだろう。
のぞみがぼんやりと思い浮かべたのはネクタイとリボンの違い。
(……ああ、ちゅうがくでは、りぼんだったよね。こうこうでねくたいになって、おとなになったみたいでよろこんだけど、いまは、あのりぼんが、なつかしいな……)
侍女たちに言われたように動くのは、心と切り離されたどこか別ののぞみだったのかもしれない。
もちろん、瞳は死んだ魚のように濁り切ったままだった。
お披露目では、決まり文句を繰り返す人形のように振る舞うことを命じられた。
「あらたなゆうしゃ、のぞみともうします。どうか、おみしりおきを」
のぞみのセリフはそれだけで、あとはうなずいておけばいいらしい。
近くには着飾った侍女が寄り添い、宰相がのぞみの代わりにあいさつにくる周辺国の使者たちとの会話を動かす。
宰相は、のぞみが壊れていると気付かせないように懸命に振る舞っているが、使者たちもそこまで愚かではない。
当然、誰に対しても同じ言葉しか残さず、ただうなずくだけの新たな勇者を正しく値踏みしている。
何か異常があるのか、少なくとも、この場で適切な振る舞いができるように教育するだけの時間が、または、その教育を受容するだけの能力が、なかったか、足りなかったか。
そして、これは確実に……自国を助ける勇者とはならないだろうと、そう見抜くだけの眼力は、送り込まれる使者として身に付けていた。
いくら宰相や聖王がのぞみをうまく小国に押し付け、できれば高く売りつけようと考えたとしても、のぞみの状態がそれを許さなかった。
そして、このお披露目パーティーの会場入りが遅れている最後の1国を除いて、全ての周辺国とのあいさつを終えた時点で、宰相はオジサン軍団に小さな合図を送った。
のぞみがふと気づくと、周囲にいたはずの宰相がおらず、さらには侍女たちもいなくなっていた。
だが、指示はうなずくだけで、それ以上のことはよく分からないし、考えたくもなかった。
そこへ、いつもの悪口、陰口が聞こえてくる。
「……『土魔法』しか使えぬ勇者とは、まだ何も使えぬ方がマシだったろうに」
「まともに戦えもせず、ただ、魔物を用意させて、とどめを刺していたそうな……」
「貧相な身体で、女としてもまだ使えぬか……」
「5年分の貯めた魔力をどうしてあんな小娘が……」
「教国の恥だな……」
のぞみだけに聞こえるように。
まるでのぞみをどこかへと追いやるように。
(いやだ……もういやだ……なんでなんでなんで……あたしは、こんな、ところに、きたくなんか、なかったのに……かえりたい……かえりたいよぅ……)
あいさつを終えた周辺諸国の使者たちがのぞみに寄ってくることもない。
彼らはアカツキやナハを取り囲むようにして、つながりを得ようとしている。特にアカツキは勇者としての戦闘力が高く、人気もある。
そんな状態のアカツキから、のぞみが宰相たちオジサン軍団の仕込みで、どのような目に遭わされているのかは見えなかった。
もちろん、ただの悪口や陰口ぐらいでは、そこまでの効果はなかっただろう。
しかし、これは、陰湿なことに、この日までに何度も、本当に何度も繰り返されてきたことだった。
そして、のぞみは、この世界で生き抜くためにとアカツキが進めたパワーレベリングによって限界まで精神的に削られていた。
その上で、心の拠り所となるはずだった固有スキル『鉄道』においても挽回できず、のぞみは完全に自己の存在理由を失っていたのだ。
傷口の上からさらにナイフを突き立てるように囁かれる陰口によって、追いやられるようにパーティー会場を出たのぞみは薄暗い庭にいた。
ふらりふらりと、今にも倒れそうな足取りで、パーティー会場の明るさから離れるのぞみ。
そんなのぞみの前には、昼の茶会などで鑑賞される大きな池があった。舟を浮かべて楽しむこともできるらしい。
暗がりの中の池。
そこで雲が晴れるという偶然。
突然の月の光が、暗がりに明かりを灯す。
のぞみは池に映る制服姿の自分を見た。
全ては意図的だったのか、それとも全ては偶然だったのか……。
(……ああ、そうか……高校生になったあたしは、そこにいるんだね……そう。そこに……)
池の中ののぞみが弱々しく微笑む。
(帰りたい……)
のぞみの身体がふらりと池の方へと倒れた。
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