第13話 鉄子は二度見した。
のぞみは自分の足元を見た。
アカツキも、のぞみの足元を見た。
そして、のぞみはアカツキを、アカツキはのぞみを、互いに見た。
さらに、二人はもう一度、のぞみの足元を見た。
それは、ずいぶんとゆっくりとした二度見であった。
そんな二人の変な空気をいっさい読まずに口を開いたのは、ナハだった。口だけではなく、ナハは行動にも移した。
「ねぇねぇ、テツコちゃーん? これって、おれっちも子どもん頃、お世話になったけどさー……」
ナハは、のぞみに近づき、のぞみの足元からソレを拾い上げる。
ソレは、長さがだいたい20cmくらいの細長い長方形で、溝があり、短辺の片方には凸が、もう片方には凹がある、青い色をした……。
「……これって、プラ〇ールじゃね?」
のぞみにとっては、そんなことはナハに言われるまでもなかった。
(い、言われなくても知ってるケドね? もちろん知ってるケドね? 知ってるというか、あたしも小さな頃は、ええ、それはもうお世話になりましたとも! おじいちゃんがクリスマスにプレゼントしてくれたN700系は小4のあたしの宝物だったからね? 実はJR九州のゆふいんの森の方がほしかったっていうのは内緒だったケドね? あの形が好きなんだよね……)
そう。
のぞみの固有スキル『鉄道』、その『線路購入』で購入した直線レール、それは、本物の鋼鉄のレールなどではなく、プ〇レールであった。
神々しい光の乱舞の後にポトリと落ちるという、残念過ぎるエフェクトのズレ。
いや、プラレ〇ルには何の罪もない。全国の少年少女をあまりにもスマートに、まるで皇太子が婚約者をエスコートするかのようにテツへと誘う素晴らしい魔法のおもちゃである。
そう、プラ〇ールには何の罪もない。繰り返しておく。プ〇レールはいい。とてもいいものだ。タカ〇トミー万歳! できればほしいです。めっちゃほしいです。
……だが、この場においては、それは問題だっただけだ。
「しかもこんな短いのが1本だけって、あるイミ、すごくね? ね、テツコちゃん?」
(あたしだって、こんなことになるなんて知らなかったんだもん! しょーがないでしょーが! 誰が気づくのよ? 『線路購入』の直線レールのところに〈P〉ってあったケド、あれが〇ラレールを意味してるなんてフツー気付かないよね!?)
心で激しく叫んでも、言い返すことができないのぞみであった。
そのすぐそばで、アカツキもかなり動揺していた。
(……プ、プラ〇ールか。MP3000も消費してプ〇レール。MP3000などと、こっちの世界の人間ではありえない……いや。勇者だったとしてもほぼ不可能な魔力量のスキルだというのに……。いやいや、だからこそのプラ〇ールか? プラスチックなんて、こっちじゃあり得ないものだ……。だが、あり得ないからこそ、問題だ。鋼鉄の線路なら、難しくても加工できる可能性はあった。素材としての可能性が……。だが、プラレ〇ルとなると……プラスチックを素材として加工というのは……)
「勇者アカツキ、どうなったのだ?」
「それは何じゃ?」
「それが『鉄道』なのか?」
「早う、わしらにも見せんか!」
神々しい光の乱舞に興奮気味のオジサン軍団、そして、その後ろには教皇も、第二王子もいる。
(ま、まずいぞ、これは……)
アカツキは返答に窮した。
「聞いていた話と違って、ずいぶんと小さい物のようじゃな?」
「そりゃ~、ちっせぇよ、うん。間違いないねぇ~」
「なんじゃ、勇者ナハ、そなたはソレを知っておるのか?」
「そりゃもちろん。これを知らない日本人はたぶんいないねぇ~」
「なっ、ソレは、そなたたちの世界の物、ということか!」
プ〇レールを知らないオジサン軍団は一気に盛り上がる。
異世界の物品。それはいったい、どれほどの価値があるというのだろうか。その雰囲気に、教皇や第二王子も興奮してきたようだ。
だが、それも、次のナハの言葉で一気に冷え込むことになる。
「そーだぜ? コレ、おれたちの世界の、有名なおもちゃだかんな」
「は?」
「なんと?」
「どういうことじゃ?」
「おもちゃ、とな?」
「そう、おもちゃだぜぃ、ぐふっ、くくく……」
笑い出すナハ。それは悪意はなく、単にナハの性格によるものだったのだ。
「おもちゃ、なのか?」
「魔力量3000で? おもちゃとな?」
「では、この上を馬車で走るというのは?」
「ん? 割れるんじゃね?」
「強度がないというのか?」
「なんと!?」
「ならば、素材として火事場で炉に入れれば……」
「燃えて、消えてなくなるだけっしょ」
「は……?」
「こちらでは想像もできぬほどの鉄と勇者アカツキが……」
「いや、鉄じゃねぇじゃん。プラだよ、プラ。あ、プラってことは燃やせないゴミか」
「も、燃やせないゴミ?」
「どういうことじゃ? 燃えぬというのか?」
「ええと、なんだっけ? テトロドミナニウム? とか? そんなに感じの危ない毒ガスだったっけ? そういう毒が出るんだよ、これ、燃やすとさ」
そのナハの一言で、がさささっとオジサン軍団や教皇、第二王子たちがのぞみから一瞬で距離をとった。ひどい話である。
だが、この世界の人間が毒を怖れ、忌避するのも当然ではあった。しかも、勇者の世界の毒である。とても強力な毒をイメージしてしまうだろう。
ナハの知識はいい加減なものだった。
しかも、ダイオキシンとは一文字もかぶっていない上に、おそらくナハの中ではテトロドトキシンとカドミウムとナトリウムが変な感じで混ざっているようだ。
それでも、何かとてつもない怖ろしい毒という印象を与えるには十分だった。
「ど、毒じゃと……」
「なんというおそろしげな名の毒……」
「魔力量3000の毒とは……」
「お、怖ろしい……」
オジサン軍団の誤解は深まるばかりであった。
「……要するに、新たな勇者は役立たずということか?」
そう口にした第二王子の一言が全てであった。
のぞみはだらりと力が抜けて、その場に崩れるように膝をついた。
慌てた侍女の一人がのぞみを抱きかかえて支えたが、他には誰も、のぞみを振り返ろうともしなかったのだった。
ケイコ教国での、のぞみの運命が決まった瞬間であった。
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