第15話 鉄子、幼児退行っぽくなる。
次の日も、のぞみは『土魔法』の使い手のもそもそとしゃべる人と一緒に、城壁の補修を行った。
でも、昨日と違って、レベルアップはしなかった。
もちろん、それはとても残念なことではあったが、それ以上に残念だったのは、部屋へ戻るのぞみの耳に心無い言葉がいくつも届いたことだった。
のぞみが使えない勇者であるということは、いつしか聖王城内で知らない者がいないほどだった。
それは聖王や宰相がそれぞれ勇者召喚失敗の責任を押し付け合うための策略を進めた結果だったのだが、それをのぞみが知ることはない。
その翌日は休みとなった。のぞみはふかふかの天蓋つきベッドから出る気にならず、大きな枕を背もたれにして、上半身だけを起こして過ごした。
暇になったのぞみは固有スキル『鉄道』を使って『線路購入』で新たなプラレ〇ルを出した。そして、この前の〇ラレール事件で出したプ〇レールをアイテムボックスから取り出す。
その日は一日中、ベッドの上で、プラ〇ールをはめたり、外したりを繰り返して、のぞみは過ごした。それはあまりにも異常な光景だった。
そんなのぞみの側で、侍女である巫女のシーノが、優しくのぞみの頭をなでていた。
まるで幼児退行したかのようなのぞみにとって、そんな巫女シーノの手はとても気持ちがよかった。
休みの次の日、またのぞみは城壁の補修を『土魔法』で行った。そして、その時、再びレベルアップを経験する。
(やっぱり『土魔法』でもレベルアップできるんだよね? それじゃあ、ダンジョンなんて行かなくてもよかったんだ。なんでダンジョンなんかに……あんな、あんなことをあたし……)
のぞみの中に、アカツキに対する不信感が生まれて、ふくらんでいく。
本来ならそうそう起こらないはずの『土魔法』の行使による経験値の取得でのレベルアップ。それがのぞみとアカツキとの関係を狂わせていくことになる。
のぞみはこの先も気付かない。
『土魔法』によるレベルアップが起きるのは、休みの日にのぞみが『鉄道』スキルを行使した、その翌日か、それ以降だということに……。
このレベルアップが、アカツキによるのぞみのパワーレベリングによって獲得した、固有スキル『鉄道』の行使による膨大な経験値によるものだということに……のぞみが気づくことはない。
やがてのぞみはほとんど言葉を発しなくなった。
「ふむふむ。今日も……お見事ですじゃ」
「……どう、も」
「何度見ても天才的な『土魔法』ですじゃ」
「……あり、がとう」
わずかに、『土魔法』の使い手であるもそもそと話す人とだけ、短い言葉でやりとりをする程度で、ほとんどしゃべらなくなっていた。
それは、城内で浴びせられる、もはや陰口とは言えない、聞こえてくる陰口のせいだった。
「おい見ろよ、役立たずがいるぞ」
「あれで宮殿内でも一番いい方の部屋って何だよ」
「一応、肩書は、な……」
「できそこないだろう?」
「『土魔法』で壁の補修、してるってよ」
「ただの雑用じゃないか……」
「あいつのせいで知り合いの聖騎士が怪我したんだ」
「それは……辛いな。教国のためになったのならともかく……」
「まさに骨折り損って話だろう」
勇者の欠陥品であるとか、役立たずの固有スキルだとか、たかが土魔法使いでしかないのか、などと、のぞみを否定する言葉は次から次へとあふれ出るようだった。
まるで、わざと聞かせようとしているかのように。
のぞみは貝のように口を閉じ、心の耳を塞いだ。
のぞみの聴力は転移前の鍛錬で鍛え上げられていたため、心の耳を塞ぐしかなかったのだ。
その鍛錬とは、さまざまな鉄道における車掌の車内放送を聞き分けたり、車両の運行音でどの路線のどの車両かを当てるクイズに勝利したりするための鍛錬ではあったのだが、その稀有な才能は今、マイナスでしかなかった……。
休みの日、のぞみは部屋に引き籠り、プ〇レールをくっつけたり、外したりして一日を過ごす。そんなのぞみを侍女で巫女のシーノが優しくなでている。
手遊びとしてつけ外しするプラ〇ールの直線レールは7本になっていた。
そこへ、勇者アカツキの訪問が告げられた。
のぞみはベッドの上から動かない。礼儀作法から言えば完全にアウトだった。
取り次いだ侍女が、アカツキがそのままでいいと言ったため、仕方なしにアカツキをのぞみの部屋へと案内してきた。
アカツキ自身はのぞみの親のような気持ちだったので、ベッドの中ののぞみと会ったとしても問題は感じていなかった。
「ノゾミくん……」
プラレー〇を黙々とくっつけたり、離したりするのぞみの姿に、アカツキは苦い物を飲み込んだような表情をした。
明らかにのぞみの状態は異常だ。これでは幼児退行にしか見えない。どう考えても心を病んでいる。
『土魔法』での城壁の修復を頑張っていると聞いていたので、アカツキは油断していたのかもしれない。
勇者としてのお披露目はもう目前に迫っている。とにかく時間がないとアカツキは考えていた。
のぞみが勇者としてこの世界で、このケイコ教国で生き抜くには、それだけの力を示すしかない。
その力として、固有スキル『鉄道』は役に立たなかった。また、『土魔法』への偏見の目は厳しく、そこでの活躍でも十分とは言えない。
ならば、勇者として高いレベルに達して、戦う力を持つしかない。
アカツキはそう考えていたのだ。それがのぞみのためだと信じて。
「ノゾミくん。ダンジョンへ行こう。とにかく、今はレベルを上げるんだ」
アカツキのその言葉に、びくりとしてのぞみは動きを止めた。
「教国は勇者に甘くはない。力を示さなければ、飼い殺しか、ひどい場合には本当に殺されることになりかねない。以前そういうことがあった……。ノゾミくん、今ならまだ間に合う。レベルを上げて、戦う力を身に付けるんだ」
アカツキはまっすぐに、ベッドの上ののぞみを見つめる。
のぞみは侍女に支えられながら、その手にプラ〇ールを握っていた。青いプラスチックが小刻みに震えている。
「……っ、あが、まし、た」
のぞみの口から、小さな声が漏れ出た。
「ノゾミくん……?」
アカツキはしっかりと聞き取ろうと、集中する。のぞみの気持ちを、しっかりと聞き取り、受け止めようとして。
のぞみの首が動き、濁り切った瞳がアカツキへと向けられた。
「つち、まほうで、れべる、あが、り、まし、た、よ……」
その意味を、アカツキはすぐには理解できなかった。
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